第17話 大企業

 イザムバード自動機本社ビルはこの街で一番高いビルだ。その最上階は普段使われることなく、その二つ下が社長室と幹部用の会議室になっている。最上階と社長室の間にファイアボディ博士の研究室はあった。

 蒸気を利用した昇降機から降りたウルフは正面のドアをやや乱暴に叩く。

「開いてるわよぉ」

 中から女の声。

「はぁ……」

 ウルフはため息を吐き出してから中に入った。

「いらっしゃぁい」

 南方系の黒い肌に口元だけは真っ白な口紅を塗った女。スチームマシン研究の第一人者ファイアボディ博士だ。歳は30。豊満なボディに白衣だけを羽織り、大きな椅子に座っている。胸の先はギリギリ白衣に隠されていたが、剥き出しの下半身は大きく開いていた。

 その下腹部には……毛深く体格のよい男が顔を埋めている。鼻筋が太く上あごが伸びている。どこか犬のような顔立ち。裸に白いパンツ一丁。首には犬用の首輪。床についた両手は手首から先が無い。ファイアボディはもちろん、スノウレディも高性能な義手など簡単に作れる。組織にはそんな天才が二人もいるのに未だ義手は作られていない。

 ああ、惨めな姿だ。ウルフは割り切ったつもりでもそう思わずにはいられない。

「なにか用事かしら?」

 自分の痴態を気にした様子もなく女は艶めかしく訊いた。

「陛下より伝言だ。ロボの最終性能テストのことだ」

「わかってるわよ。対人間のテストでしょ。こっちは準備出来てるけど、その辺の雑魚でやっても仕方ないんだし、あんたの部下を一人よこしなさいよぉ」

「ふざけたことを言うな」

「じゃあコイツにするぅ?」

 そう言って半裸の男を蹴った。尻もちをついた男は抵抗することなくその場にかしづく。生き残った数少ない一族の一人がこの扱いである。ウルフは内心穏やかではないが、文句を言える立場にない。

「いっそあんたがやればぁ?」

 小馬鹿にした様子でファイアボディは言った。

「……ひとり、あてがある」

 ウルフはそれを無視して答える。

「ふーん、ガッカリさせないでよ?」

「足下を掬われないことだな」

「アタシのロボが人ごときに負けるはずがないでしょ」

 そう言ってファイアボディは微笑した。

「準備ができたら連絡する」

 部屋を出ようとしたウルフはドアの前で足を止めた。

「そいつはボディガードとしてお前に渡した」

 どうしても言わずにはいられなかった。

「ボディーガードなんて必要ないわ。アタシは科学者よ? 危険な場所に行かないもの」

「それでも暗殺がある」

「こいつのほうが危険じゃないの?」

「そんなことはない。そいつは」

「こいつはもうアタシの物よ。どうしようとアタシの勝手」

「……そうか」

 やはり言わなければ良かった。無駄に彼を傷つけただけだ。そう思うウルフだった。


 イザムバード自動機のビルに隣接する大工場。いくつものゲートで厳重に管理されている1番奥の作業場では戦闘用スチームロボが作られている。ウルフは立ち去る前にそこに訪れた。

 イザムバード自動機はあらゆるスチーム機械の製造販売をしている。軍事関係の仕事もしているが主に車両関係であり、あくまで健全な会社が建前であった。そしてこの戦闘用スチームロボの開発に関しては、政府や軍部にも極秘で行われていた。会社内ですら知る人物は限られているのだ。

 ウルフはしゃがんでいるスチームロボを見上げる。そのたたずまいは眠れる巨人だ。

「すでに量産の準備は始まっております」

 ウルフを案内した研究者が聞きもしないのに説明をする。

「さすがはファイアボディ博士が設計した機械です。これが100体もいれば小国の軍事力に匹敵する戦力ですよ」

 自分の手柄のように誇らしそうに話していたがウルフはそれを聞き流していた。

 これが立ち上がり戦う……人の血と魂を伴わない戦いに何の意味があるのか? ウルフはそう思わずにはいられなかった。


 工場を後にしたウルフは自分の屋敷に部下を集めた。大きな部屋に男ばかり七人。ウルフ軍曹。その参謀であるニンジャのヒャク。そしてウルフの一族の生き残りである5人。5人は鼻筋が太く上顎が突き出した犬のような顔立ちで、世間で狼男と噂されている者達だ。

 ウルフほどではないが全員体格が良く体毛は濃かった。仲間から人狼と呼ばれ、ウルフもそう呼んでいた。故郷では狼は神聖な動物だったので、犬と呼ばれるよりはマシと思ったのだ。

「ファイアボディ博士の戦闘用スチームロボだが、最終動作試験として強い人間と戦わせよとの陛下からのお達しだ」

「あの化け物ロボですか」

 ヒャクは険しい顔をした。この中では一番年長の四十代後半の東方人だが、ウルフには心底忠誠を誓っている。

「影の死神、奴とスチームロボを戦わせて最終試験をおこなう」

「いいんですかい? 情報が漏れやしませんか?」

 ヒャクの疑念は最もだ。相手は軽快な動きを信条とするニンジャである。負けないまでも逃げられる危険性がある。しかし秘密を守れて人並み以上に強い人間となると……。

 ウルフは部下であり生き残り一族である人狼たちを見た。いや、それはできない。

「かまわん。倒せば問題ないだろう。それにトリ殿の仇でもあるしな」

 だからそう答えた。

「まあ確かに……わかりやした、奴のこと調べやす」

「頼んだ」

 ヒャクは一人部屋を出て行く。残されたのは自分と5人の人狼たち。ファイアボディに預けた一人を加えてたった7人が滅ぼされた村の、ウルフの一族の生き残りだ。

「お前達、すまないな」

 ファイアボディの部屋での出来事を思い出してつい謝罪の言葉が漏れる。人狼達は不思議そうにウルフを見ている。彼らは人並み以下の知能しか持っていない。命令されれば何でもやるが、自分で考えて行動することがほとんどないのだ。

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