第16話 市場

 ツバメ探偵社。探偵社とは名ばかりの何でも屋を営むこの三階建てのビルには、東方から流れ着いた福辺正蔵と謎の家出少女パルが暮らしている。

 クロウ邸での事件から半月ほどが経っていた。太ももを拳銃で撃たれた正蔵だが、そもそも小口径だったのと故郷の薬学での治療。そして幼少より鍛え上げられた肉体の回復力で、すっかり傷は治っていた。

 一方、体に傷は負っていないパルだが心の傷はまだ残っているようで、ある日、事務所のソファーで昼寝をしていたパルがうなされていることに気づいた。詳しくは聞いていないが、クロウ邸で随分と怖い目にあったようだ。

 そんな彼女を元気づけるべく正蔵はパルを連れて市場に出かけた。ブリアード・ハブ湾岸部。港と蒸気機関車の大きな駅が隣接している市場で、世界中から様々な物があつまる場所だ。

「これはすごい……」

 パルは目をキラキラさせている。正蔵はいつもの東方人らしい格好で周りに馴染んでいたが、パルは普段より大人しい格好だがそれでも市場の中では目立っていた。

「これはなんじゃ?」

 露天に並ぶ店の店主にパルが話しかける。

「かわいいお嬢ちゃん、これは南方の珍しい薬草だよ」

「ほう、どんな薬効があるのじゃ?」

「いやー、それは」

 南方人の店主は困った顔で保護者らしき正蔵に目配せした。

「これは、まあ、元気になるというか、そういう効能ですよ」

 店主の代わりに正蔵が答えた。

「おお、マサゾーもこれを飲めば傷がよくなるじゃろ?」

 パルがサイフを出そうとしたので、正蔵は慌てて止めた。

「いや、傷はもう治ってますし、これは疲労回復の薬草なので大丈夫ですよ」

「ふむ、そうか」

 正蔵は南方人の店主と苦笑いした。いわゆる精力増強の薬草なのだ。

 世界中の食べ物、植物、動物、家具、道具など様々な珍しい物にパルははしゃいで、正蔵は温かい目でそれを見ていた。パルをエスコートしながらも正蔵はいくつかの薬草、薬品、工具などを購入する。パルはパルで普段正蔵からせしめているお小遣いで色々と買い物をしていた。

 そしてお昼。

「パルさん、なにか食べたいものはありますか?」

「うむ、実はずっと気になっているものがあるのじゃ」

 そう言って指さしたのは東方料理の屋台だった。東方大陸の名物料理で沢山の具材で出汁を取ったスープに小麦で作った細長い麺が入った料理だ。

「おやじ、ラーメン2杯」

「あいよ」

 濃い髭の東方人店主が手際よく料理を作ると二人の前に丼を置いた。パルは匂いを嗅いでうっとりとした顔をする。

「冷めないうちにいただきましょう」

「うむ」

 パルは器用に箸を使うが、啜るのは無理なようで、うまく啜る正蔵を恨めしそうに見ていた。

「うむ、満足じゃ!」

 一日大きな市場を回って沢山の買い物と食事をしたパルは笑顔でそう言った。正蔵も自分の買い物があったが、それよりもパルの喜ぶ姿を見て嬉しかった。


 帰り道。

「動物虐待はんたーい!」

 動物愛護団体のデモ隊が道を進んでいた。蒸気機械製造販売の最大手『イザムバード自動機』では機械の制御にイルカの脳が使われていることから動物愛護団体から頻繁に抗議を受けていた。馬車からそれを覗く正蔵とパル。

「パルさんもイルカの脳みそを使うのは反対ですか?」

「うむ、良いとは思わぬが、その犠牲の上での利便や恩恵を受けておるからのう。食事と同じく動物たちに感謝するだけじゃ」

 一日はしゃいで疲れたのか、眠そうに目を擦りながらパルは答えた。

「なるほど……」

 時々見せる大人びた知性に感心する正蔵だった。


「動物虐待はんたーい!」

 動物愛護団体のデモ行進は、世界最大の蒸気機械製造販売会社イザムバード自動機の大きなビルの前まで続いた。

「イザムバード自動機は動物虐待をいますぐやめろ!」

「イルカは人類の友人!」

「動物虐待はんたーい!」

 デモ隊の抗議の声はいよいよ大きくなった。

「やれやれ、うるさい奴らだ」

 裏口を通る巨体の男、鼻から上を金属製の狼の仮面で隠したウルフ軍曹はうんざりした声でつぶやいたが、それはデモ隊よりこれから会う人物に憂鬱だからだ。

「ファイアボディ博士はどちらに?」

 通りすがりの研究者に声をかけた。

「ご自身の研究室におられます……」

 すでに慣れているはずなのに、若い男の研究者はウルフの巨体と仮面の異様の風体に怯えながら答えた。ウルフは社長室より上にある、いち研究者の部屋へと向かった。

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