第14話 日常へ
「あちゃー、トリ殿あっさり殺られちゃいましたね」
ヒャクと呼ばれた中年のニンジャは戯けた様子で額に手を当て空を仰いだ。
「あのニンジャ、急に動きが良くなったな」
ウルフ軍曹は冷静に言うと右目の望遠鏡を元に戻した。クロウのサーベルを死をも恐れぬギリギリの距離で避け、片足だけで距離を詰めて倒した。精神も技術も常人のそれではなかった。
「ニンジャは物心つく前から鍛えに鍛えとりますから潜在能力は高いですぜ。なにか覚醒するきっかけがあれば、あの程度の動きは出来ますとも」
「物心がつく前から……か」
「で、どうしやす? トリ殿の仇を討ちますか?」
「その時間はないようだ」
ウルフ軍曹は遠く城壁の向こうを見てそう言うと、二人は去って行った。
「マサゾー、なんじゃその格好は」
戦いを終えた正蔵を迎えてパルは涙を浮かべながら、それでも笑顔でそう言った。
「えーっと色々ありまして」
さっきまでとは一転、正蔵は恥ずかしそうに頭を掻く。だが喜び合うのもつかの間、城門の外が騒がしくなる。まるで測ったかのように大人数の警察がやってきた。オルソンが手配したのだ。
「いまのうちに行きましょう」
「うむ」
混乱に乗じて二人はクロウの屋敷を後にした。
そこは灯油ランプが1つだけ灯った薄暗い部屋。
半分機械でできた老人が質の良い大きな椅子に疲れた顔で背中を預けていた。その前には巨体が片膝をついていた。ウルフ軍曹だ。主の前でも狼の仮面をつけている。
「陛下、報告します」
ウルフ軍曹はクロウ邸での出来事を『陛下』と呼ばれる彼らのリーダーへ報告に来たのだ。
「クロウ伯爵が影の死神と思われる賊に殺害されました」
「……そうか。惜しい人材であった。それで?」
弱々しいが威厳のある声で訊いた。
「やはり報告になかった新しい武器や金をため込んでいました。貴族に戻ることが目的だった奴なので裏切りはないと思いますが、ただ、少々気になることが」
「なにがあった?」
「影の死神は少女を助けにきたようです」
「少女? なにものだ?」
弱々しかった老人は身を乗り出す。
「遠かったので詳しくはわかりませんが身なりは良かったです。クロウ伯爵の部下に問いただすと姫と呼んでいたようです」
「姫? なるほど、姫か……フフ」
珍しく老人が笑ったので、ウルフは内心驚いていた。
「いかがいたしましょうか?」
「今はなにもしなくていい。それよりファイアボディ博士に伝言を頼む。スチームロボットの最終テストをおこなえと」
「かしこまりました」
ウルフ軍曹は頭を下げると部屋をあとにした。
クロウ邸から戻った正蔵とパル。
正蔵の傷はそれほど深くはなかった。サーベルに付いた拳銃は銃口が小さかったからだ。それでもしばらく体を動かす仕事はできなかった。
正蔵とパルはお互いの秘密を話そうとはしなかった。姫と呼ばれていたパルは、やはりどこぞの王族であると。影の死神と呼ばれていた正蔵は、伝説の殺し屋と。なんとなく察するだけで、それだけで良かったのだ。
ようやく脚の傷も良くなってきた頃、オルソンが訪ねてきた。いつものように三人で雑談したあと、パルは遊びに行くと出かけていった。今にして思えば、いつもパルなりに気を使って出かけていたのだなと正蔵は思う。
「姫……か」
パルを見送りオルソンがつぶやいた。
「なにかわかったのか?」
「いや。10歳前後の女の子どころか王族の行方不明者なんかいない。いれば大問題だ」
「だろうな」
「ただの比喩で姫と呼んでいたのか、あるいは……」
「……」
お互い思うところはあったが口にはしなかった。
「あのクチバシ男のことはどうなった?」
「ああ、酷いものだった。元々は地味な男だったが、政争に負けて爵位を剥奪されてからあの変なクチバシを着けるようになり、アウトローと付き合い……いや、むしろ取り仕切っていたといってもいい。あのグリグウッドとも付き合いがあったようだ」
「もと貴族か」
「武器や麻薬などの密売を取り仕切っていたようだ。貴族時代の人脈を使い上流階級へもちょっかいを出していた。もう少し遅かったら上流階級に薬物汚染が蔓延していたかもしれない。グリグウッドといい、まだまだこの街には悪が多いようだ」
「そうだな」
「……」
「……」
「マサゾウ、すまなかったな」
「どうした?」
「元々は俺のせいで影の死神なんて呼ばれるようなった。パルちゃんにもバレてしまって……」
「いいさ。あまり訊いてこないし、周りにも秘密にしてくれるみたいだし」
「そうか……」
「また仕事があるなら気にせず言ってくれ」
「しかし」
「悪が多いのだろ?」
「それは……」
会話はそれで途切れた。
「こりゃー待つのじゃー」
二人の沈黙の間にパルの元気な声が聞こえた。その正体はまだつかめない。でも。どうかパルが穏やかに過ごせる日が続くように。そう願う正蔵だった。
~to be continued~
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