第13話 対決トリ貴族
「毎日……毎日毎日死ぬ寸前まで自分を追い込んだ。頭が壊れているでも、恐怖の感覚がないのでもない。自分の意思で死の恐怖に耐え、精神を鍛えたのだ」
数年前は大きな話題になっていた謎の暗殺者『影の死神』を目の前にして怯む様子のないクロウ。確かに並の精神力ではないようだ。
正蔵はニンジャ刀を構えながら周囲を確認する。確かにクロウの部下はいない。近くに隠れている様子もない。人の気配は精々城壁の上くらいだ。
それほど自信があるのか? 正蔵はクロウを見た。動きやすいとは言えない服。銃がついているとはいえ、サーベルの二刀持ち。正蔵よりは少し大きいが、西方人としてはけして恵まれた体格ではない。
それでも戦うつもりか? 正蔵の疑念に気づいたのか、クロウはクククと笑う。
「私が戦うのがそれほど不思議か? これでも貴族として戦いの手ほどきは受けている。それにこのマスク。これには精神を鍛えるのとは別に、もう一つ恩恵があるのだ」
クロウは耳の下にあるダイヤルを回す。ちょうど1分だ。
「いくぞ」
そう言ってクチバシを閉じると一気に距離を詰めてきた。
ドンッ まずは左手の銃を放つ。すでに動きを読んでいた正蔵は難なくそれを避けたが次に右手のサーベルが迫る。貴族の風体には似合わない攻めの攻撃。それに踏み込みが強い。死の恐怖に耐性があるというのは本当のようだ。
そしてもう一つの恩恵。無呼吸での休みない連撃だ。左右のサーベルを休みなく繰り出され、反撃のチャンスがつかめない。
たまらず正蔵は後方に飛び下がったが、距離を空けた瞬間、ドンッ! クロウは右手の銃を放った。体を横に向けて避けると銃弾は胸をかすった。黒い服は削られたが中の防弾・防刃帷子は傷を防いでくれた。故郷で作られたオーバーテクノロジーの帷子だ。だが、その隙を逃がさずクロウは距離を詰めて二刀連撃を続けた。
正蔵をもってしても防戦一方。そして1分。クチバシがパカッと開いた瞬間正蔵は飛び下がり反撃のチャンスを伺う。だが。ドンッ クロウの左手の銃剣が再び弾丸を発射した。銃弾は正蔵の右太ももに当たる。
「連発式かっ」
正蔵は吐き捨てるように言った。噂でしか聞いたことがない火薬式の連発銃だ。小型だから近距離でしか威力はないが、それでも特殊な染料で防御力を上げた衣服を難なく貫いた。
「どうだ、自動連発拳銃だ」
「クッ」
「ひと目見てわかったぞ。お前はスピードで翻弄して戦うタイプだろう? それでもう速くは動けまい」
しかも狙って脚を撃たれた。正蔵最大の武器であるスピードを狙われたのだ。
メイドの構える長銃の照準は正蔵の頭を常に狙っている。体に当てても最後の一撃を放てるかもしれない。だから頭だ。一撃で葬らなければいけない。
けして主を傷つけさせない。クロウの有利な状況にも一切気は抜いていなかった。
一方、メイドの主であるクロウは勝利を確信していた。まだ銃弾は残っている。相手は脚を怪我し最大の武器であるスピードを失った。勝てる。もうただの元貴族ではない。伝説の殺し屋に1対1の勝負で勝った男。そして姫も……。
クロウは一瞬パルに目を向けた。それがパルを怯えさせ声を出させた。
「マサゾー! 戦え! ウチのためにそいつを倒すのじゃ!」
パルの言葉を聞いて背筋がゾクリとした。歪な笑みが漏れる。それがクロウを勘違いさせた。
「なにを笑っている!」
怒声を上げてクロウは両手のサーベルをクロスに振るった。それをほとんど動かずに紙一重で避け、反撃の一撃。踏み込みが弱く傷は浅いがクロウの右太ももを斬った。
「グガッ」
想像もしなかった痛み。自分は負けない。怪我すらしない。そう本気で信じていた。いや疑ってすらいなかった。鍛え上げた精神はもろくも崩れ、怯えたクロウは空に向かっで撃った。
それは合図であった。メイドに影の死神を撃てという合図。しかし撃ってこない。クロウはもう一度天に向けて銃を撃ったが、やはり射撃は来なかった。
物見台では長銃は確かに正蔵を狙っていた。しかしそれを構えるメイドの頭は仮面を着けたまま胴体と離れていた。
そのかたわらには2メートルを超える巨人が立っていた。鼻から上は金属で出来た狼の仮面を被った軍服姿の男。その手には大小の刃が付いた柄まで金属で出来たバトルアックスが握られている。ウルフ軍曹と呼ばれていた男だ。
「これが貴族殿が密かに作っていた新兵器か」
殺したメイドの手から長筒の火薬銃を片手で持ち上げ見ると、腕力だけで銃身二つにへし折った。
「まあ、それはそれとして」
ウルフ軍曹はこめかみに付いているダイヤルを回すと、右目が飛び出てくる。メイドの仮面と同じく望遠鏡になっているのだ。
両手にサーベルを持ったクロウ伯爵。黒装束の男。そして黒装束の後ろに隠れる少女。面白い組み合わせだ。
「オオカミの旦那、トリ殿の銃工房は人狼たちが制圧しました」
ウルフ軍曹の後ろに音も無く男が現れた。
「総て破壊させろ」
「え? いいですかい?」
「かまわん。時代に対するささやかな抵抗だ」
「……わかりやした」
「それよりヒャクよ、あれを見てみろ」
ヒャクと呼ばれた男は目を細めてウルフの指すほうを見た。
「ほう、ニンジャですな」
「ニンジャというと」
「拙者と同じですな」
ヒャクは40代半ばと思われる東方人だ。正蔵と同じような黒装束だが顔は隠していない。
「そろそろ終わるぞ」
「助けないんで?」
「今さら間に合うまい」
「いや、まぁそうですが……」
奇妙な二人の男が眺めるなか、正蔵とクロウの戦いは決着を迎えようとしていた。
「クソッ、私はこんなところで終わる人間ではないっ!」
クロウは左の拳銃を向けるが手裏剣が手首に刺さりサーベルを落とした。次の瞬間には正蔵は怪我をしていない脚だけで眼前に迫る。
「キサバッ!」
ニンジャ刀は叫ぶクロウのクチバシの中に吸い込まれていった。刃は頭の後ろまで伸び、野望の元貴族の命を奪った。
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