第12話 救出

 パルは食事を続けていた。続けていたといってもフォークとナイフを手に持っているだけで食事は進んでいない。

 誰かが助けに来たらしい。影の死神? わからない。それでも。見張りは一人。いつもクロウと一緒にいるメイドとは別の、まだ15歳くらいの若いメイドだった。

 チャリーン。フォークを床に落とした。

「すまぬが替わりをもらえるか?」

「はい。お待ちください」

 若いメイドは疑いもせずに部屋を出て行く。相手がまだ子どもだから油断もあったのだろう。パルはすぐに動いた。子どもなりに慎重に部屋を出て行った。


「ご主人様!」

 両腰にサーベルを装備しているクロウのもとへパルを見張っていた若いメイドがやってきた。

「ご主人様! 申しわけございません! 姫が! 姫が逃げ出しました!」

「かまわん。姫と賊は私が対処する。警備には門と城壁の上を見張るように言っておけ」

「か、かしこまりました」

 若いメイドは駆けだしていった。

「ふん、さすがは姫だ。まだ心が折れていなかったとはな。教育のしがいがある」

 装備を整え、最後に白い手袋をはめたクロウはどこか嬉しそうだ。

「お前は長銃を持って物見台に行け」

 準備を手伝っていた側近のメイドに命令する。

「侵入者を見つければ撃ちましょうか?」

「いや、私が倒す。何人もの要人を殺し、あのグリグウッドすら倒した一流の暗殺者だ。さぞ名誉となろう」

「危険では?」

「賊は庭に誘い出す。私が空に向けて撃ったら殺せ。それまでは撃つなよ」

「……かしこまりました」

 メイドは小さい鎖で出来たカツラと片目だけの鉄仮面を装備し、3m以上ある長身の火薬銃を手に城壁の四つ角にある物見台へ向かった。


 クロウの屋敷は大きく入り組んでいた。何故か警備が少なかったが、隠れ進む正蔵は焦っていた。相手が自分を倒しにくるのならまだいい。だがパルを連れて逃げられたら追いようがなくなるからだ。

 だから正蔵は賭に出た。

「パルさーん!」

 大きな声で叫んだ。これで敵がやってくるだろう。しかし一言でも返事をしてくれれば必ず助ける。だからっ!

 一方クロウは廊下を歩きながらパルを探した。

「姫、どこですかな? 早く出てきたほうがいいですよ」

 クロウの声に家具の隙間で隠れているパルは震えていた。

「いま出てきたら1分10秒で許してあげますよ」

 1分10秒。あのクチバシで窒息させられる時間だ。パルは想像するだけで吐きそうになる。あの恐怖。

「出てこなかったら1分20秒にしますよ」

 1分でも死にそうだった。それが20秒も増えたらとても耐えられない。

「それも毎日だ。毎日やりますよ」

 怖い怖い怖い。諦めて出て謝ろう。そんなことが頭をよぎる。その時、声が聞こえた。

「パルさーん!」

 正蔵だ。やはり正蔵が助けに来てくれた。

「ほう、来たか」

 伝説の殺し屋が近づいている。それでもクロウは不敵な笑みを浮かべるほど余裕があった。軍人でもない、ただの元貴族でありながらだ。

「パルさーん!」

 正蔵の呼び声。もし探しているのが家族や警察だったら諦めただろう。

「次は漏らしてもそのままにしますぞ」

 クロウの声が聞こえる。すぐ近くにいるのだ。怖い。でも正蔵だ。正蔵だから……パルは叫んだ。

「マサゾー! ウチはここじゃっ」

 パルは叫び隠れていた場所から飛び出した。

「姫!」

 クロウはすぐにパルを見つけ追ってくる。

「待てっ、今とまらないと1分30秒だ」

「マサゾー!」

 追うクロウと逃げるパル。クロウは本気で追っていないが、それはパルには分からず必死に逃げる。

「マサゾー!!」

 叫ぶとともにつまずく……が、その小さな体は黒い影に優しく受け止められた。

「パルさん!」

「マサゾー!」

 正蔵は震えるパルをギュッと抱きしめる。

「大丈夫ですよパルさん。絶対にパルさんを守りますから」

「うむ、信じておるぞ」

 パルは涙目で、それでも強くうなずいた。

「来たな、影の死神」

 二人を見ながらクロウがゆっくりと近づいてくる。正蔵はすぐに立ち上がりパルそ背に隠した。

「有名な暗殺者が義賊のつもりか?」

 クロウは少し距離を空けて止まる。武器は手に掛けていない。

「違う。俺は俺の理屈でやっていることだ。お前こそなぜパルさんを狙う?」

 正蔵も背中の刀には手を掛けていないが、右手には手裏剣を隠し持っていた。

「パルさん? ああ、姫のことか。お前のような下賎な者が知る必要はない。お前こそなぜ姫を守る」

「パルさんを守ることに理由は必要ないからだ」

「ふん、会話にならんな。まあいい、外に出ろ。こんな狭いところで戦って流れ弾で姫を傷つけたくはないだろ?」

 クロウから予想外の提案が成された。影の死神。伝説の殺し屋と認識しながら、それでも正面から戦うつもりか? よほど腕に自信があるのか? それとも罠か? 正蔵は窓から見える庭を見た。確かに人はいない。実際、いまこの瞬間にも警備が来る気配もない。

「心配するな、伝説の殺し屋と戦いたいだけだ。俺に勝てば姫は返そう。部下にも手出ししないよう命令してある」

 怪しげなクロウの提案。だが、一人ならともかくパルを連れてここから逃げるのは難しい。それに、この相手を殺さないと、またパルが狙われる。

「いいだろう」

 だから正蔵は勝負を受けた。


 二人はクロウに続き庭に出ると、パルを木の陰に隠れさせた。

 対峙する二人の男。一人は黒装束に黒マスクの正蔵。背中にある二本の刀から作り立てのニンジャ刀を抜いた。

 一人は古い貴族風の衣服に異様な金属のクチバシを着けたクロウ。クロウは両の腰に下げていたサーベルを同時にゆっくりと抜いた。片刃の曲刀だが正蔵が持つムラサメより曲がりは大きいが、そのぶん刃は細い。そしてその手元には銃口がある。拳銃とサーベルを組み合わせた銃剣だ。

 その二人は物見台から見ている者がいた。クロウ側近のメイドだ。長銃を構え、鉄仮面に1つだけついているガラスの目を望遠にして照準を正蔵の頭に合わす。

 危険だと感じたら躊躇無く撃つ。叱責されても、たとえ罷免されても、愛する主を守るためならかまわない。

 メイドとパルが見守る中、武器を持つ二人は距離を詰めていった。

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