第10話 誘拐

 下町の一角。黒い革服にトゲがついた格好の男たちが集まっている。スチームバイクの暴走集団『デスライダーズ』のメンバーたちだ。その多くは上流階級が通う学園の生徒で、16歳の青年アダムもデスライダーズのリーダーが通う学園の後輩だ。

 ずっと真面目に、そして親の言いなりに生きてきたアダムにとって、大人に逆らうリーダーは憧れだった。だからデスライダーズに誘われた時は本当に嬉しかった。そんなアダムは人生で初めて恋をした。まだまだ封建制度が根強く、上流貴族の自分が労働者階級のエリンと結ばれることを夢見るほど無分別ではなかった。

 それでも今だけは。今だけは自由にいたい。そう思っていた。

「この子をさらう」

 リーダーから写真を見せられた時、なにを言っているのか理解できなかった。写真の少女パルのことは知っている。エリンの働くスタン所の周辺でよく見かける少女だ。あれだけの見た目だからよく目立っていた。

 リーダーが違法麻薬の売買や脅迫などをやっていると、そんな噂は何度も耳にしたが気づかないふりをしていた。でも今回は違う。

 さらう? なんの罪もない少女を?

「ちょ、ちょっと待って下さいよ」

「黙れ!」

 リーダーに一喝されてアダムは黙り込んだ。他のメンバーも困惑した顔をしているが、誰もリーダーに逆らえる雰囲気ではなかった。

 なぜ? どうして? そんなことも聞けない。これでは絶対君主と臣下か、あるいは父親と子ども……。いや、もっとひどい主従関係だ。

 大切な仲間達だと思っていた。でも違ったんだ。

「これは大切な任務だ。絶対に失敗はするな!」

 リーダーは檄を飛ばす。任務? 誰の? 誰からの? みんな疑問が表情に出ていた。それでも逆らう事は出来ずに一団は動き始めた。


 暴走するスチームバイクの一団。そのメンバーは20人ほど。最近ではそう珍しい光景ではないからか、街の人々の関心は薄かった。

 とめて……誰かボクたちをとめてっ!アダムは心の中で何度も叫んだ。

 毎日通っているスチームタンク交換所が見えて来た。麗しのエリンはいつものように働いている。スタン所を通り過ぎ路地を捜索していると、パルはすぐに見つかった。下町ではあまりにも目立つ少女だ。

「なんじゃ、おぬしら?」

 厳つい格好をした男たちに囲まれてパルは不安顔だ。

「お前ら、やれ」

「で、でも……」

「チッ」

 躊躇するメンバーを押しのけ、リーダーはパルを捕まえた。

「なにをするのじゃ! やめろっ」

 暴れるパルを麻袋に無理矢理詰め込む。

「よーし、行くぞ。港の倉庫街だ」

 メンバーがリーダーに続く。アダムもそれに続いた。

 助けて……誰かボクを助けて……。アダムは何度も心の中で叫んだ。再びスタン所の横を通るとエリンが不審そうな顔でこちらを見ていた。

 なんて……なんてボクは格好が悪いんだ。親に、大人に反抗して自由になりたかったはずなのに。

「強くなりたい……」

 いや。

「強くなるんだ!」

 アダムは覚悟を決める。スピードを落として列の最後につき、隙を見て離れた。そしてそのままエリンのいるスタン所に向かう。大きなタンクを運んでいるエリンを見て泣きそうになったが、唇を噛んで我慢した。

「エリンさん! あの女の子が!」

 そしてアダムは叫んだ。


「マサゾウ!」

 エリンはアダムを連れて正蔵のビルに駆け込んできた。正蔵は一階で修理の作業をしている。

「そんなに慌ててどうしたんだ?」

「パルちゃんがさらわれた!」

 正蔵の表情が変わる。空気も変わった。正蔵と付き合いが長いエリンも感じた事がない冷たい空気だ。正蔵の雰囲気の飲まれて固まっていたアダムの背中をエリンが押すと、アダムはパルの誘拐を説明した。

「行き先は港の倉庫街です。そこで誰かに渡すようです」

「わかった」

 正蔵は自分のスチームバイクに乗り、倉庫街に向かう。アダムもスチームバイクに乗り正蔵の後を追った。

「す、すげえ……」

 雑多な街を猛スピードで走る正蔵を見て思わず声が漏れた。暴走チームよりはるかに早く激しい走りだ。ぐんぐんと差を開けられ、すぐにその姿が見えなくなった。


 港湾地区。倉庫街の一角。黒く大きなスチームカーの周りにデスライダーズが集まっていた。パルは麻袋に入れられたままクロウの従者であるメイドに渡された。

「姫、もう少し我慢してくださいね」

 クロウが麻袋に囁くとメイドはそのままパルをスチームカーに乗せた。

「よくやった。この礼はのちほど与えよう」

「ありがとうございます」

 そうしてメイドとともにスチームカーに乗るとすぐに走り出した。

「リーダー、本当に良かったんですか?」

 メンバーの一人が勇気を出して言ったが、リーダーのひと睨みで口をつぐんだ。

と、その時、ガリガリガリと金属を削る音がした。音のほうを見るとスチームバイクを倒してフレームを地面に擦りながら曲がってきた。乗っているのはどこにでもいそうな東方人だった。

 東方人……正蔵はデスライダーズを一瞥するとすぐに中心人物を見つけ、スチームバイクで突っ込み、急ブレーキとともに懐から出したナイフをリーダーの首に当てた。

「パルさん……少女はどこだ?」

「てめえ、誰にヒッ」

 ナイフが少し喉を切った。

「あ、あっちです。あのスチームカーの中に」

 言い終わらないうちに正蔵はスチームカーの後を追った。

「お、お前ら、追え! 奴を捕まえろ!」

 リーダーは叫んだ。しかしそれに従うメンバーはいなかった。


 スチームカーの後部座席でパルが入った麻袋を挟んでクロウとメイドが座っている。

「ご主人様。追っ手が」

 こちらを睨みながら迫っているスチームバイクに気づきメイドがクロウに言った。

「なんだ?」

「姫の同居人だと思います」

「ふん、小賢しい。やれ」

「はい」

 メイドはスカートの中に隠していた火薬式の拳銃を取り出し、窓から上半身を乗り出して撃った。走るスチームカーからの射撃はしかし、正確に正蔵を狙う。スチームバイクを傾けてギリギリ避けたが、そのまま走っていたら確実に当たっていた。

 元々命中率が悪い火薬銃。さらに走るスチームカーからの射撃。銃の性能もさることながらメイドの腕も超一流であった。

 メイドは車内に戻ると新しい弾丸を装填した。そして再び上半身を乗り出すと、今度はすぐに撃たずに十分に狙う。迎える正蔵もメイドの銃口と手の動きに集中する。

 ドンッ。銃声の寸前でスチームバイクを傾ける。避けた。そう思った瞬間金属の破裂音が聞こえる。メイドは避けることを予測して正蔵の後ろにあるスチームタンクを狙ったのだ。

 タンクは蒸気を吐き出しいつ爆発するともしれない状態だった。正蔵はスチームバイクから飛び降りると頭を守りながら地面に転がる。

 幸いタンクは爆発しなかったが、パルを連れ去ったスチームカーは遠く離れていった。

「クッ」

 うなだれる正蔵のもとにアダムがやってきた。

「あいつは、パルさんを連れ去った奴らは誰だ?」

 掴みかかりそうな勢いでアダムに訊いた。

「正体はリーダーしかしらないけど……」

 すでにデスライダーズはいなくなっていた。

「なにか情報はないか? なんでもいい!」

「情報……あ! メンバーが言っていたけど、リーダーは鳥みたいな金属のクチバシをつけた貴族とよく会っているって」

「そうか……わるいがバイクを貸してくれるか?」

「あ、どうぞ」

 正蔵はアダムのスチームバイクを借りて警察署へ向かった。


「オルソン!」

 警察署では表向きは治安部に所属しているオルソンを訪ねたのだ。

「マサゾウ?」

「すまない、急用なんだ」

「いいさ。どうしたんだ?」

「パルさんがさらわれた。クチバシのようなものを口につけた貴族の男を知らないか?」

 オルソンはすぐに答えた。

「恐らく……ウェアーハウザーだ。元貴族だが権力闘争に負けて市民落ちした人物だ。市民落ちしてからクチバシをつけるようになって界隈では有名だ」

「元貴族か……そいつの居場所は?」

 オルソンはクロウ伯爵ことウェアーハウザーの住所を伝えた。上流階級が暮らす一等地だ。

「警察も動こうか?」

「いや、あまり大規模に動くと隠れられるかもしれない」

「そうだな……。奴は貴族時代のコネを使って裏稼業をしているとか、色々と黒い噂が絶えない人物だ。十分に注意してくれ」

「ああ、ありがとう」


 正蔵が自宅に戻るとアダムが正蔵のスチームバイクを持ってきてくれていた。

「女の子の場所は?」

「大丈夫。警察に知り合いがいるからそいつに頼んできた」

「そうか……良かった」

「あんたもありがとうな」

「いや……元々はボクがもっと勇気があれば良かったんだ……」

「あんたはよくやったよ」

 正蔵の慰めにアダムは寂しそうに苦笑した。

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