第9話 会合
ここはグレイ・タウンこと巨大交易都市ブリアード・ハブでも超一等地に位置する地区。その中でも一際大きな邸宅である。大貴族か王族か、いやいやギャングの大親分がと噂があるだけで、周辺の住人も誰が主かは知らなかった。
金額すら想像できない豪華な装飾品のある部屋。そこにある長机を囲んで男女が座っている。メイド姿の美しい娘達がそれぞれに紅茶やコーヒーを入れていた。
入口から1番奥にある大きく豪奢な席はまだ空いており、主を待っている。その主の席の側には透き通るような白い肌、長い銀髪、服装は黒を基調としたドレスとそれに不似合いな白衣。そして人外と思えるほど美しい女が不機嫌そうに座っていた。その対面の席は空いている。そこを睨んでいるのだ。
その空席の隣には金属で出来た鳥のクチバシのような器具をつけた細身の中年男が白目を剥いて苦しそうにしている。その正面、銀髪の美女の隣には鼻から上を真鍮製の狼の仮面で隠した軍服姿の大柄な男が静かに座っていた。仮面の後ろには癖のある硬そうな赤髪が背中まで伸びている。
「アッアーッ」
クチバシがパカッと開くと、貴族風のトリ男は呻き声とも歓声ともつかない声を漏らす。
「間もなく陛下が来られるのだ。少しは自重しろ」
鼻下から上を狼の仮面で隠した体格のよい男は、トリ男に苦言を呈した。
「犬風情がうるさいな」
トリ男は貴族風の服装には似合わない下品な言葉を吐いた。
「これは失礼した。元・貴族殿」
「グギギ」
狼仮面が冷静に返すと、トリ男は悔しそうに歯ぎしりした。
「アハハ、トリおじさんの負けだね」
狼仮面の隣にいた少年が笑いながら言った。まだ10歳か、それを少し越えたくらいに見える少女のような綺麗な顔立ちの少年は、狼仮面の男と似た軍服を着ているがサイズが合わないのかブカブカだ。髪は白いが北方美人のような綺麗な銀髪ではなく艶の無い白髪。肌は白く赤い瞳。そしてやけに犬歯が長く鋭い。
「またそれか?」
狼仮面は少年がさっきから食べていた赤いクッキーのようなものを見て言った。
「本当は生き血のほうがいいんだけどねー」
「……人間の食事をしたほうがいい」
「それで強くなれるわけじゃないでしょ? だってみんな僕より弱いもん。アハハ」
少年は子どもらしく笑ったが、周りの大人達は誰も笑っていない。
「まあまあ、みなさん」
少年の前に座っている黒ガラスの丸めがねをしたカエルのような風体の東方人が取りなそうとしたとき、奥の扉が開く音がした。全員が立ち上がると、胸に右手を添えてこの国での敬意を表す体勢をとる。
カシャ……カチャ……金属音を鳴らせてゆっくりと男が歩いてくる。その隣で背の高い南方人の女が手を貸しているが、左手は蟹のハサミのような義手になっていた。黒い肌、長く黒い髪を一つにまとめて肩から流している。口は真っ白の口紅を塗っていた。そして豊満な胸がこぼれそうな大きく開いたアンダーシャツの上には彼女を睨んでいる白銀の美女と同じ白衣を着ていた。
「みなの者……ご苦労」
主は苦しそうな声でそう言った。痩せくれた老人。その体の半分、左手と左脚が剥き出しの金属義肢になっている。老人の顔も左目は金属製の義眼だ。少なくなった髪は白く、綺麗に揃えられた口と顎の髭も白い。
「パパ、大丈夫?」
少年が駆け寄っていく。
「うむ、大丈夫だ。お前は席に座るがよい」
「えー、パパと一緒にいるー」
「いいからお座り」
老人が少年の頭を撫でると、不満そうだが少年は席に戻った。
「みなも座るがよい」
老人の言葉に従い全員が席に着いた。
「忙しい中よく集まってくれた」
老人は威厳のある声で感謝の言葉を口にするとみんなを一瞥して近くの美女に目を向けた。
「スノウレディ博士」
「はい」
「進捗はどうか?」
「鋭意……開発中です……」
銀髪の北方美人が応えるが、うまくいっていないのか声は弱い。
「難しいと思うがスノウレディ博士なら完成できると信じておるぞ」
「必ず期待に応えます」
「うむ、ファイヤボディ博士」
「はぁい」
老人と一緒に入ってきた南方人が蠱惑的に応える。
「試作六号機がまもなく完成とか」
「はぁい、この完成をもって量産化のめどが立ちます」
ファイアボディと呼ばれた南方人の女博士は勝ち誇った顔でスノウレディを見て答えた。スノウレディは悔しそうに歯がみする。
「うむ、引き続き頼んだ。ウルフ軍曹」
「はい」
狼仮面の軍人が応える。
「軍の動きはどうか」
「変わりなく。ただスチーム機構を利用した大型兵器を開発中のようです」
「ほう」
「とはいえファイアボディ博士の作っているものに比べるまでもないかと」
「うむ、妙な動きがあれば報告を頼む」
「はい」
「クロウ伯爵」
「ここに」
貴族風のトリ男が応える。
「状況はどうか?」
「我が手の者は着実にふえております。ギャング、闇商人、愚連隊。引き続き上流階級に人脈を増やす所存です」
「うむ……」
老人はクロウ伯爵をジッと見つめる。半死半生の老人の眼力は強い。クロウ伯爵はやましいことなどないと証明するかのようにその目を見返す。たいした胆力だ。
しばらくして老人は少年に顔を向けた。
「ディー、変わりはないか?」
「はいはーい」
色白の美少年が手を上げて応える。
「あのね、あのね、すっごいことが出来るようになったんだけどね」
「ほう、どんなことだ?」
「えーっとね、うーん、もっとちゃんと出来るようになったら見せるよ」
「そうか。楽しみにしているぞ」
「うん!」
「フロッグ殿」
「はい」
黒ガラス丸メガネの東方人が応えた。
「順調に利益を上げているようじゃの」
「はっ、これも陛下のおかげです」
「なにをするにしても金は必要じゃ。引き続き頼んだぞ」
「お任せください」
老人はみんなを見渡すと一度大きくうなずいた。
「うむ、みなよくやってくれておる。仔細は食事をしながら聞こう」
「はい」
部下達は一斉に応えた。
深夜まで続いた会合が終わり、怪しい者達はそれぞれ帰宅の準備をしている。その中の一人、トリ男ことクロウ伯爵のもとへフロッグと呼ばれた東方人がやってきた。
「クロウ伯爵殿、子飼いのチンピラ……グリグウッドでしたかな? その者が殺されたそうですな」
フロッグはニヤニヤしながら話しかけてきた。なにを考えているのかわからない顔だ。
「奴は子飼いなどではない。いくつか汚れ仕事を依頼していただけだ」
「人捜しも依頼していたとか?」
「ことのついでだ」
「探し人は誰ですかな?」
「個人的な知り合いだ」
「私もそれなりに人脈がございます。よかったら手伝いますが」
「いや、もう死んでいたそうだ」
「そうですか。それはそれは」
フロッグは指輪だらけの太い手をもみしだいてそう言った。なにを考えているかわからない。対するクロウも平然とウソを答えていた。
「それでは私はこれで」
慇懃に挨拶をしてフロッグは去って行った。
「ふん」
クロウは不愉快そうに鼻息を漏らす。
「ご主人様、いかがなされましたか?」
フロッグに代わってメイドがやってきた。
「フロッグだ。今までやつからなにか接触はあったか?」
「いえ。ただ、フロッグ様は東方系のギャングに通じているかと」
「……やつの動きに注意しておけ」
「はい」
クロウはメイドを連れて自分のスチームカーに向かう。スチームカーに乗り込むと不機嫌な顔は一転、クロウは頬を緩めた。
「いよいよだ。デスライダーズに姫をさらうよう命令しろ」
「屋敷まで持ってこさせますか?」
「いや、念のためひとけの無いところで受け取ろう。誰が見張っているかわからないからな」
フロッグを思い浮かべながら答えた。
「かしこまりました」
「フフフ」
クロウは笑みが漏れる。おのが野望の大きな駒が手に入ろうとしているからだ。
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