第8話 貴族とチンピラ

 正蔵はビル一階の工房でネジ巻き時計を修理していた。ツバメ探偵社と言う名の何でも屋は、修理の仕事も多かった。手先の器用な正蔵はこの手の細かい物の修理に定評があるのだ。

「マサゾー、ウチは出かけるぞ!」

 パルが今日の新聞片手にやってきた。数年前に生まれた新聞に写真を載せる技術は、いまではこんな町内新聞にも写真を載せられるようになった。写真はもちろん美少女コンテストのものだが、まだまだ画像は粗い。パルの姿はそうと知っているものしか本人とわからないが、それでも美少女だとわかる。

「どちらへ?」

「ルッソどもと祝勝会をするのじゃ」

「ああ、コンテストの。気をつけてくださいね」

「うむ。マサゾーはしっかり働くのじゃ」

 正蔵はパルを見送ると作業を続けた。しばらくして時計の修理を終えると配達のためにスチームバイクに乗った。まだタンクに蒸気は残っていたが、近所のスチームタンク交換所へ寄った。

「なんだい、まだ結構残っているじゃないか」

「いやー、町一番の美人の顔を見に来たくてね」

「なにいってんだい」

 ぶっきらぼうに言いながらもエリンは少し照れくさそうだった。

「ほら、交換終わったよ」

 そう言って何故か正蔵の腕を真鍮の義手で叩くエリン。

「いてて、はい、お金」

「まいどあり」

「今日は応援団来てないの?」

 正蔵がからかうとエリンが真鍮の拳をあげたので、慌ててスチームバイクに乗り込みスタン所を後にした。


 修理した時計を届けると帰りに南方人がやっている鍛冶屋に寄った。武器や道具のほとんどを自作している正蔵だったが、グリグウッドとの戦いで自作のニンジャ刀はボロボロになっていた。やはり刃物は専門家に任せようとここに注文していたのだ。

「おう兄ちゃん、頼まれたものは出来てるぜ」

 スキンヘッドに白い口ひげの筋肉質な南方人の男が、黒い直刀をテーブルに置いた。器用とはいえ素人の正蔵が作ったものとはやはりモノが違う。

「いいね、ありがとう」

「言われたとおり作ったが、東方系にしては細いな」

 東方人の刀剣といえば青竜刀かムラサメのような曲刀が多いのだ。

「これはこれで使いやすくてね」

「ま、こんな稼業だ。使い道は聞かねぇが強度と切れ味は信用してくれていいぜ」

「ははは、信用しているよ」

 正蔵は少し多めに料金を支払って鍛冶屋をあとにした。


 正蔵やパルの暮らす雑多な町とは違い、上流階級が暮らす地区。

 まるで小さな城のような城壁に囲まれた屋敷の中に、上品な調度に似合わないガラの悪い男たちがいる。葉巻や麻薬の煙がくゆっている。エールもウィスキーも十分用意されている。それなのに部屋は静かだった。

男たちの視線は1つに集まっていた。

 クチバシを閉じた男がもがき苦しんでいる。もう5分はクチバシは閉じていた。いよいよ危ない。そう思った頃にようやくクチバシが開き、男は荒い呼吸を何度もした。

「し、諸君、待たせたな。日課なものでな」

「いやあ、相変わらず旦那はクレイジーというか、やばいというか」

 見た目通りの悪党共だが、その者達でも毎日窒息死寸前になっているトリ男に狂気を感じていた。トリ男は落ち着きを取り戻すと、メイドが持ってきた書類に目を通す。

「クスリの売上げが落ちているな」

 下町で勢力を伸ばしている若いギャングのボスに言った。トリ男はこの若いギャングに麻薬を売らせているのだ。

「最近警察がやたら多くて」

「なるほど、対処しよう。武器のほうだが」

 続いてハゲ頭の中年男に声をかけた。武器売買を中心にやっているギャングのボスだ。

「売上げは順調ですぜ。それから新型の火薬銃ですが、追加注文になりそうです」

「うむ」

 そう、貴族風のトリ男はいくつかの小さなギャングを配下に置いて武器や麻薬などを非合法な商品を売る裏稼業を取り仕切っているのだ。

 その配下の一人に美人コンテストでエリンを応援していたスチームバイクの暴走グループ『デス・ライダーズ』のリーダーもいた。

「学校のほうは?」

「少しずつ浸透してますよ」

「うむ、お前の通う学校は上級の氏族が多い。薬漬けにすれば親を脅す材料にもなるからうまくやるのだ」

「任せてください」

 スチームバイクという高級品を乗り回す暴走グループのほとんどは貴族や財閥関係の子ども達だった。このリーダーが通う学校も上流階級の子どもだけが通っており、反抗期につけ込みそこの生徒を暴走グループに引き込み、麻薬を使わせ、まだ小規模ではあるが学校内での売買にまで手を染めさせていた。

 これはいずれ醜聞を嫌う権力者の親たちへの交渉材料となるので、トリ男も期待しているのだ。

 一通り報告が終わり、配下の者達は屋敷をあとにした。メイドが紅茶の入った片側が伸びた歪なカップを持ってきた。紅茶を一口飲んだのを見てメイドは口を開いた。

「ご主人様、報告がございます」

「なんだ?」

「例の姫君が見つかりました」

 そう言ってメイドは新聞を渡した。その一角に白黒の写真が載っている。美少女コンテストの優勝者の写真だ。

「ほう」

 トリ男は目を細める。写真は不明瞭だが、それでもそれが探している人物だとわかった。

「いかがいたしましょうか?」

「……近々会合がある。動くのはその後だ」

「かしこまりました」

 トリ男はニヤリと笑う。いまにも鳥の鳴き声を出しそうな顔で。

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