第7話 美少女コンテスト

 森の中。そこだけは長細い広場が伸びていた。

 場違いな男がいる。

 金ボタンと金糸の刺繍が施され、胸元にはレースで出来たジャボと呼ばれる飾りがついた、いまではあまり見かけない古風な貴族風の姿。歳は40代後半。白髪交じりの黒い髪はオールバックにして、肩まである後ろ髪は1つに纏めている。白い手袋をはめた両手は後ろに組んでいる。

 異様なのはその顔に着けられたトリのような金属のクチバシがついたマスク。鼻と口をおおうそれは、今はパカッと開いている。

 場違いな女がいる。

 メイド服を着て腹ばいになっている。小さな鎖を編んだカツラと片目だけの鉄仮面。肘の上まである黒い革手袋。その革手袋の手で耳元のダイヤルをいじると1つだけある右の目の部分が伸び望遠鏡のようになった。

 メイドは長い火薬銃を構えている。銃身は3メートルはある。その銃身には魚の骨のように小さな筒が交互にいくつもついていた。

「撃て」

 トリ男は静かに命じる。メイドは狙いを定めるとトリガーを引いた。ドンッと大きな音に続いて銃身に取り付けられている小さな筒が手前から順に蒸気を噴射する。圧縮された蒸気が中を通る3センチほどの先の尖った弾丸に圧をあたえて回転を加えていく。銃口からは回転力により安定した弾丸が飛び出し、遙か300メートル先の的に向かっていく。

 的は成人男性ほどの大きさの藁人形だ。弾丸は真っ直ぐ藁人形に向かいその体に当たると、胴体がはじけ飛び大きな穴を空けた。

「ほう、見事だ」

「ありがとうございます」

 メイドはトリ男に答えると火薬銃から飛び散った火の粉で汚れた鉄仮面を脱いだ。まだ若く美しい碧眼の西方人だ。

「軍の武器はスチームガンが武器の主流だ。だが、いずれ威力があり射程も長い火薬銃が取って代わる時が来るだろう。より遠く、より正確に撃てるこの銃こそが主流になるのだ」

「ご主人様のおっしゃる通りだと思います」

 金属のカツラも脱いで丁寧にまとめられた金髪姿のメイドが答えた。メイドの銃や仮面はその場に置いて、二人は森の外へ向かった。

「ところで例の件はどうなった?」

「グリグウッド様は、どうやら姫君の正体を探っていたようです」

「食えぬ奴だとは思っていたが、やはりか。まあそう簡単にはわかるまいが」

「はい。まだなにも情報は掴んでいなかったようです」

「そうなると影の死神がなぜ写真を持っていったのか」

「そうなりますね」

 小気味よく会話を交わしながら、二人は森の外に置かれた馬車に向かっていく。入れ替わりに作業着姿の男たちが銃の回収に向かっていった。

「引き続き捜索を続けろ。なにかあれば報告するのだ」

「かしこまりました」

 森の外には黒塗りのスチームカーが置かれていた。二人が乗り込むと、運転手が静かにスチームカーを発進させた。


「美少女コンテストですか?」

 正蔵は思わず声が裏返った。意気揚々と帰ってきたパルが町内でおこなわれる美人、美少女コンテストのチラシを見せてきたのだ。

「うむ、ルッソどもにウチの実力を見せつけるのじゃ」

 ルッソは近所の悪ガキで、その連中とパルはよく遊んでいることは知っていた。どうやらそこで言い合いからの流れのようだ。

「うーん……」

 正蔵は腕を組んで考える。グリグウッドという悪党がパルの写真を持っていたことは気になる。この容姿だから近所ではそれなりに有名なパルだが、コンテストに出てより多くの人にその姿を見られるのはどうだろうか?

 危険を呼び込むかもしれないし、逆にパルの正体を知るチャンスかもしれない。正蔵が悩んだところで、パル本人がコンテストに出るつもりなら止めることはできないのだが。

「心配するな、ウチの付き添いはエリンに頼んである」

 エリンとは近所のスチームタンク交換所の美人店員だ。

「わかりました。俺も当日は応援に行きますよ」

「うむ、当然じゃ」

 パルは満足そうにうなずいた。


巨大な交易都市であるブリアード・ハブ。

白い蒸気と石炭を燃やす黒い煙が混ざり合って灰色の空を作るこの街はグレイタウンとも呼ばれている。

正蔵とパルが暮らす古い3階建てのビルは比較的庶民が多い街にあった。

その街の一角で週末にベーコン祭りがおこなわれる。

この国のどこの街でもやっていそうな、ベーコンを調理して食べる祭りだ。

大食い対決や早食い対決など色々な催し物があるが、その中の1つが美人、美少女コンテストだ。

大人部門と子ども部門があり、パルはもちろん子ども部門に出場する。

コンテストといってもそれぞれ参加人数が10人ほどの小さなもので、優勝しても花束と金一封が貰えるだけのものだ。


 そして週末。ビルの二階でパルがソワソワしながら待っているとエリンがやってきた。いつもの作業着ではなかったが、厚手のパンツに黒いノースリーブのシャツというラフな格好だ。

「パルちゃん、待たせたね」

「おお、エリン。今日は頼むぞ」

「ははは、アタシがなにもしなくても優勝は間違いないだろうけどね」

 そう言って義手ではないほうの手でパルの頭を撫でた。

「マサゾウ、あんたも暇なら一緒においで」

 暇ではなかったが正蔵は二人と一緒に会場に向かう。会場はそれなりに人が集まっており、そこかしこでベーコンを焼く煙があがっていた。

「あらー、エリンちゃん出る気になったのぉ?」

 女の格好をした男……おっさんが声をかけてきた。近所の有名な美容師だ。

「アタシはこの子の付き添いだよ」

「そんなこと言わないで、ほら、お嬢さんと一緒にこっちこっち」

 半ば強引に二人は連れて行かれた。正蔵はそれを見送ると近くの屋台に寄り、串に刺された焼きたての厚焼きベーコンを買った。祭りだけあっていつもの半分の金額だ。焦げの渋みとジューシーな肉汁が相まって美味しかったが、東方人の正蔵では1つでも胸焼けがする大きさだった。

 そうして時間を潰していると、間もなく美少女コンテストが始まった。上流から庶民の子どもまで、そして東西南北それぞれの出身地の女の子が出場していた。年齢も小さい子は5歳から大きい子は12歳まで、みんなそれぞれ個性があり可愛らしかった。

「続いてのエントリーは……パルさんです!」

 いよいよパルの出番。会場の観客が息を呑むのがわかる。それほどの美少女だ。髪は綺麗にロールされて、どこぞのお姫様のようだ。服はいつもよく着ている黒を基調としたドレスだが、胸元の大きなリボンがよいアクセントになっている。正蔵の目から見ても他の子とは格が違った。

「えーっと、パルちゃんは何歳かな?」

「うーむ、そうじゃな、10歳じゃ」

「あはは、可愛らしい答え方ですね。特技はなにかあるかな?」

「特技など、この美貌で十分じゃ」

「ははは、参りました」

 笑いと拍手でパルの出番は終わったが、結果は圧倒的大差でパルが優勝した。表彰が終わるとパルは正蔵のもとに駆けてきた。

「どうじゃ? マサゾー」

「パルさんなら優勝すると思っていました」

「むっふっふ、当然じゃ」

 パルは腰に手を当て胸を張った。よほどうれしかったのか鼻息も荒い。その姿を微笑ましく見ていると、会場でどよめきがおこった。大人部門の美人コンテストが始まっていたのだ。

 可愛さを競う美少女部門と異なり、大人の美人コンテストはセクシーさも審査されているのか腰までスリットの入ったドレスや、胸を強調した服が目立つ。そんな中。

「続いてはスチームタンク交換所に咲く赤いバラ! リー・エリンさんです!」

 会場の一部でウオオオオオオッと野太い声援が湧く。そこにはトゲのついた革服を着たスチームバイクの暴走集団『デスライダーズ』がいた。多くはまだ学生で、高価なスチームバイクを買えるほどの金持ちの子ども達だ。中にはよくエリンの店で見かける若者もいる。どうやらエリン目当てに通っていたようだ。

「エリンも出場したのですね」

「うむ、ウチの髪とか服とかをやってくれた美容師から強引に出場を迫られての」

「そうですか……」

 再びウオオオオオオオッと野太い完成が上がった。普段はまとめている黒く長い髪を下ろしている。太ももが丸出しの短いズボンに短いブーツ。ニットで出来た短い白いノースリーブのシャツは胸を強調し、ヘソが丸出しになっている。労働で鍛えられたスレンダーな体は無駄な肉が1つもない。両腕が露わになっているが、特に真鍮製の義手がよいアクセントとなっていて不思議な魅力を出していた。その姿にはデスライダーズだけでなく、他の男性、女性でさえ歓声をあげていた。

 普段とのギャップでドレスを着るのではなく、あくまで活発な大人の女性の魅力を出していた。なるほど、あのオカマ美容師は見た目と違いなかなかやるじゃないかと正蔵は素直に感心した。

「大人部門はエリンの優勝っぽいですね」

「うむ、いずれエリントとは決着をつけねばならぬ」

「パルさん……」

 予想通り優勝はエリンだった。エリンの授賞が終わると再びパルが呼ばれ、エリンと主催者とともに写真を撮られる。翌日の町内新聞に載るようだ。

 それがどんな結果を生むのか。正蔵は心配半分、期待半分だった。

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