第6話 対決グリグウッド
迫るグリグウッド。腕を動かすたびにプシュプシュと関節から蒸気が噴き出す。正蔵は手裏剣を投げて牽制するが、胸の真鍮板に弾かれただけだった。
グリグウッドは立ち止まり、左腕の肘と手首を奇妙に動かす。なにか来る。ニンジャ刀を構え警戒する正蔵。
「死ね!」
怒声とともに左手を突き出す。ドンッ。大きな破裂音とともに五本の指先から丸い弾が飛び出した。仕掛け銃だ。
正蔵は撃たれる前に壁を蹴り、上空に高く舞い上がると体を回して天井を足にした。天地逆転してジャンプをする。そして勢いのままグリグウッドに向かった。
「むうっ」
ガキンッ。正蔵の勢いのある斬撃を右腕で防いだ。重く硬いアームはスチーム機構で動きを補助してまるで素手のように軽やかに動いた。
「グリグウッド様!」
銃声を聞いて女達が集まってきた。
「下がれ。そいつが逃げないようにドアを固めておけ!」
よほど自信があるのか、グリグウッドは護衛に命令した。
「影の死神は俺の獲物だ」
グリグウッドはニヤリと笑うと巨体で正蔵に迫る。正蔵はニンジャ刀を構えて迎え撃つ。それを見てグリグウッドは右手を伸ばした。
プシュー。女の顔を焼いた高温の蒸気が噴射された。正蔵は蒸気を避けて距離をあけると、グリグウッドは左腕を動かして銃弾を装填した。
正蔵は走る。まるで壁を走るようにして部屋を回る。この早い動きこそが正蔵の、ニンジャの真骨頂であった。
「ぬう」
狙いの定まらぬ相手にいらだちを見せるグリグウッド。正蔵は壁を駆けながら手裏剣を投げた。手裏剣はグリグウッドの顔を狙うが、首を屈めてヘルメットに阻まれる。続いて太ももを狙ったが、ズボンの下にも真鍮製の鎧を着こんでおり、ダメージは通らなかった。
中距離の仕掛け銃と短距離の高温スチーム。そしてスチーム機構で動かす防御力の高い鎧。強い。正蔵は素直にそう感じた。
左腕の仕掛け銃に注意しながら常に動きつつ部屋を見渡す。この場所。ここなら。正蔵は懐から金属製の小筒を取り出し床に投げた。スチーム忍法と名付けたこの国の科学技術を利用した技。それを使うチャンスだと思ったのだ。
小筒からは勢いよく蒸気が吹き上がる。グリグウッドが怯んでいる隙に懐からもう一つ小筒を取り出した。今度は木製で黒色に塗っている。
グリグウッドは数歩下がり距離を取り、蒸気でぼやけている正蔵を睨んだ。罠か? だがかまわない。銃弾は五方向に飛ぶのだ。どれかは当たる。グリグウッドは左腕の銃撃を準備する。
正蔵は攻撃の気配を察して黒い木筒を投げた。木筒はすぐに弾けて黒影が正面と左右の三方向に分かれた。バネを利用した仕掛けで、畳んでいた人型の黒布が三方に飛ぶのだ。グリグウッドからは蒸気でぼやけた視界から正蔵が3人に増えたかのように誤認。まさに分身したように見えた。
「ぬう」
戸惑ったグリグウッドは左の影に指先の銃を発射した。黒い影ははじけ飛ぶが悲鳴はない。偽物だ。右、いや真ん中か? 真正面を見た瞬間、刃先を伸ばした黒い影が迫ってくる。
右腕でニンジャ刀を弾き左腕で本体を殴る……が、手応えはなく黒い布はニンジャ刀とともに飛んでいく。右か? 違う。グリグウッドが上から迫る気配に気づいて見上げると、名刀ムラサメを上段に構えながら正蔵が落ちてきた。
右腕の蒸気噴射は間に合わない。この一撃を受けて左腕で殴る。スチーム機構で動くこの腕は、ただのパンチでも十分な破壊力があるのだ。
「セヤッ!」
気合いとともにムラサメの振り落とした。太い金属製の腕がそれを防ぐ。はずだった。
ザンッ。グリグウッドの右腕は蒸気機械ごと切り落とされた。これが正蔵の祖国が作り上げた究極の刃物の切れ味だった。
「ぎゃああああああっ」
叫ぶグリグウッド。正蔵の追撃は止まらない。体ごと回転させてグリグウッドの両膝を横一文字に切り捨てた。両膝から下がなくなり、もはや正蔵と目線が変わらない。
「ああ……ゆるしっ」
最後までは言わせずにその首をはねた。勝負は一瞬。ムラサメの切れ味を知らなかったことがグリグウッドの敗因であった。
「グリグウッド様ああああああああ」
ドアの外で戦いの見ていた女達が悲鳴をあげながら死体に群がる。みんな顔を焼かれている。あの女と同じように美貌を失いグリグウッドだけが生きがいになっていたのだろう。正蔵は後味の悪さを感じたが、彼女たちのことはオルソンの仕事だと割り切る。
痕跡を残さないために手裏剣を拾い、サイドテーブルまで飛んでいったニンジャ刀を取りに行った。ニンジャ刀を背中の鞘にしまうと、ふとサイドテーブルに置かれていた写真に気づいた。
白黒で、それでも特徴的な口元のほくろがわかる、今より少し幼いパルの写真。
綺麗なドレスを着て、おすまし顔で正面を見ている。なぜここにパルの写真が? 正蔵は写真を懐に収めると泣き叫ぶ女達のもとを去って行った。
深夜。いつものひとけのない公園。正蔵はオルソンにグリグウッド暗殺を報告した。
「そうか……恐ろしい男だったな」
「女達のことを頼むぞ、オルソン」
「あとは警察に任せてくれ。マサゾウ、ありがとう」
「またいつでも命令……いや、仕事があれば呼んでくれ」
「……すまないな」
「いいさ、それよりこれを見てくれ」
正蔵はパルの写真をオルソンに見せた。
「パル? これは?」
「グリグウッドのところにあった。たぶん2~3年前のものだろ」
「工作員にするため狙っていた……とも思えないな」
オルソンは顎に手をおき考える。
「グリグウッドの調査で、なにかパルさんのことが分かれば教えてくれ」
「ああ、わかった」
そうして二人は別れた。正蔵は帰る。パルのいる家へ。
……そこはロウソクの明かりだけが灯る薄暗い部屋。壁には貴族女性が描かれた大きな絵が飾られている。グリグウッドの邸宅とは違う、調度品はどれも洗練された質が高い上物だ。
小さなテーブルの横に繊細な彫刻が施された豪奢な椅子。赤い生地に金糸と金ボタンで飾りをつけた一昔前の貴族風の格好をした男が白目を剥いて喘いでいる。
白髪が交じった黒髪をオールバックにして、肩までの長さの髪を一束にまとめている。顔には口と鼻を覆うように鳥のクチバシのような金属器具がついていた。
「ぅぅ……」
天井を見上げ籠もった呻き声を漏らす。もう5分はこうしている。フラフラと椅子から転げ落ちそうになる寸前、クチバシがパカッと開いた。
「ゼハー……ゼハー……」
男は何度も呼吸を繰り返す。目は充血し、うっすらと涙すら浮かべている。
「ご主人様、紅茶をお持ちしました」
紺色のメイド服姿の若い女が変わった形のカップを持ってきた。カップの片側が長細く伸びている。
「う、うむ」
鳥男はサイドテーブルに置かれたミルクと砂糖がたっぷり入った紅茶のカップを手に取り、片側の伸びた部分をクチバシの中に差し込み器用に飲んだ。
「ふぅ……」
ようやく落ち着くのを見てからメイドは話し始めた。
「ご報告があります」
「なんだ?」
「グリグウッド様が暗殺されました」
「ほう、あれほどの男が殺されたか。犯人は?」
「不明ですが黒装束の男だと」
「黒装束? 何年か前にそんな奴の噂があったな。確か」
「影の死神ですね」
「ああ、それだ」
「それともう一つ、気になることが」
「なんだ?」
「その死神が例の姫君の写真を持って行ったそうです」
「グリグウッドに渡したアレか……興味深いな。調べさせろ」
「すでに手配しております」
「うむ」
出来た部下に満足してうなずくと、テーブルに置いてあった写真立てを手の取る。そこには在りし日の自分と、赤子を抱えた美しい女性と凛々しい男の姿。その赤子の口元には特徴的なほくろがあった。
to be continued~
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