第2話 タンテイの仕事

 正蔵はスチームバイクを乗りこなしてグレイタウンを走って行く。祖国は木と土と石で街も城も出来ていたが、ここは鉄とコンクリート、それにレンガで街が出来ている。

 立ち並ぶビルは5階建てや6階建てのものがいくつもあり、遠くに見える高い煙突は灰色の煙を吐いている。信じられないような大きな建物もある。大企業、大金持ち、大貴族。権力者のための建物だ。

 道は綺麗に舗装されている。だから二輪車でも楽に運転出来るのだ。

 プシュー。正蔵は白い蒸気を綺麗によけた。大きなドラム缶のような蒸気ロボットが吐いた蒸気だ。二本の腕を使って大きな箱を荷馬車に積み込んでいる。輪っかのような二本指と金属パイプを組み合わせた腕を使って、両手で箱を挟んで胴体ごと回転して箱を荷馬車に置く。それだけの動きだが、積み卸しだけなら人間がやるより便利なようだ。


 物と人の交差地帯であるこの街には馬車やスチームカー、それに様々な人が行き交っている。

 西方人の紳士は黒いスーツに丸帽子や紳士帽、そしてスティックを持っている。淑女は裾の広いドレスに小さな日傘。労働者はつなぎや前掛けなど男も女も実用的な格好だ。

 東方人はおおむね動きやすそうなシャツと綿ズボンなどの軽い服装をしている。黒い肌の南方人は暑い地域生まれだからか、恵まれた筋肉質で大きな肉体を持つ者が多いが厚手の服を着ている者が多い。ここでは少し寒いのだろう。

 逆に北方人は雪かと見紛うほど肌が白く、髪も銀色など薄い色が多い。東方人の正蔵から見ても美男美女が多かった。寒い国から来たとはいえ薄着というわけではなく、ドレスやスーツにコートなどフォーマルな服装が多かった。

 西方人も白い肌が多かったが北方人のような透けるような白ではない。髪もパルのような金色やブラウン、黒、赤毛などもいた。

 色々な人種がいるとはいえ、西方に所属する街なので西方人が一番多い。ついで東方人が多いが、これは世界中どこでもそうらしい。正蔵の祖国の人間はほとんど自分の国を出ないが、他の東方の国の人々は世界中に商売や出稼ぎに出ているそうだ。

 逆に北方人と南方人は少ない。同郷が集まるコミュニティなどにいけばそれなりに人数はいるが、街中で見かけることは少なかった。


 昼過ぎ。指定の場所で待っているとビルから紳士の格好をした男が出てきた。切りそろえた髭をたくわえた西方人。正蔵は懐から白黒の写真を取り出し目を落とした。絵ではない、本物をそのまま紙に写したもの。カメラという機械を使うが、その原理はもちろんまったくわからない。

 仕事柄、正蔵も一台カメラを持っているがほとんど使ったことはない。使うには対象がしばらく止まっている必要があるし、距離や光量など色々な制約があるので隠し撮りには使えないのだ。

 写真と男を見比べる。間違いなく同じ人物だ。貴族でありビジネスマンであるその男の妻から依頼された。浮気調査を依頼するのはそれなりの金持ちだけなのだ。


 男は待たせていた黒塗りのスチームカーに乗り込む。スチームバイクと同じくスチームタンクからの圧縮蒸気を動力に動くが、屋根付きで運転手も含めて4人ほど乗れる優れものだ。さすがに高級すぎて一部の上級国民しか使っていない。庶民は精々馬車で、遠い距離なら大人数が乗れる機関車と呼ばれる蒸気機関で動く大型の乗り物が移動手段だ。

 正蔵はスチームバイクを駆動させて男が乗り込んだスチームカーを追った。


 正蔵は祖国ではニンジャ……この国で言うところのスパイをしていた。だからどこにでもいる姿や顔立ちを心がけ、尾行も侵入もお手の物。まさに探偵にうってつけのスキルを持っていた。

 スチームカーは3階建てのアパートの前に止まると、ターゲットの男が一人で下りてきて中に入っていった。スチームカーは少し移動して止まると中からスキンヘッドで屈強そうな南方人の男が出てきた。運転手兼護衛のようだ。護衛はアパートの入口に陣取る。手には拳銃を持っていた。

 銃。正蔵の祖国にも長筒の銃はあるが、ここの銃に比べると遙かに原始的だ。長筒に火薬を入れて丸い弾丸を詰める。それから相手を狙って火のついた縄で火薬を燃やして弾丸を発射するものだ。

 それに比べてボディーガードが持っている拳銃は女が扱えるくらい小さく、弾丸と火薬が一体になった銃弾を手前から装填すると、あとは相手を狙って引き金をひくだけで火打ち石が火薬に火をつけ弾丸を撃ち出す。撃ち終わったら再び銃弾を装填して狙って撃つ。火縄も必要ないので天候に影響されないし次弾装填も早い。

 ただ、正蔵にとってはその小さな銃はそれほど脅威ではなかった。威力こそ高いが近距離でなければ命中率は低く、最初の一発目さえ当たらなければ次弾装填までには倒せる。

 だが、この国の科学技術、特に蒸気を利用した技術はものは脅威である。スチームガンと呼ばれる武器だ。大きさは祖国の長筒の銃くらいの長さだが、銃身は三倍ほど厚い。背中の蒸気タンクから黒い蛇腹のゴムホースが伸びて、銃の後部に繋がっている。右手は引き金、左手は銃身の下側をつかみ構える。引き金を引くと小型の金属の矢が飛び出す。飛距離と威力こそ火薬銃には劣るものの、殺傷能力は十分にある。弾は弓矢の矢と同じく三つの羽根がついており、それが回転を産むことで真っ直ぐに飛ぶ。つまり命中率は遙かに高いのだ。

 そしてなにより脅威はその連射性だ。銃身の下側を手前に引くと次弾が装填される。矢弾と圧縮蒸気が続く限り何発でも発射出来るのだ。火薬銃だと何発か撃つと銃身が熱くなりすぎて銃弾を詰めると誤爆するのだが、それがない。

 さすがに軍隊や一部の権力の私兵でもなければスチームガンを持っている者はほとんどいないが。


 正蔵は少し離れてスチームバイクを停めると男が入ったアパートの裏側に回る。裏は川に面した窓だけの壁が伸びている。建物と川の間にある細い道を進み周囲を見回して人目がないのを確認すると、軽やかに壁を登る。窓はどれもカーテンや雨戸で目隠しされていた。

 正蔵は壁の出っ張りを利用して軽々と登っていった。窓の側で聞き耳を立てる。物心ついた頃から鍛えた聴力は中の様子を聞き取ることができた。

 男女の情事真っ最中の声が聞こえる部屋は三階にあった。会ってすぐかと正蔵は呆れながらしばらく聞き耳を立ててから地面に下りた。カメラが瞬時に撮影出来れば確実な証拠になっただろうが、そのような高性能なものは存在しないし、今回の仕事は浮気の有無と、浮気をしていた場合はその相手を調べることだ。あとは部屋の住人を調べれば仕事は終わる。そしてそれは男が帰ったあとに周辺の聞き込みと届け物を偽った本人確認で簡単に終わった。


 スチームバイクで依頼主の夫人のもとへ行き報告と料金をもらい浮気調査の仕事は終わる。まだ陽は落ちていないが本日の仕事は終わり。

 だが、それはあくまで『表の仕事』が、だ。

「メシでも食っておくか」

 正蔵はスチームバイクを走らせて食べ物屋を探した。

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