第48話:慰労会
「もぐもぐもぐもぐ」
「ちょ、レイン! それ私が焼いてた肉ですよッ!」
アオが抗議するが、レインはふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「早い者勝ち。弱者が肉を食べるなんて無理」
「そのとおりです、この世は弱肉強食なのです!」
パッとイミシアがアオが焼いていた肉を奪い取る。あちらの方では戦争が行われているらしい。
俺の方の網ではシュノーとエリノアで平和に肉を焼いていた。
涙目でこちらを見てくるアオの皿を取ると、俺が焼いていた肉を入れてやる。
「仲良くしろって、肉はまだまだあるんだし」
「あ、ありがとうございます!」
ぱぁっと笑顔になるアオにレインが少し不満げな表情でもぐもぐと肉を頬張る。イミシアは全く気にした様子がなく、肉を口に運んで頬を緩めている。
双頭狼と千年原始人は、俺たちのテーブルの横で、大きな火を起こし、分厚く切った肉をそこで焼いて豪快にかじりついていた。
戦争が一部の地域で起こってはいるが、一応全員が楽しめているようだ。
シュノーが焼いた肉に塩を振りかけてパクリと口に入れる。
「それにしても美味いな、この肉は。あの牛と豚、売れば高かったんじゃないのか?」
「あぁガンツさんに両方五十キロずつ買い取ってもらったよ。部位によって多少違うんだけど、牛の方は一キロ辺り四十万ディル。豚は三十二万ディルだそうだ」
シュノーが絶句する横でエリノアが素知らぬ顔で肉を食べている。
「最高級の肉ですからそのぐらいはするでしょう。良かったですね、シュノー。貴族といえどこのクラスの肉を食べることができる機会はそうありませんから」
「今日ほどケントさんと知り合いになれて良かったと思う日はないです」
冗談っぽくイミシアが笑いながら肉を焼く。肉が美味いのはわかるけど、本当だとしたら少し悲しいような。
「ところでこのスープは誰が作ったのですか?」
「あぁ、俺だよ。焼肉を食べる時は卵スープってのが定番だったんだ」
「……なるほど。私のところで働いてみる気はありますか? 今ならアルドロン辺境伯領やアッカードの街が付いてきますよ」
それ、働くっていうより婿入りって言うんじゃないだろうか。この世界のそういった制度がどんなものかはわからないが、安易に結論が出せるものではない。
「領主の仕事は私がするのでケントは私を支えてくれればそれだけで良いんです。悪い話ではないと思うのですが」
「あー、エリノアは貴族だよな。どこの馬の骨ともわからないようなやつを引き込むのはまずいんじゃないのか?」
「問題ありません。来訪者の方々が多くの妻を娶ることはありますし、貴族どころか王族との婚姻も過去には例があります。何も心配はいらないのですよ」
長い木の椅子に置いていた俺の左手を、エリノアの右手が抑える。ずいっと身体を乗り出して微笑んでくるエリノア。
焼肉をしているというのに、女の子特有の甘い良い匂いが鼻腔をくすぐる。
「だ、ダメですよ!」
こちらに来てから急激に上昇している驚異的な身体能力を駆使し、アオが割り込む。
「何がダメなのですか。貴女と違ってなかなか会う機会がないのでしっかりとアプローチをしようとしただけなのですが?」
「け、ケントは私と、その」
アオが顔を真っ赤にしながら俺の腕を取る。
こうも魅力的な女性に囲まれるのは男冥利に尽きるというものだけれど、ノノの言っていた刺されるという未来が現実のものとなりそうで非常に怖い。
一体どうなるのか、と思ったその時。エリノアがにいっと悪戯っぽく笑った。
「それは構いませんよ。ただ、そこに私も加えてほしいだけですから」
「え?」
「良い機会ですし、そうですね……レインさんとシュノー、貴女も来てください。お話があるので」
レインが網に並べられていた肉を全部取り、タレにつけて口に運ぶと立ち上がった。
その目はまさに戦場に赴く戦士のそれ。
四人の女性が立ち上がって少し離れた場所でコソコソと話し始める。頑張れば聞こえそうだが、聞くのが少し怖くなる。
ぽつんと取り残された俺とイミシアは、顔を見合わせると肉を口に運んだ。
「ケントさん、モテますね」
「あれ、なんの話をしてると思う?」
「恐らくですが、説得です。ケントさんがいた所はどういった社会の仕組みだったのかはわかりませんが、ほとんどの国は男女共に重婚が認められてるんですよ」
何となく予想していた話だけに、頭を抱える。というかそれが事実ならなぜそこにレインがいるんだ。
「そりゃみんな良い暮らしがしたいですからね。甲斐性のある男性は人気です。良いじゃないですか、綺麗どころばっかりですよ」
「そういう問題じゃない気が……」
この世界の恋愛観がさっぱりわからない。シュノーともエリノアとも遊びに行った事もないし、仲良く談笑……はしないこともないけれど。それでも特に好感度を稼ぐイベントはなかった気がする。
もしかすると、この前の依頼で何かあったのかもしれない。あれか、吊り橋効果みたいなやつ。
冷静に考えれば考えるほど疑問が残る。
「ケントさんのいた世界はきっと平和だったんですよね。そして豊かだった」
「まぁ、そうだな」
「多分、だからですよ。打算的なことかもしれませんが、この世界では強い男性は女性に大人気です。強さは色々とありますが、ケントさんは間違いなくその中でも魅力的ですよ」
きっぱりと言い張るイミシア。確かに、この世界は俺がいた世界と比較して危険だ。魔物なんてものがいるくらいなんだから。
「この能力が俺のものって気があんまりしないんだよ。それで好意を寄せられてもな」
そう口に出して、気がつく。だからあまり嬉しくなかったのか。自分の力じゃないと思ってたから。
その考えが伝わったのか、不思議そうにイミシア首を傾げた。
「能力……ケントさんの世界に能力は?」
「なかったよ」
「あー、それでですか。魔法もないし、能力もない。それはそう思っても仕方ないですね」
でも、と続ける。
「能力は、その人を表したものだって私たちは教わるんです。能力はその人の願いそのもの。積み重ねた年月が、生きてきた証が能力として刻まれる」
ふとユノが言っていた言葉を思い出す。
『この世界で強い感情は力になる。願えば叶うんだ』
「強い能力は紛れもなく強い感情の結果に因るものです。ですからもっと自信を持って良いと思いますよ。その能力は紛れもなくケントさんそのものですから」
死ぬ直前、もしかしたら俺は願ったのかもしれない。この世界にカードはない。それなのにカードコレクターなんて能力を得るくらいにはカードが好きで、カードを収集したいと。
「……ありがとう、なんか、納得できたよ」
ふふっとイミシアが優しく微笑んで、グラスに水を注いだ。
「じゃあ、美味しいお肉をお願いしてもいいですか?」
「ははっ、わかった。あいつらがいない間にめちゃくちゃ美味い部位を食べるとしよう」
本の中に秘蔵している、希少部位をこっそりとカード化解除し、網も新しいものに交換する。
非常にキメの細かい柔らかな肉を網の上に置くと、肉汁が滴り落ちていく。間違いなく美味い。
丁寧に焼いてタレをつけて、口に運ぼうとした時、イミシアがあっと声をあげた。
「そうそう。一人しか選べないというなら諦めますけど、もしエリノア様や他の方とも結婚するなら是非私も末席に加えてくださいね?」
レインはスライムで無性の筈だしちょっとよくわからないが、アオもエリノアもシュノーもイミシアも魅力的だ。
悪くはないけど、特別何かの取り柄があるわけではない。というのが自他共に認める日本にいた頃の俺の総評だった。
彼女達とは日本でいた頃では結婚どころか付き合うことすら難しいはずだ。
贅沢な悩みであるのは間違いないし、一人を選べば刺されるような気もする。いや、全員を選んでも刺されそうだけれど。
「んー、美味しいですぅ!」
そろそろ覚悟を決めた方が良いのかもしれないな、と幸せそうなイミシアを見て、そう思った。
見つからないように胃の中に隠そうと、焼けている肉を箸で掴んだその瞬間を、帰ってきていたアオに見つかった。
「あ、見てくださいレイン。ケントとイミシアが美味しそうなの食べてますよ。あれ私たちが食べてたのよりも分厚いし、明らかに肉質が違います!」
「許すまじ」
頰を膨らませた二人が俺とイミシアを糾弾し、肉の要求を始める。
そしてその隣でエリノアが微笑むが目元が笑っていない。
「イミシア、貴女も減給ですね。あと抜け駆けは禁止ですよ」
「そうだそうだー!」
減給仲間が増えて嬉しいのか、シュノーがエリノアの言葉に賛同する。
帰ってきた途端に賑やかになったが、今焼いた部位の残りの肉はこれが最後だ。
どうしたものか、と千年原始人の方を見ると、グッと親指を立ててくる。隣で双頭狼がブンブンと尻尾を振っていた。
違う、そうじゃないんだ。
「ケント、アイスが食べたいです!」
「アオが言うあいすとは何でしょうか。あとそのお肉ください」
そばに寄ってきて小さな口を雛鳥のように開くエリノアに、俺が食べるつもりだった最後の一切れを食べさせる。
「あ、おいしいですねこれ」
「貴族的にはマナー違反じゃないのか、それ」
「この領地に私を咎める人はいませんから、ふふっ」
羨ましそうにこちらを見てくるアオ。そんなに食べたかったのだろうか。しかし、残念ながら先ほど食べていた部位はもう残っていない。
「あー、じゃあ俺が好きな部位を焼くからちょっと待ってくれな」
エリノアとアオに【レア度2:極上バニラアイス】を出して、個人的に大好きな牛の部位である、サンカクとミスジを焼いていく。
アイスに舌鼓を打っている二人の横で、虎視眈々とこちらの肉を狙っているレインを牽制するために、カルビとロースを盛り付けた大皿を前に置いた。
わいわいと全員が騒ぎながら時間が過ぎていく。
日本にいた頃も悪くはなかったが、こっちに来てからも充実している日々は送れている。
やり残したことが全くないといえば嘘になるが、こっちに来て良かったと思えるように最近はなってきている。
魔王やユノの事も考える必要はあるけれど、この先は楽しいことも多そうだ。そう思ったその時、自分が笑っていることに気づく。
「そうだな、一緒なら悪くないかもな」
「何か言いましたか?」
「いいや、何も言ってない。それより、早く食わないとレインに全部食われるぞ」
そろっと箸を伸ばしてきていたレインに苦笑しながらそう言った。あれだけあったカルビとロースはすでに多くがレインの胃の中に消えている。
「あ、その肉はケントが私のために出してくれたやつなんですから!」
「レイン、ほどほどにな」
「……ケントがそう言うなら」
レインは箸を置くと、すすっと横に来て頭を擦り付けてくる。レインの手触りの良い髪を撫でる。
「さて、食べますか!」
「デザートも一応あるからあんまり食べ過ぎると食べれなくなるぞ」
「大丈夫です、デザートは幾らでも入りますから」
そう言ってアオが肉を皿に取り、エリノアとシュノー、イミシアが後に続く。
レインは俺に寄りかかり、瞼を閉じた。食べ過ぎて眠くなったのかもしれない。
食事の席だというのに、珍しいこともあるんだなと思いながら、されるがままにする。しばらくすると、すぅすぅと寝息をたて始める。
「仕方ないな」
「本当に仲がいいな、お前たちは」
「なんていうか猫にじゃれつかれてる気分だよ」
レインに膝枕すると、シュノーがそれをみて口元に手を当てる。
「そういうものか。そう言えばパーティ名は何にしたんだ?」
「あぁ、グリードって名前にした。変か?」
「良いや、良い名前だと思う。これでヒモウサギが脱却出来ると良いんだがな」
ニマニマとシュノーが笑いながらそう告げる。何となくもう取り返しがつかないんじゃないかな、と思わないでもない。
「大丈夫ですよ、ケントに相応しい名前を私からそれとなく伝えておきますから」
不安でしかない一言がエリノアの口から出て、一同がさっと俺から視線を逸らす。
「まぁまぁ、頑張っていきましょう。ね、ケント?」
「あー、そうだな。いやほんとに」
こうして慰労会は続いていき、やがて日が落ちるまでその騒ぎは続くのだった。
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