第47話:肉が食べたい

「私は思うんです。今回は確かに迷宮でしたけど、想像とは全然違いました。なのでもっとまともな迷宮に行くべきだと!」

「どうでも良い。そんなことより美味しい食材を探す旅に出るべき」


「ガルゥ、グルゥ!」

「んーんぅんーうるぅ」


 俺たちは庭でまったりしていた。いや、俺だけが働いていた。今は午前九時頃。十二時には今の作業は全て終わらせたい。


 アオとレインはなにかを語り合い、千年原始人も妙にうまい鼻歌を流しながら日向ぼっこを楽しんでいる。


 双頭狼は俺の周りをぐるぐるとはしゃぎまわっているが邪魔はしてこない。頭は二つあるけれど、はしゃぎぶりから犬みたいだなって思ったのは秘密だ。



 今から行われるのは慰労会のようなものだ。

 理由としては、先日の王の墓所から帰還するとき、美味そうな牛と豚を倒していたため。口を閉じたまま涎をダラダラと垂らすという器用な真似をしていたレインは言うまでもないが、伯爵様と騎士の二人も興味があるようだったからだ。


【レア度6:オリーブタウロス】

【レア度6:サヌッキモチブタ】


 日本人が持ち込んだ牛と豚の突然変異なんじゃないかと思いたいネーミング。あまりそういう事をされると関係各所からのクレームが。

 いや、まぁ原形は留めてないし大丈夫か。


 何せこの牛と豚はというと全長からして五メートルくらいあった。タウロスとはあるが、見た目はほとんど普通の牛。二足歩行はしていたが。

 豚の方もイメージする豚と同じだ。これが日本に居たとは考えられない。

 とはいえ、味には期待が持てる。強さはそれほどでもなかったが、説明文に大変に美味と書かれるほどの獲物だ。


 ガンツに解体を頼むとぜひ売って欲しいとせがまれた肉。味は保証されていることだろう。両方とも五十キロだけ売ったからもしかするとあちらでも家の食卓に並んでいるかもしれない。


 肉は大量にあるが、今回は素材の味を楽しむべく、塩とタレで焼肉である。イミシアとシュノーエリノアにも声をかけておいたから暫くすると来るかもしれない。


 熱く語り合っているレインとアオは戦力外。全ては俺がこなすしかない。


 焼肉といえばスープが重要だ。そして一番時間がかかる。俺は、材料を大きなテーブルにどんと置いて、焼肉には欠かせないスープの作成を開始する。


 俺は集中すると、本の炎葬のカードを睨みつける。そう、これは修行でもあるのだ。


 湯は大量に沸かしているし、準備は整っている。

 まず市場で買ってきた巨大な鶏ガラの汚れを水で丁寧に落とす。大体取れたところで、お湯を回しかけて汚れを浮かし、流水でさっと流す。

 これをするのとしないのとでは全然味が変わると料理の道に進んでいた友達が言っていた。


 今となってはもう会えない、かつての友の助言に感謝しつつ、次は、鍋に鶏ガラの長ネギ、生姜、ニンニクを入れる。

 そして水を注いで、これまで使い所のなかった【レア度3:廣木 特別純米】を勿体ないかも、と少しだけ思いながらも加えて、強火にかける。


 炎葬を使っているだけに、うっかり魔力のコントロールを誤って消し炭にしないよう気をつけなければならない。


 沸騰させて、アクを何度も取り除き、澄んだスープに仕上げていく。透き通るスープになった事を確認すると、火を弱めてこのまま放置だ。


「これ、結構大変だな」


 そう呟いてみるも、ギャーギャーと賑やかな様子は相変わらずで、アオたちはこちらに見向きもしない。どうして俺だけが働いているのだろうかと少しだけ悲しくなったが、台無しにされるよりは良いかと自分を無理やり納得させる。


 少し減ったスープに鶏ガラがかぶるくらいに水を足し、浮き上がったアクを捨てる。


 次はメインの肉のカットだ。


【レア度3:食肉解体新書】というあらゆる肉の扱い方を書いた本を熟読して、ある程度部位ごとに分けられている巨大なブロック肉を食べやすいようにカットしていく。

 悪戦苦闘しつつ、肉を切り終えた頃、スープもほぼ仕上がっていた。ザルとキッチンペーパーでスープを濾し、鶏ガラスープが完成する。


 炎葬のカードへの魔力供給を止め、椅子に身体を投げ出した。


「つ、疲れた……」

「お疲れ様です。どんな感じですか?」

「見ての通り、準備は出来たかな」


 アオが水の入ったグラスを手渡してくれる。一気に飲み干すと、一度息を吐いてそう答える。


「後は、焼肉の準備だな。そういえば焼肉とバーベキューの違いって知ってるか?」

「えーと、確か焼きながら食べるのが焼肉で、全部焼いてから食べるのがバーベキューですよね?」

「そうなのか? いや、気になっただけだからあんまり気にしないでくれ」


 とまぁ、アオの言う通りであれば、今から行うのは焼肉ということになる。

 そしてここからが勝負だ。


「火起こしは頼めるか?」

「まっかせてくださいよ!」


 俺はいつぞやに引き当てた【レア度2:七輪付きテーブル】と【レア度1:七輪用金網十枚セット】、そして【レア度1:上質備長炭十キロ】のカード化を解除する。


 今回役には立った。立ったのだが、ランダムパックって何でこんなの入ってるんだろうと、そう思う。

 きっと細かいことを気にするのは良くないのだろう。


「ケントが火を点けるのはダメ?」


 いつのまにか近くに居たレインが首を傾げる。確かに、と思ったが、アオがキラキラとした目でこちらを見てきた。


「わかりますよ、こういうのは魔法でやらずに自力でやるからこそ、美味しいんですよね!」

「一理ある。私も手伝う」


 非合理的かもしれないが、そういうものかもしれないとも思った。アオ達が炭に火をつけようとする傍らで、スープにわかめと卵、塩と白胡椒を加えて仕上げを行う。


 悪戦苦闘しつつ、炭と格闘すること十分。炭が白くなり、赤くなっていく。


 こちらも味見を繰り返し、納得のいく味を作り出すことが出来た。


「や、やりましたね」

「頑張った」


 団扇を片手に持った二人がやり遂げたような顔をする。その時、大きな声が門から聞こえる。


「こんにちはー! ケントさーん、アオさーん。いますかー?」

「こんにちは。お、みんな揃ってるな。丁度準備が出来たところなんだ、入ってくれ」


 門の前にはイミシアとシュノー、そして日傘をさしたエリノアの姿があった。

 ぶんぶんと手を振るイミシアの隣でエリノアが優雅に一礼する。


「本日はお招きいただきありがとうございます」

「エリノア様。堅苦しいのは控えると先ほど仰っていませんでしたか?」

「……シュノー、今月は減給ですから」

「なっ、なぜ?!」


 理不尽だ、と嘆くシュノーに苦笑しながらも門を開いて出迎える。エリノアの視線が俺の首元に向けられ、首飾りを見て微笑む。不覚にも心臓がどきりとしたが、ここに触れるのは薮蛇だ。


「良いところに住んでいるんだな、お前たちは」

「まぁな。千年原始人や双頭狼をたまに出してやるってなると多少広くないとな」


 アオが独断と偏見で借りてきた家は、庭も付いていてかなり広い。シュノーが驚くのも無理はない。

 キョロキョロと興味深げに視線をうろうろさせるシュノーが、庭の一角に座っているアオたちを発見する。


 アオたちもシュノー達の到着に気づき、手を振った。


「先日ぶりですね。さ、早く座ってください」

「早く、肉を……」


 レインが皿を椅子の前に置いていき、【レア度2:専門店の焼肉のタレ】を自分の皿に注ぎ、小皿に塩とレモン汁を入れる。


 そしてまるで禁断症状が出ているかのように肉へ手を伸ばした。


「ケント、こういうのは挨拶が必要ではありませんか?」


 そんなものか、と思いつつグラスを手に取る。


「貴族のパーティって訳じゃないし無作法は勘弁な」

「異世界の人にマナーは問わないと、随分前ですが言いましたよ。気にしないでください」


 全員の顔を眺める。俺がグラスを持ったのに倣うように、全員がグラスを持ち上げる。


「じゃあ一言だけ。この前は色々と大変だったけど、こうして無事に帰れて嬉しく思う。今日はいっぱい食べて楽しんでくれ」


 日本でホームパーティなんかをした時を思い出しながら話す。こういうのは簡潔なのが一番だ。


「乾杯!」

「かんぱーい!」


 アオが手に持ったグラスを俺のグラスに軽く当てる。カンと小気味良い音の後に、中に入った氷が揺れた。


 カード化しておいた、肉を盛り付けた皿のカード化をいくつか解除する。一気に増えた肉に、おおっと歓声をあげるシュノー達。目を輝かせている全員が我先にと肉を網の上に置いていく。


 こうして慰労会のようなものが幕を開くのだった。

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