第46話:帰還

 誰かの声が聞こえる。身体が少しひんやりしていて気持ちいい。

 俺は、どうなったんだっけか。闇の中でシンに見つかって、ユノに助けられてそれから。


「どうしよう、ケントがこのまま目を覚まさなかったら」

「これ以上の探索は危険だな。早めに引き上げよう」

「待って、くれ」


 ぼんやりと視界に何かが映る。混ざり合った色がやがて鮮明になっていき、それがアオだと気づいたその時、胸に飛び込んでくる。


「ケントぉッ!」

「ゴフッ!?」

「暴力女は下がるべき」


 飛び込んできたアオの装備が身体にかなりの勢いでぶつかったため、肺の空気が押し出される。

 見兼ねたレインがアオをぺいっと引き剥がすと、グイグイと体を擦り付けてくる。本当に猫みたいだな、とそう思った。


「どういう状況なんだ?」


 確かユノは意識を失った俺を仲間が介抱してるとだけ言っていた。そう言えば。

 右手を見ると、手の中に小さな白の球体が収まっていた。多分これがユノが言っていたものだろう。


 こっそりカード化し、素早く本の中に仕舞い込む。何が書かれているかは見えなかったが、ここで見ることではない気がする。


「あの通路を通り抜けた途端、ケントは気を失ったんだ。こちらこそ何があったのか聞きたい」

「どう言えば良いかな……」


 とりあえず俺は闇の中を歩いたこと。カードコレクターを使用してシンに見つかったこと。ユノと話をしたことを掻い摘んで話していく。


 だが、この世界に来た理由については話さなかった。どういうわけかそうしようという気が起きなかったからだ。


「ならもう帰りませんか、エリノア様?」


 イミシアの言葉に、エリノアは睨みつけるように闇が広がる通路を見る。


「あの先は何があったんだ?」

「戦争の決戦場。封印された異形の存在ですよ」

「エリノアは知ってたのか。シンが滅んでない事を」


 その問いにエリノアはふっと笑う。


「ええ。歴史では死んだ事になってます。ですが、各国の王族含め、一部の人間は知っていますよ。あとどの程度封印が保つのかはわかっていないでしょうが」

「……わかるのか?」


 ユノは自分をシンから切り離す、そんな事を言っていた気がする。となると封印は大丈夫なのだろうか。取り込まれていたが、そこから何かをし続けていたんじゃないかという疑問が消えない。


「私の家系はそう言った魔法に長けていますから、ある程度は。そうですね、どれほど長くとも十年。短ければ五年もあれば出てくるでしょう」

「短い、な」


 果たして今のこの世界に対抗できる力はあるのだろうか。ユノは何もしなくても良いと言っていたが、あの時の感覚を信じるなら何かをせずにはいられない。


「はぁ、私もこんな家に産まれなければ気が楽だったんですけれど」

「エリノア様……」

「ユノは何か言っていましたか?」


 エリノアが憂鬱そうに一度溜息をついてそう続けた。


「俺にしてもらう事はないってさ。でも、それがどうかしたのか?」

「そう言っていたなら何か手があるんでしょうけれど、もしものときは封印の手伝い、頼みますね?」


 力なく笑いながらエリノアは俺の方を見つめる。エリノアの家系はもしかしてこの時のためだけにこの地を守ってきたのだろうか。三百年も亡霊に怯えながら。


「……あぁ、俺にできることなら何でもしよう」

「じゃあけーき? というのを頂きたいのですが」

「それはこの話と関係ない」


 少し暗い話だったのが、その一言でレインが胡乱な目を向け、アオが続いて参戦する。シュノーが苦笑いし、イミシアはエリノアに微笑んでいる。


 くすくすとエリノアが笑った。どうやら気を使わせたらしい。ここで渡せばどうなるのだろうかと、エリノアに苺のショートケーキのカードを渡す。


 獲物を見つけた肉食獣のように、アオとレインの目が俺にロックされる。てっきり標的はエリノアに向くと思っていた。少し迂闊だったな。


「イミシアも言っていたようにそろそろ帰らないか。目的は達成した、と言って良いんですよね」


 エリノアが頷く。


「そうだな、そうするか」


 その言葉に、エリノアとシュノーとイミシアは帰ることに賛成のようだ。

 問題は俺のパーティの二人。まだ何かあるらしい。


「言いたい事は、それだけ?」

「依頼主だからってそんなに媚びを売る必要はないんじゃないです?」


 いや、媚びを売ってるつもりはないんだけど、と否定しようとしたとき、物欲しそうにレインが俺の片腕を取る。


「一応迷宮だから緊張感を持った方が」

「ここの難易度は把握しました。それこそシンが来ない限り大丈夫です!」


 グリグリと頭を擦り付けてくるレイン。アオが恥ずかしそうに控えめに手を握ってくる。

 そんな俺たちを微笑ましいものを見るようにシュノーが目を細めていた。


「帰るぞ、離れてくれ。何か出てきたら困る……?」

「ケント殿?」


 通路は未だ闇を孕んでいる。一瞬見られたようなそんな気がしたが、気配はない。


「何でもない、気のせいだったらしい」


 そうして俺たちは歩き出す。もう一度だけ振り返る。一瞬赤い何かが映った気もしたが、多分疲れてるだけだろう。


 たった数時間だというのに何日もかかったような、そんな錯覚を残して王の墓所の探索は幕を下ろした。


 ────────────────────



 行きと同様、帰らずの森だというのに騒ぎながら帰路に着き、アッカードの街に到着した後は、別れて疲れを癒すべく家へ帰る。


 そして朝になり、俺たちは依頼の達成を報告すべく国際職業互助協会を訪れていた。


「指名依頼、お疲れ様でした。報酬の300万ディルと、これを渡すように言われています」


 ノノは、金貨が入った袋を重そうにカウンターに置いたあと、カウンターの下から小さな箱を取り出した。


「これは……?」


 箱の中に入っていたのは、淡い青色の金属と翠の宝石で作られている首飾り。非常にシンプルな作りだが、上品さがある。ただ見覚えのある配色のため、少しばかり身につけるには気後れしそうだ。


 男女どちらが着けても良さそうだが、これは少し扱いに困るな。


「自作のアミュレット、と言っていましたね。あの方、凄腕の彫金師で錬金術師でもあるらしいので、かなりの価値だと思いますよ、これ」

「エリノアが作ったんだよな。ほんとにこれ貰って良いのか?」

「あ、条件が書いてますね。ケントが身につけること、とあります。ケントさん、大丈夫ですか。刺されたりしませんか?」


 ノノの言葉に、協会がざわめく。大きな声どころか小さな声だったはずなのに、仕事柄かこいつらの耳は凄まじく良いらしい。

 耳聡く聞きつけた後はボソボソと話し出す。


「今度は領主様か、夜道に気をつけるんだな」

「またあいつかよ。しかも可愛い子ばかり」

「あー、もげろ。何がとは言わないが」

「これがヒモウサギの実力か」

「今回は指名依頼での報酬だろ。ヒモとは違うんじゃねーか? 女誑しには違いないけどな」


 次々と告げられる暴言の数々に、目が潤む。あと俺も小さな声でも聞こえたから同類らしい。


「あの、ノノさん。これって自分の悪評を払拭するための依頼じゃなかったですかね?」

「諦めてはいかがでしょう?」


 満面の笑みでそう言い切られ、頰に温かいものが流れた。


「あ、あんまりだ……」

「どんな効果があるんです?」


 金貨をカード化し、本に収めている時にアオがアミュレットを見つめながらそう言った。


「看破してみればいいんじゃないか?」

「そういえばこの指輪、そんな効果もありましたね。でもこういうのはケントがちゃんと知ってた方がいいと思いますよ」


 そんなものか。と思った俺は、アミュレットを手に取り、カード化する。



 名前:翠と露草

 分類:専用装備

 レア度:5

 説明:とある男の為に少女が作ったアミュレット。対象以外装備不可。耐毒、退魔の術式が刻まれており、それらから対象を防護する。

 籠められた感情は、念となり今も佇むのみ。それが善であろうと悪であろうと。

 変換CP:1800000



「……呪われてね、これ」

「確実に呪われてる。色もエリノアっぽい」


 レインがカードを覗き込んでそう言った。変換CPを見てもわかる通り、効果自体は良いはずなんだが、最後の方の文章が怖すぎる。


 あれか、逃がさないという意思表示のようなものなのだろうか。そんなことをしなくてもシンが復活したなら手伝うんだけどなぁ。


「それ、どうするんですか? 変換します?」

「いや、着けるよ。効果自体は良さそうだし、俺はこうでもしないとあっさり死にそうだ」


 変換して欲しそうなアオにそう答えて、カード化を解除する。

 そして首にかけると、ピリッとしたような気がした。


「ん、なんか変だな。場所が悪いのか?」


 一旦外そうと持ち上げるも何故か外れない。背中に冷や汗が流れる。


「呪われた?」


 レインがじとーっとアミュレットを見つめる。相当量の魔力が籠っていることはわかっていたが、こんな無駄なことが効果に組み込まれているとは。


「どうにかして外してみましょう」

「ん!」


 引っ張ってみたり、魔力を注いでみたり。壊れるかもしれないため強引に引っ張ったりはしなかったが、外れる気配がなく、首から外すのにかかった時間は三十分であった。

 正解は丁寧に言葉で外れて欲しいと伝えて優しく持ち上げることだった。


 側から見れば、アオとレインとイチャついてるだけだったのだろう。ほかの協会員の目が痛かった。

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