第45話:理由
時間にして五分ほどが経ち、少女は俺に背を向けてゆっくりと歩き出す。
「どう、落ち着いた?」
「そう……ですね」
「あはは、敬語か。うん、君と初めて会った時もそうだったね」
何が何だかわからない。必死で記憶を思い起こすも、俺に目の前の少女と会ったことも、まして話したことなんてない筈だ
「改めまして、
「すみません……」
「謝る必要なんてないよ。それが契約だったんだから」
急に頭が痛くなってくる。忘れていた事を思い出そうとするほど、頭痛は強くなる。
「今は思い出す必要はないかな。きっと、最期には思い出せるから」
「みんなは、どうなったんですか?」
「勿論生きてるよ、今は突然気を失った君の介抱をしてる。ここ、というか虚の狭間に引き摺りこまれたのは君だけさ」
その言葉に安堵する。介抱をさせているのは申し訳ないが、聞きたいことが多い。
「質問、いいですか?」
「その敬語をやめたらね。前はあんなにフレンドリーだったのに固くなっちゃって」
何故だろう、この世界の人は敬語を嫌うのだろうか。いや、柚乃は名前からして確実に日本人だろう。年齢は間違いなく上のはずなんだけど。
俺はとりあえずその言葉に頷いておく。
「君は変わらないね。その考えが表情に出るところなんか特に。言っておくけど私はまだ二十歳だよ。魂は兎も角、体はね。あ、いや体も今は三百と少しか……?」
「やっぱりユノが300年前に召喚された異世界人なのか?」
待ってましたと言わんばかりにユノが笑う。
「そ。国際職業互助協会を作ったのも私。他には……何かしたっけなぁ?」
「魔王と相討ちになったってのは?」
死んだというならここで俺と話せるのはおかしい気がする。いや、死んでなかったとしても300年前の人間だ。寿命はどうしたというのか。
「
「どうやって……?」
「まぁ盛大な自爆みたいなもんさ。自分の体にみんながドン引きするレベルの封印を施してシンを取り込んだんだ。で、その場に放置は出来ないから魔力を外部に放出する造りの迷宮で囲んだんだよ。復活出来ないようにね」
つまりそれが王の墓所ということか。辻褄は合うような気がする。それにしてもそこまでしても虚の魔王は殺せないというのか。300年、まだ生きてるんだろうな。というかさっきの空間のアレがもしかしてそうなのだろうか。
「そうだよ、アレが
「何でそんなことに」
「まぁ元を辿れば愛ゆえにってやつかな。シンには好きな娘がいてね。それが教皇の娘だったんだ、今は無くなった聖神教って奴のね」
「ユノと恋人だったみたいな話を聞いた気が」
そんな話が残っているとエリノアが言っていた気がする。そう思って呟いた一言に、ユノが怪訝な顔をし、顎に手を置く。
「私が、あいつと? まじか……誰だよそんなこと言ったやつ。いや、ないないないない」
「あくまでそんな話があるってだけだから気にしなくて良いんじゃ」
「するからね! 君だって好きでもない相手と付き合ってるって言われて良い気はしないよね。それが国中に広まってるようなもんだよ? ないわー」
心底あり得ないと言いたげに、ユノはむすっとする。
そして小さく溜息をつき、パチンと指を鳴らす。突如、真っ白い何もなかった空間が丸いテーブルと二つの椅子だけがある会議室のような部屋へと変わる。
「ま、いいや。君に言っても仕方ないもんね。話を戻そうか」
ユノは俺に座るように促すと、何処からか現れたホワイトボードに三人の人間を書いていく。
二人の男女の上に、一人の老人。誰を指しているのかは一目瞭然だ。
「その聖神教の教皇がかなりのクズでね。娘さんはなぜかそういうところもなかったんだけど、シンも良い奴なんだが馬鹿だった。何が不味かったって、毒を盛られてた事に気づかなかったことだよね」
「なんで気づかれなかったんだ?」
「薬だと言って教皇がシンに飲ますよう娘に渡していたからだよ。ほとんど毒なんて効くはずのないシンだけど、それも本人が毒だと認識してないと効果は薄い」
老人から女に矢印が引かれ、
「薬だと言われて飲んでたもんだからほとんど能力が解毒しなかったんだ」
「どんな、毒だったんだ?」
「麻薬みたいなもんさ。気分が良くなり、痛みに鈍くなり、依存性がある。何より危険なのは思考力が落ちて感情が薄れていく事だね」
そんな薬物、聞いたことがない。いや、元の世界になかっただけで、この世界にはあるんだろう。もしくは魔法を使えば創り出せるのかもしれない。
「私が気づいた時には心優しかったあいつは死んでいたよ。教皇のクソジジイは比喩じゃなく死んでたけどね」
「それは、どうして?」
「さぁ。わかってるのはシンが心を閉ざしたってことだ。教皇の娘も死んでたからそれが理由かもしれないね」
心に遣る瀬無い思いが残る。余りにも不毛だ。しかし、教皇は死に、その娘も死んで、シンは何故世界を敵に回したのか。
「シンは何でユノと戦ったんだ?」
「『守りたいものを失った。残ったのは分不相応な力だけ。誰かが糾さねばならないなら俺がその役を負おう』」
一度全てを消すと、国の名前を書き連ねていく。そして中央にシンを描いた。先ほどの言葉はシンが言ったことなのだろう。
シンの矢印が国へと向かい、名前が斜線で消される。まず初めにドミニク共和国が。続いてルクシオ王国、ネバンドラ連邦国家という名前が消えた。
「彼は多分恨みなんかなかったんだ。少なくともその時は。私もその時は何もするつもりは無かったよ。ただ彼の魂は予想以上に磨り減ってたんだと思う。彼のエクストラスキルでね」
「進化、か」
「そうそう。よく知ってるね。私がシンを殺そうと考えた時にはもう生ける屍って奴だ。封印されてからは君が歩いた闇の中を三百年彷徨ってるんだよ。今、シンがどんな精神をしているのかは想像もつかない」
ゾッとする話だ。俺がどのくらい歩いたのかはわからないが、多くとも数日程度のはず。常人に耐えられるはずがない。そんなところにユノはシンを封印したのか。
「もしかして私がシンをあそこに押し込んだ、なんて思ってる?」
「違うのか?」
「違うよ。アレはシンの心象風景。心の中だ。私がここにいるのはあいつの一部だから。君の魂も今はあいつの中に取り込まれてるんだぜ?」
少し、理解に時間が必要そうだ。ユノが取り込まれてるのはわかる。というか取り込ませて封印したんだろうから。ただ、なんで俺がシンに取り込まれてるんだろうか。
「暗闇は迷宮にシンが張った罠だ。君だけがアイツのお眼鏡にかなったってわけだよ」
それってよく考えなくても絶体絶命ってやつじゃないのだろうか。
「シンの成れの果ては今でも遥か昔に願った役割を演じようとしてる。でもこの空間を破るにはまだ力が足りない、だから強い力を取り込もうとしてる。そしてあいつは知った気配に反応する」
「つまり、ユノの……日本人の気配?」
「ま、そんなところ。正直なところ取り込まれるまではこちらの想定内だったんだ。けど君、カードコレクター使っちゃったよね。それであいつに居場所がバレたんだよ。あいつはそれまで手探りで捕らえた異物を探してたんだ」
そういう事だったのか。というかなんでカードコレクターをユノが知ってるんだろう。次から次へと沸き起こる疑問にユノが首を傾げ、あー、と声を漏らす。
「そっか、それも忘れてるのか。君がこの世界に来ることになった理由はその能力だよ。私の能力に近しい物を持つ者を、私が召喚したんだよ。少し弄ってはあるけどね」
「ユノの能力?」
「そう、アイテムマスター。アイテムの定義がこの世界は緩くてね。物質全てに当てはまる。私は生粋の生産職だけど、その全てを高水準で扱えたんだよ」
えっへんとユノは慎ましい胸を張る。難癖を付けられる前にそれから目を逸らす。
「もしかしたら君もカードパックとやらで私が生産したものを引き当てるかもだね。ま、それはいいや。そろそろ時間もなさそうだしね」
「そうなのか。まだ聞きたいことがいっぱいあるんだけどな」
この口ぶりだと俺はシンの中から無事に戻れるのだと思う。ユノがニッと笑った。
「君は楽しめばいい。ここに来てもらったのは頼み事をする為だ。といっても一度は了承済みなんだけどね」
「一体、どんな?」
「君が目覚めた時に持っている物を持ち続けること。後は……この世界を楽しんで、本当に欲しいものを、やりたい事を見つけて欲しいんだ」
頭が急に痛くなる。少しユノが困ったような表情をした。
「まぁ、いいか。少しくらいは。君は私と会った時に、『少し、後悔の残る人生でした。もっとやりたい事はあったんですけどね』って、そう言ったんだよ」
頭が割れそうになる。多分俺が忘れていた記憶の話なのだろう。でも、この事は聞いていて良かった気がする。
「この世界で強い感情は力になる。願えば叶うんだ。欲しいものは欲しいと言っていい、守りたいものは守れ。君は少しくらい欲張りでもいいんだ」
「俺がこの世界に来た理由は、何かあるのか?」
「……隠すのもやめよう。君は新たに人生を送る代わりに、シンを滅ぼすために助力するという契約を結んでいる」
やはり、そうなのか。少しだけ頭痛がマシになる。一番知りたかったことは知れた。やる事は変わらない。強くなれば良いんだろう。
「とは言っても君にしてもらう事はもうほとんどないようなものだよ。君はその能力で目覚めた時に持っているものを本の中に入れておくだけで良い。まぁ私の依り代みたいなものだよ」
「人間って入るのか?」
「そうだね。答えはノーだ。人間……というか生き物は世界のシステムに組み込まれている。一度死ねば別だけどね」
つまり魔物カードは一度死んだ生き物が俺のところに召喚されてるのか?
つまり仮の命があるようなもの、なのか。なんだかカードコレクターが凄い能力に思えてきた。
「もしかして一度死んだ人をカードコレクターで蘇らせたりは……」
「不可能ではない、と言っておこうか。私の能力でも不可能でもなかったからね。どれほどの代償を強いられるかは別としてね」
寂寥を感じさせる表情でユノは虚空を見つめる。地雷を踏んでしまったのかと慌てたその時、部屋がパリンと音を立てて割れる。
そして辺りを覆うのは真っ暗な闇。蠢く闇の中で赤黒い眼光がこちらを見ていた。
「悪いね、シン。この子は渡せない。また、会うことになるからその時はよろしく頼むよ」
感情の読めない瞳が尚もこちらを見続けている。そうしているうちに、視界が真っ白に染まっていく。
俺の意識がなくなるその直前。死人のようなその顔の唇が動いたような、そんな気がした。
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