第43話:休息
俺は、何枚か【レア度1:ヒノキの棒】のカード化を解除し、現れたやけにまっすぐなヒノキの棒を空気の通り道が出来るように重ね、使い捨ての魔法【レア度1:着火】で火を点ける。
満足に料理を出来るほどの環境もないし、俺にそこまでの技術はない。レインは食べること専用だし、シュノーもアオも手を出すつもりはなさそうだ。
唯一イミシアの視線が行ったり来たりしているが何を考えているのかは読み取れない。
「レトルトで良いよな?」
コクコクと頷くアオを確認して、【レア度2:パックご飯詰め合わせ】と【レア度3:世界戦闘糧食食べ比べセット】をカード化解除する。
大きな鍋を二つ用意し、水を張って火にかける。片方にはご飯のパックと加熱した方が美味しいだろう缶詰が突っ込まれている。
温める時間の違いなどという細かいことは気にしてはいけない。たとえ常人には食べられなくなってもレインなら処理してくれるはずだ。
「で、これはどういったものなのだ?」
「俺の世界の軍人が戦争とか訓練の時に食べてたもの、かな。詳しいことは知らない」
シュノーが興味深そうに缶詰を指差して尋ねてきた。曖昧な答えしか出せなくて申し訳ないが、適当なことをいうよりはマシだろう。
「あの、私そこそこ料理が得意なんですけど手伝うことってあったりしますか?」
「あ、ごめん。食材もあるにはあるんだけど面倒くさいし簡単なもので良いかと思って」
イミシアはどうやらかなり家庭的らしい。少し恥ずかしそうに言いだしてくれたのは嬉しかったが、もう少し前ならもっと食事が豪華になったかもしれないとそう思った。
「そうなんですか。あ、いえ気にしないでくださいね。ケント殿をあまり働かせるのもどうかと思っただけなので」
「ちゃんと報酬は払いますので精一杯働いて貰えば良いのではないでしょうか。この件もしっかりと評価しますので安心してくださいね」
もしかしてこれはミスを犯したのだろうか。レーションは国によってかなり当たり外れがあると聞いたことがある。今のご時世どの国も不味いレーションを作っているとは思いたくないが、もしかするともしかするかもしれない。万が一それがエリノアの分になったりすれば。
「ふふ。そんな気にしなくても外での食事にそこまでの味は求めません。流石に木の根を食べろと言われれば考えがありますが」
不穏な笑みを浮かべるエリノアから目を背け、パッケージに目を通す。この中でエリノアがダメそうなのはイギリスのものとかだろうか。完全にイメージだろうが、なるほどお湯を注ぐオートミールタイプか。これはアオに食べさせることにしよう。
すっとアオの方にイギリスのレーションを置くと、ニコニコと微笑みながら首を不思議そうに傾げる。
やめてくれ、その無邪気な表情は俺に効く。
そうこうしているうちに水が沸騰し、少なくとも米は大丈夫な気がしてきた。レインの方に視線を向けると、一度頷いて沸騰した湯の中に手を突っ込み、米のパックを引き上げる。
「缶詰は熱が通ってそうか?」
「まずまず。多分いける」
思っていたよりも早く加熱が完了したらしく、全員にご飯とスプーン、各国のレーションを配っていく。
流石にアオにオートミールのものだけを渡すなんてことは出来ず、鯖缶っぽいものを渡した。これどこの国のだろうか。
アオが缶詰を開けて、それを真似して各自配られた缶詰を開けていく。
レインはアメリカのビーフシチューにお湯を注ぎ、無言でかき混ぜている。
「これが異世界の技術ですか。素晴らしいものですね」
感動した様子でエリノアがスプーンを口に運んでいく。食べているのは、シチューのようなもの。報酬の減額はひとまずなさそうで、ホッとする。
「味がしない? あれ、これお湯で溶くんですよね?」
「た、多分?」
アオがイギリス軍のオートミールをしげしげと見つめる。悪い、アオ。それを食べさせても良さそうなのは俺とアオとレインだけだったんだ。
ガツガツとかきこむシュノーの横で、イミシアが不思議そうに缶詰を眺めていた。
「アオ殿。なぜ温めるだけでこのようなものができるんですか?」
「さぁ。出来上がってるものを真空保存とかしてるんじゃないです? あ、真空にしてから加熱処理ですかね?」
「真空保存?」
そりゃ真空とか言われてもわからないよな。というかこの世界ってどの程度科学的な考証がされてるんだろうか。
「空気が一切ない状態ですね。空気がないと腐りにくいらしいです、少なくとも私の世界では。こっちだとどうかは知らないんですけど」
アオがダメならとばかりに俺の方にイミシアが視線を移す。
「悪いけど俺もこっちの世界の物理法則がどうなってるか検討もつかない。少なくとも魔力なんてのは俺の世界では使われてなかったからなぁ」
「それは興味深い話ですね。異界からの来訪者の方々は程度や種類に差があれど魔法には適正を持ちますから」
地球に魔力があったかどうかは正直わからない。今、魔法を使える状態で地球に帰ることが出来たなら何かわかることがあるかもしれないが、個人的には無いんじゃないかと思ってしまう。
「おかわり」
「いや、ないけど」
「じゃあデザート」
あっさりと一番多かった量を平らげたレインが何食わぬ顔でおかわりを要求し、それを突っぱねるとデザートの要求を開始する。
俺は自分の手元のマグロと芋の煮込みを完食し、それらを片付けてからレインの前にヨーグルトを置く。
「私の分は無いんです?」
「そりゃそうよな」
満足そうにヨーグルトを頬張るレインにアオ以外の視線が固定されている。
よくあんなに見られながら食べられるな、とつい苦笑いしながらヨーグルトを渡していく。
エリノアで最後と思った時に、残りが無いことに気づく。私にはないのですかと言いたげな表情が俺に向けられる。
「あーいや、ヨーグルトの在庫はもうない。だからこれでいい、よな?」
ヨーグルトと同じレア度2のフルーツケーキをエリノアの前に差し出す。
一瞬不満げな顔をしたものの、一口それを口に含むと破顔した。そして、こほんと取り繕うように咳をすると、
「これ、幾らで売ってくれますか?」
そういった。アオの鋭い視線が俺に突き刺さり、レインがじとっと本を眺める。
以前もこういう事があったような。レースと交渉した時が確かこんな感じだった気がする。
「二人きりの時に要相談ってことでいいか?」
「二人きり……何を要求するつもりなのか気になりますが、その時のお楽しみにしておきましょう」
イミシアが目を細め、シュノーとイミシアが僅かに頬を染めて顔を背けた。なんだか酷い誤解を受けているような気がするが、レインやアオのいるところで交渉をするつもりは今はなかった。
「責任を取ってくださるのでしたら、そうですね。私は構いませんよ」
「そういうつもりはないから!」
「多少吹っかけて来ても対価は払うつもりですよ。何が欲しいのか、ちゃんと考えておいてくださいね?」
悪戯っぽく笑うエリノア。射殺すような目で睨むアオ。
頼むからここで張り合うのはやめてほしい。
スイーツが食べたいならCPを稼いでくれればそれで問題ないんだけれど。
食べ終えたレインが手を差し出す。無言でチーズケーキを渡すと食事が再開される。
そして、二人の標的がレインに移ったのを確認して俺は小さく溜息を吐くのだった。
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