第42話:王の墓所Ⅲ
ただ剣を振り下ろしただけ。それだけのことで轟音と共に死霊騎士の亡骸が宙を舞い、瓦礫が砕け散る。
戦闘開始からおよそ三十分程。
まさしく一撃必殺のその凶刃から俺たちは辛うじてその身を守ることに成功していた。
俺たちの仲間は確かに強い。こいつを相手にして未だ持ち堪えられる人間がどの程度いるというのか。
生きている。この強大な敵を前にして生きている。それは途轍もなく大きな事であるように思えるが、現状、延命を続けるこの状況を打破するための策は少なくとも俺にはなかった。
アオが千年原始人にポーションを投げつける。
それを受け取った千年原始人が、小さく見える瓶を口に運び、身体中の傷が癒えていく。戦況は当初と比べると良くはなっている。
俺の命懸けにしては地味な回収作業の甲斐もあって、足場の問題も殆どが解決した。
状況は良くなっている。良くなっている筈なんだが。
「ちぃッ!」
シュノーの舌打ち。息つく暇もない連撃は、確実にシュノーを標的に定めていた。数メートルはある大剣を軽々と右手一本で振り下ろし、飛び退いた先へ蹴りを繰り出す。
回避できないそれを千年原始人が弾いた。
戦えてはいる。しかしあの鎧が邪魔をする。加えて、奴はアンデッド系の魔物だ。痛みに対する恐怖もなければ傷を顧みる事もない。
文字通りの死兵。打倒しうるには、全て吹き飛ばすほどの一撃が必要となる。
しかし、雷霆の光槍ですらその身体にダメージを与えた程度だ。死力を振り絞ればあと三回は雷霆の光槍も使える。だが、そうしたところで奴を死体に還せているビジョンがどうしても見えない。それにアレを使うとなるとどうしても周りに被害が出る。防壁で防ぐとしてもその後の展開を考えるとリスキーだ。
どうする。何か弱点の様はないか。今のままではいつか崩壊する。足りない、何かが足りない。
「ケント」
「どうした、アオ?」
アオが戦線から離脱し、警戒しながら俺の所に駆け寄ってくる。
埃まみれのその表情は、力強さを持って鎧の騎士を見つめている。
アオはまだ諦めてはいない。
「あの胸の部分。見えますか?」
「見えるけど、どうかしたのか?」
アオに言われて目を凝らす。激しく動き回る鎧の騎士はこの戦闘で殆ど傷を負っていない。精々が鎧に千年原始人がメイスを打ち込み、凹みが見られる程度。
「丁度心臓があるはずの辺りに、穴があるんです。試しに何度か攻撃してみたんですが、そこだけは守ってるみたいです」
「つまり、弱点の可能性があるってことか?」
正直なところ俺にはその穴とやらを視界に捉えられないが、多分アオの言う通りあるんだろう。
鎧の騎士はそれほどガードをしない。巨体からは信じられない速度で身を翻し、大部分を躱そうとする。だから傷があってもおかしくはないが、鎧に穴を開けられるような武器は俺たちは使っていない。
「少し、手伝ってほしいんです。鋼鉄の槍が確かありましたよね?」
「あったと思う」
本を開き、鋼鉄の槍と念じる。パラパラと自然に捲れ、鋼鉄の槍を収めているページが開く。俺はカード化を解除してアオにそれを手渡した。
「やっぱり私じゃ足りないですね。ケントは魔力って注ぎ込めます?」
「多分、大丈夫だと思う」
魔法を使うとき、俺はカードを通して魔法を使っている。あれと同じことをやるというのはそんなに難しい事ではないように思える。
「じゃあいきますよ」
アオが槍を握り、もう片方の手で、俺の手を握る。残った手で俺は槍を握った。
アオが一度目を閉じ息を吐く。
次の瞬間、鋼鉄の槍が一気に光を放つ。それまでは無かった幾何学模様が脈打つようにアオの手を起点として伸びていく。
「加速・貫通・鋭利・頑強・回転・重撃。そして最後に爆発」
「な、なぁ大丈夫なのかそれ?」
不穏すぎる刻印が刻まれていく。先ほどのナイフも同じようなものが刻み込まれていたのだろうが、込められている魔力量は既にかなり多そうだ。
アオの頰に汗が流れる。白い顔がいつにも増して白くなる。魔力枯渇に近いのが明白だ。
「多分、壊れないはずです。だから、ありったけを」
「わかった。ちょっと休んでな」
青ポーションを手渡すと、俺は慎重に槍へ魔力を注ぎ込んでいく。千年原始人とシュノーとレインが作ってくれている時間だ。失敗は許されない。
刻み込まれた術式が眩い光から段々と彩度を落としていく。かなりの魔力量を注ぎ込んだところでアオからストップがかかる。
もう十分であるらしい。
レインが巨大化した拳で鎧の騎士を殴りつける。まるで金属同士がぶつかり合ったような甲高い音を立てて、騎士が少し後ろに押される。
「ウォオオオオッッ!!」
千年原始人がメイスをフルスイングし、背中を強く打ち付ける。よろめく騎士の足元。腱にシュノーが刃を入れる。
ちらりとシュノーがこちらを見る。
いろんな色が入り混じったような、その刻印は灰色の魔力を溢れさせながらアオの手の中にあった。
俺もかなりの魔力を消耗している。アオには最早余力は然程ないだろう。
正真正銘の一発勝負。外すことはできないそれに、鎧の騎士が気づいた。
「楽はさせてもらえないって事ですね」
「いいえ。アオであればこの程度はなんて事ないでしょう。それが異界からの来訪者というものです」
固唾を飲んで見守るイミシアに、エリノアが外す事など微塵も考えていない様子で言った。
「少し、困りましたね」
鎧の騎士が、脅威と看做したのかこちらへと駆け寄るべく方向を変えた。
シュノーが舌打ちし、切り裂いた筈の腱へと剣を突き刺す。
だが、鎧の騎士はそんなことは知らないとでも言うように、その巨体を動かす。
防壁はこちらの攻撃も通さない。
どうすべきか。
悩む俺の前にレインが立ち塞がる。
「何を」
言うが早いか、レインが白の液状に変わると、鎧の騎士を全身で取り込む。暴れようとする騎士だが、レインに捉えられたまま、動く気配がない。
「長くは保たない。私諸共でいい、早くやる」
「お、おい。ちょっと待てよ」
俺の声など聞こえてないように、アオはレインの言葉に頷くと槍を構える。
今ならアオが言っていた鎧の穴がよく見える。けれどそんなことはどうでも良かった。
「いい加減くたばってくだ、さいッッ!!」
槍が一条の光となって鎧の騎士に深々と突き立つ。そして直後、視界が真っ白に染め上げられた。
音が消える。
色が消える。
衝撃が身体を襲い、ゴロゴロと地面を転がる。触覚を頼りに、立ち上がり、眩む視界を抑える。
一体どうなった。
鎧の騎士は、いや、レインはどうした。
千年原始人は無事。シュノーも起き上がっている。アオも俺の隣にいた。
鎧の騎士は胸に巨大な穴を作って倒れている。流石に動くような事はなく、死体に還ったらしい。
「レイン、おいレイン!」
白いスライムの欠片があちこちに散らばっている。
まさか死んだなんて事は無いよな。あのレインに限ってそんな事が。
「ケント、何でそんな慌ててる?」
一箇所のスライムの欠片が動いたかと思うと、人型を取る。そこには心底不思議そうなレインが居た。
「いや、お前に何かあったらと思うと……」
「なるほど。それは心配かけた、ごめんなさい」
「良いんだ、無事ならそれで」
ペタペタとこちらに歩いてきたレインの頭を撫でる。
「かなり強力な攻撃だったけど、あの程度ではストックの全部を消し飛ばすのは無理。精々三割」
「そうですか。殺す気でやったんですが。ケントに頼って三割だと先は長いです」
「伊達に食事を取ってるわけじゃない」
二人が何を言っているのかはイマイチよくわからないのだけれど、とりあえずレインが予想外に死ににくいということが判明した。
ふと思ったが、レインは俺が無事であれば復活する事も出来る。
そのことに気づいて、先程のことが妙に気恥ずかしくなるのだった。
鎧の騎士を回収し、一旦休もうとしたその時、地鳴りとともに部屋の奥の壁が開いていく。
何かが出てくるのかもしれないと、何があってもいいように構えるが何も起こる気配がない。
「進めってことでしょうか、エリノア様?」
「それはわかりかねますね。ですが私としては休息を取った方が宜しいと思います。イミシアと私はそれほど疲れてはおりませんが、ケントやアオは違うでしょう」
それもそうだ。出来るならば休みたい。突入してからそれほど時間は経ってないが、こうも命がけだと精神が磨り減るような感じがする。
どうする、と問いかけようとしたその時、アオのお腹がぐぅ、と自己主張をする。
頰を真っ赤に染めて顔を背けたアオに誰もかれもが気づかないふりをする。
みんな優しいな、とそう思いながら俺は口を開いた。
「エリノアも言ってるし、休憩したいんだけどどうだろう」
「ついでに何か食べるものがあれば嬉しいんだが、ケントは何か用意があるか? 無ければ残念ながら非常食となるんだが」
腰に下げた次元袋からシュノーが干し肉を取り出して前で揺らす。
干し肉も嫌いじゃないけれど、今はもうすこし量があるものを作った方が良いだろう。
俺は何があったかなと食料のカードを探すのだった。
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