第41話:王の墓所II

 部屋だ。それも巨大な。中央には千年原始人よりも巨大な鎧が剣を構えたまま固まっている。周囲には先程の死霊騎士と同じような鎧を着た死体がずらりと並んでいる。


 まるで兵馬俑を見ているような感覚。もしこれら全てが動き出して襲ってくるとしたなら非常に高い脅威となる。


 エリノアは澄ました顔で立っているが、その他の面々はそうではない。というか、なぜエリノアは一切臆した様子がないのか理解できない。


「エリノア、これ知ってたのか?」

「いえ。ただ私にはシュノーもイミシアもいますから」


 発言の直後、シュノーの頰が引きつり、イミシアがふっと自嘲気な笑みを零す。


「遺書を書いておけとはこういう事でしたか。恨みますよ、イミシア様」

「流石に冗談だと思いたいものだ。うん、冗談だろう。ささ、ケント、アオ、レイン殿。私たちに構わず攻撃を開始してくれ」

「エリノアは戦えないんです?」


 アオがここぞとばかりに疑問をぶつける。確か、サンドラを捕縛したのはエリノアだったはずだ。サンドラがどの程度の実力者なのかは知らない。しかし、微睡病にあってもサンドラを倒せるというのなら戦力としては十分に思える。


「そうですね。先程の騎士程度なら一対一であればどうにかなるとは思いますけれどね」

「十分すぎる気がするけどな」


 俺はそう言い、ブックと呟く。魔力量は十分。俺は防壁を目の前に千枚貼り、青ポーションを一気飲みし、白銀に輝くカード、雷霆の光槍の発動準備に移る。


【レア度8:雷霆の光槍】は非常に強力で使用する魔力量も最低・・100万と膨大だ。そしてそこに更に魔力を足す事である程度思う通りに操る事が可能となる。


 凄まじい速度で魔力が抜けていく。血液がサーっと下がっていくような、そんな感覚。まだ魔力量は多くあるはずなのに、急速に大部分を失ったためか、視界が眩む。


「ケント、大丈夫?」

「もうすぐだ、問題ない」


 少し不安そうにレインが俺を見る。ギリギリと歯を食い縛る。暴発しそうな魔力を押し込み、強引に制御下に置く。

 目標はあの最も大きい鎧。限界まで魔力が注ぎ込まれたカードが展開される。


「落ちろ、雷霆の光槍ライトニング!」


 光と音が、視力と聴力を奪う。

 防壁がこちらまで届いている余波を防ぐが、熱と衝撃でその殆どが破壊されていく。

 全員が目を閉じ、耳を塞いでいたが、数秒の感覚喪失は免れない。耳鳴りが続く中、何かが動く音を確かに聞いた。


 先程の破れ方とは違う、力による破壊。間違いない、あの巨大な兵が動き出した。


「ッ! 総員、構えろ!!」


 目を開くと、フィルタをかけたように色褪せた世界が映る。赤熱した鎧と剣を気にもとめず、巨大な鎧の騎士が刃を振り下ろす。

 全く抵抗なく防壁は刃を受け入れ、一刀両断される。


 再度防壁を貼り直し、素早く状況を把握する。周囲の死霊騎士はその殆どが蒸発しているが、まだ二割程は残っている。ある程度のダメージは入っていると信じたいがどこまで弱っているかはわからない。


 防壁が突破される。

 この鎧の騎士を打倒できる可能性があるのは。


「千年原始人!」

「ウルゥ!」


 薙ぎ払われる剣に、千年原始人がその身の丈にあったメイスで止める。いつもの両手斧は見当たらない。どうやら千年原始人も次元袋アイテムボックスのようなものを持っているらしい。


 ニタリと笑みを浮かべて、千年原始人が殴りかかる。轟音と共に鎧の騎士が吹き飛び、死霊騎士を巻き込みながら壁に衝突する。


「俺たちは取り巻きを減らしていこう!」


 全員が頷いたのを確認し、俺は双頭狼を召喚する。困惑した様子の双頭狼の尻尾を撫で、俺はその背に跨った。


「頼んだぞ」

「ガルゥ!」


 攻撃は俺が行う。敵の攻撃範囲から離脱するのが双頭狼の役割だ。

 俺が魔法を使うときはどうしても注意散漫になりやすい。双頭狼であれば遠距離攻撃を持たない敵から逃れることは容易い。


炎葬クリメイション!」


 死霊騎士を二体まとめて灰にする。本に表示されている残魔力量は580万。どうやら雷霆の光槍一発で200万を超える魔力を消費したらしかった。


 敵の数は正確な数はわからないが100はゆうに超えている。千年原始人は愉しげに鎧の騎士と戦っているが、その身体には初めて傷が刻まれている。いつ天秤が傾くかはわからない。すぐに加勢出来るよう、早急に周囲の死霊騎士を排除する必要がある。


 視界の端でアオが死霊騎士の首を纏めて斬り飛ばした。本当に成長が著しい。

 シュノーとエリノアとイミシアは連携しながら危うげなく各個撃破している。

 物理攻撃を無効化するレインは強引に死霊騎士に取り付き、首を引き抜いたり、鎧を握りつぶしたりしている。


 この調子なら問題ない。問題があるとするならやはり。


「ウ、ラァ!」

「ヲォォヲヲ……」


 火花が散り、銀粉が舞う。巨大な武器と武器が打ち合う度に、衝撃が起こり、空間が軋む。双方傷ついているが、体力で差が出てきている。


「不味いな」

「ですね」


 いつのまにか近くに来ていたアオが、死霊騎士の首を刎ね飛ばす。


「虎の子ですよ」


 左手で四本ナイフを抜き取ると、まるで踊るように投擲していく。寸分違わず、それぞれが違う個体の死霊騎士の首に突き刺さり、直後凄まじい爆発が起こる。


 周囲の死霊騎士を巻き込み、爆破された個体の他も活動を停止する。


「少し、汚いですね。アオ、やるなら先に仰ってくださりませんと困ります」


 細剣を目の前の死霊騎士の眼窩に突き立て、まるでゴミでも見るかのような視線をエリノアが向ける。ゾッとするほど冷たい視線に背筋が寒くなる。


 残りは八体。この数なら問題ない。


「走ってくれ!」


 双頭狼の上から炎葬を放っていく。積み重なった屍を避けて双頭狼が駆けていく。

 全ての死霊騎士を処理した後は、戦う場所の確保だ。一撃必殺を誇る鎧の騎士の剣は、躓くだけで致命となる。この死体が転がる中で戦うのは安全とは言い難い。可能な限りこれを処理する必要がある。


 千年原始人にすら余裕は無い。時間をかければかけるほど、こちらが削り取られていく。

 俺は双頭狼から飛び降りると、死霊騎士の死体をカード化し本に収めていく。


「ケント、加勢してくる」


 一言だけ俺に告げ、レインが鎧の騎士の下に向かう。それに続いてアオとイミシアが。

 シュノーとエリノアは退路を確保すべく、俺たちが来た通路で背中合わせで武器を構えた。


 頭部スレスレを鎧の騎士の大剣が通り過ぎる。大丈夫だ、一撃だけなら怖くない。千年原始人が持ち堪えてくれている以上、こちらにその標的が向くことは恐らくない。


「危ないと思ったら突き飛ばしてくれ。頼むぞ」

「グルゥ」


 戦場が整うまであと少し。

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