第40話:王の墓所I

 コツン、コツンと足音が響く。

 俺の靴はほとんど足音がせず、レインもそれとは無縁だ。しかし、エリノアやアオはそうでない。中でも特に大きいのはシュノーとイミシアの足音だ。正確には足音プラス鎧の音、だが。


 どの程度の深さがあるのかはわからない。物資という面では俺たちに不足はない。何か足りない事態となっても指定購入すれば大抵ことには対処出来る。


 この迷宮に入ってから、魔力の回復速度が尋常ではない。アルドロン大森林にいる時よりも急速に回復していっている。

 そのようなところが危険でないなんてことはあり得ないだろう。


 周囲を見渡し、敵影がないか確認する。灯りで照らされているわけでもないのに明瞭に見える通路には今のところ敵が潜んでいるような場所はなさそうだ。


「エリノア、本当にここには誰も入ったことはないのか?」

「その筈ですよ。それにこの魔力濃度、過ぎたるは毒となる。常人では活動出来ないでしょう」


 そんなものなのだろうか。そう思ったその時、先頭を歩いていたレインがピタリと足を止める。


「戦闘用意」


 まだ突入してから五分と経っていないというのに戦闘とは。


 横幅は7メートルほど。通路にしてはかなり広いが全員が横に並んで戦えるほどではない。レインの隣でアオが獰猛な笑みを浮かべて剣を構える。シュノーが俺の前に立ち、エリノアとイミシアが背後を警戒している。


 やがて、ガシャ、ガシャンという音と共に敵が現れる。眼窩から青い光が覗き、全身は鎧で覆われた魔物。


「骸骨の、騎士?」

「アレは間違いなくA級。死にたくなければ気を抜くなよッ!」


 言うが早いかシュノーが飛び出す。あの時は偽ルロペに防戦一方だったが、シュノーは決して弱くない。その証拠に、今も一人で骸骨の騎士と切り結んでいる。


 アオは騎士を見ていない。その視線の先にあるのは、奥から現れる人間。いや、人間にしては目は虚ろで生気が感じられない。ゾンビやリビングデッドというものが存在するならきっとあれと同じようなものだろう。今はリビングデッドと呼ぶことにしよう。


「実験開始ですね。術式展開」


 レインの剣の刻印が光を放つ。虹色に輝いたそれは、徐々に赤を強め、暗く、黒く、明度を落としていく。

 一瞬で視界から消えたアオは、騎士の背後、リビングデッドに接敵し、腕を撥ねとばす。


 頭を落とせたはずだが、アオは実験と言っていた。角ウサギでは出来なかったことをやるのに最適というところか。

 アオが斬った断面が赤い光を放っているのが見える。リビングデッドは腕があった部分の肉を抉り取る。そして次の瞬間、新たな腕が生えた。


 アオが苦笑いしているのが見えた。


 レインがこちらに一瞬目を向ける。恐らく俺を置いていくか考えていたのだろう。そして、シュノーの戦いに加勢する。


 この騎士は恐らく硬い。人間ならば頭部や鎧の隙間などが狙い目となるが、目の前の相手は死んでいる。通用しないと思った方が良いはずだ。


 決定打を持たないシュノーに、騎士が剣を振り下ろしたその時、レインが騎士を思い切り殴りつける。


 甲高い音と共に騎士が壁に打ち付けられる。そこへすかさずシュノーが左手に持っている盾で打撃を加える。


 グシャ、という兜が潰れる音がした。しかし、それすらも問題ないと言うように騎士は立ち上がる。変形した兜が頭蓋を押し潰し、片方の眼窩は光を失っているが、それでも尚、骸骨騎士の戦意は衰えていない。


「ケント、参加してきてはどうですか?」

「生憎とあそこに割って入る自信が無い。もう少し大物が出たら働くとするよ」


 俺が今できることは双頭狼を召喚することくらいだ。それもこの状況では邪魔なだけだろう。

 千年原始人であれば使えないこともないが、戦力過剰だ。魔法の選択肢も今のところない。フレンドリーファイアを心配せずに使えるのが凍結フリーズくらいだが、効くビジョンが見えない。

 誰もいないのなら炎葬で倒しても良いんだが。まぁ、魔力を温存できるならそれに越した事はない。


「Woarrrew!!」


 声にならない叫びが轟く。骸骨騎士が、これまでの繊細な剣技が嘘だったかのように乱雑に剣を振るい始める。だが、その速度と力強さは先ほどまでの比ではない。


 ミシリ、と何かが軋むような音がした。


「それは失策だな」


 大振りな剣を躱し、シュノーが盾を突き出した。ガンッという衝撃と共に骸骨騎士が仰け反る。そこをレインの手が捉えた。巨大化した手は、骸骨騎士の首を掴み、壁に殴りつけるように壁に貼り付ける。


「とどめ」

「あぁ。もう眠ると良い」


 銀閃が煌めく。壁に縫い付けられた骸骨騎士の頭部へとシュノーの剣が突き刺さる。即座に引き抜かれたそれは、首に横薙ぎの一撃を加える。胴と切り離された骸骨騎士は流石に動く事はなく、活動を停止する。


 ほっと一息吐いた瞬間、爆発音が響いた。

 一同の視線がアオの方へ向く。通路に血や肉片が飛び散っており、先ほどの敵の姿はない。


 どうやって身体にかかるのを防いだのかはわからないが、血の一滴も身体に付いていないアオがゆっくりとこちらに歩いてきていた。


「すみません、あぁでもしないと殺せそうになくて」

「そんなにか?」

「頭を飛ばしても心臓の部分を貫いても問題なさそうでしたので、つい」


 怪我という怪我は誰も負っていない。しかし、ここが予想以上に危険な場所だと言うことは誰もが理解していた。


「予備剣はあと何本ある?」

「剣の方は二本ですね。ケント、剣は幾つあります?」

「十本くらいだ。どうする?」

「一本だけください」


 アオの必殺技は強力だ。しかし、それを使う度に武器が壊れる。壊しているようなものだが、一本作るのも楽でないだろうに。


 残り魔力は満タンに近い。800万に足りないくらいの量だが、消耗を避けるためにも俺が戦った方がいいかもしれない。


 幸い、大きな音を立てても敵が来ないようであるし。

 俺は鉄の剣をアオに渡し、骸骨騎士を回収する。


 カード化されたそれには、死霊騎士の亡骸と書いてある。どうやら今の骸骨は死霊騎士というらしい。


 アオが倒した個体?

 もしかしたらカード化できるかもしれないけど、酷い文章が書かれていることは間違いないので、精神安定の為にも放置すべきだろう。


 シュノーが剣をチェックした後、再び歩を進めだす。敵が現れた曲がり角を抜けると、そこには巨大な部屋があった。

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