第38話:顔合わせ

 俺の装備は現在、【レア度4:無影の黒衣】の上からいつもの濃紺色のレインコートを羽織り、鉄の剣を腰に下げたものである。靴は【レア度3:自由の足跡】、そして【レア度7:虚無の円環】だ。


 俺はアルドロン大森林には赴いていないので、貯金を切り崩すような形になっていたが、定期的にガチャは行なっていた。

 そこで得たのが、【レア度4:無影の黒衣】と【レア度3:自由の足跡】だ。名前が付いている通り、特殊な効果もそこそこあり、黒衣は気配を薄くし、加えて回避し易くなるというもの。靴は単純に身体が軽くなるという効果だ。


 特筆して強力なわけではないが、決して弱いわけではない。


 どちらかといえば、刻印だらけになっているアオの装備の方が強いはずだ。

 最早芸術作品のようになっているただの鉄の胸当てだったものと踝から大腿まで覆っている金属製の装備。グリーヴと言うのだろうか。ビッシリと書き込まれたそれらは一般の店売りの物というには無理がある代物に変化していた。


 剣も必殺技とやらの為に魔改造されており、偽ルロペが使っていたものとは一線を画すものとなっている。


 腰のナイフホルダーはたまたま俺が当てた空間機能の付いたものとなっており、恐らくこれがあることでアオの戦闘能力がおかしな事になっている。


「アオ、必殺技用のナイフの数は?」

「虎の子は四本しかないですよ。賢人が手伝ってくれたらもっと作れる筈ですけど」

「あんなのが四本か……」


 俺は角ウサギが爆散した光景を暫く忘れないだろう。それ程までにあれは衝撃的だった。だというのに、剣で放った場合はナイフなどとは桁違いの威力が出るというのだから笑えない。


「最低でもレインさんに効くくらいにはしておかないと、と思うんです」


 アオがにぃっと口角を吊り上げる。目が笑っておらず、何を考えているのか本当にわからない。


「無駄だからやめておけば?」


 ギリっという音が聞こえる。まさに一触即発の空気だが、ここに割って入る勇気はない。アオも街中で私闘に走ったりはしないだろう。


 それにほとんど効かないのも事実だ。


 レインの装備はない。いや、俺が初めに渡した旅人の服や木の靴、シャツなんかは保存してあるようなのだが、装備としてはレインは分裂体を服のように見せているだけだ。


 つまり服を着ていないようなものだが、その身体に傷を付ける為には耐性スキルを貫通する必要があり、多分最も防御能力は高い。

 それに傷ついたところで再生するし。


 幾ら魔法が使えるようになっても今のこの二人と戦闘するとあっさり取り付かれて殺される気がする。

 何せ虚無の円環は一度しか防いでくれないのだから。


「おはようケント。しかし、何を考え込んでいるんだ?」

「おはよう。いや、二人と比べると俺って弱いなぁって思ってさ」

「そんなことないですよ!」

「ん!」


 否定するアオとレインにシュノーが悪戯っぽく笑う。


「良い仲間なんですね。ケントさん、アオノさん、お久しぶりです! 貴方がレインさんですね、お噂はかねがね。どうぞよろしくお願いします!」


 イミシアがひょっこり現れたかと思うと、快活笑いながらレインの手を取り上下に振る。

 いつも通りの仏頂面だがレインも悪い気はしていないようだ。


 ここまでなら良かったのだが、聞こえない声が聞こえる事となる。


「ええ、本当に久しぶり。もう少し顔を出して頂けるかと期待していたのですが」


 イミシアはそれほど大きくないが、その後ろに隠れるようにエリノアが淑やかに立っていた。気のせいだろうか、鎧を見に纏い、しっかりした造りの剣を腰に提げているような気がする。


「え、えっとエリノア、で良いんだっけ?」

「そうよ、来訪者様?」

「怒ってる、です?」

「いいえ全く。その程度の事で私は感情を表に出しませんもの」


 絶対に嘘だ。しかしここを突き続けるのは間違いなく藪蛇となる。それにしても何故エリノアがここにいるのか。


「あー。その、だなケント。エリノア様は今回の件に参加するらしい。万が一守れなかったとしても飛ぶのは私とイミシアの首だけのはずだから安心してくれ」

「それ何も安心できないよな!?」


 達観した様子でシュノーがそう言う。イミシアは何かを悟ったように虚空を見上げていた。諦めているわけじゃないと思うけど、心中複雑そうなのは理解できた。


 護衛対象が魔物の群れに突っ込みたいって言ってるんだからそれもそうか。


「アルドロン大森林の魔物にもそうそう引けを取らないと自負していますからそう不安に思わなくてもよろしいかと」


 微笑むエリノアだが、誰も笑っていなかった。最近驚く事が多い気がするなぁ。そして心が痛い。


「まぁ色々と諸事情があるのですよ。あまり外部に話を持って行きたくないので向かうのはこの六人。我が領の最精鋭ですね」

「諸事情とは?」

「門を抜けたら時間もありますし少し昔話をしましょうか」


 ガヤガヤといつものごとく賑やかな通りを進んでいく。時折、エリノアは人々に挨拶をし、軽く話をしながら歩いていく。意外にもエリノアは領主として人気があるらしい。


 ぼんやりとそんなことを考えているも、先ほどの昔話という言葉がやけに気になる。なぜ、それが今回の依頼、迷宮と関係があるのか。



 恐らく。恐らくであるが、エリノアはそこに何があるか知っている。迷宮調査という名目で俺たちは何か大変なことに巻き込まれているのでは無いだろうか。


「ふふっ、断るなら今のうちですよ。いえ、いいえ。ですが貴方は。きっと逃げられないと思いますけれど。ね?」


 こちらに一瞬だけエリノアは視線を向ける。細められていた目は、まるで面白い玩具を見つけた子供のような、そんな何かだった。

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