第36話:角ウサギの代償

「……またですか」

「ダメじゃないですよね?」

「はい。角ウサギの納品お疲れ様です」

「何かおかしなことでも?」


 ノノがじとっとした目で俺を見つめる。今、俺の側には誰もいない。ポーションを買ったあの日から実に三週間が経過していた。


 もうすぐ俺とアオはこの世界に来てから一ヶ月が経過する。それなりにまとまった金額が手に入った俺たちだが、あれ以来別行動を多く取っていた。


 というのも、アオが勉強と必殺技の開発をしたいと言い出したのだ。何やらレインや千年原始人との差を感じるらしく、レースが現れた時に何も出来なかったのが少しばかり堪えたという。


 そんなアオを否定することなんて出来ず、俺は今日は双頭狼と角ウサギを狩りに行っていた。

 レインと千年原始人がいればもう少し難しいものでも良いとは思うけれど、レインは美味しいお店の開拓で、千年原始人はアオに貸し出している。


「はぁ。愛想尽かされたのは仕方ないとしても、流石にBランクの方が角ウサギはどうかと」

「いや、愛想尽かされたわけじゃないですから……多分」


 懸念事項の一つであったレインの食費だが、これは実にあっさり解決していた。お財布として名を馳せるかと思われた俺だが、意外なことにレインにとって俺に養われているという事態は看過できないものであったらしい。


 今は分裂体の方で帰らずの森に赴き、素材を確保して売り捌いたり、依頼をこなしたりしているらしい。この前カードマスターでレインのことを確認したら幾つか新しい能力を獲得していた。相変わらず成長株である。


 アオはというと、図書館に篭ったり街の外に行って練習をしたりと忙しなく必殺技とやらを求めて活動している。

 今日は千年原始人との模擬戦をするらしい。

 ポーションを手に入れてからというもの、かなり激しい特訓を行なっているようで最早俺にできることなどない。


 一度だけ、一緒に角ウサギを獲りに行ったが、件の必殺技とやらで角ウサギが盛大に爆散し、俺が嘔吐してからは行っていない。


 以来俺は双頭狼とまったりしながらウサギと戯れている。


 近況を振り返っていると、ノノが小さく溜息をついた。


「レインさん、でしたっけ」

「あ、何か問題を起こしたならすみません、本当に申し訳ない」

「逆です。非常に精力的に活動されており、こちらとしても助かっています。ただカードを持っておらず、ケントさんの名義で活動されてます。おかげで貢献度が全てケントさんに入っておりまして」


 あぁ、そういえばカードを借りると言われた気がする。というかそれで大丈夫なのだろうか。流石にガバガバすぎると思うんだけど。


「奴隷制度のある場所ではそういった方もおられます。エリノア様も、ケントさんならばと仰っておりました。しかし、外聞が最悪です」

「嫌な予感がしてきた」


 人の口に戸は立てられない。もともと俺は然程強そうに見えないだろうし、これは何と呼ばれていてもおかしくはない。


「ケントさん、大して依頼をこなしていないのに装備は新しくなっていきますよね」

「まぁ。確かに」

「レインさんとアオノさんに貢がれているという噂が立っています」

「そ、そうなんですか」


 単純にカードパックをたまに購入してるだけなんだけど、装備が増えているのは確かだ。特筆してレアなものはないが。


「それとそのコートをレインさんからプレゼントされていたのをある協会員が目撃したようで、そこが発端であるらしいです」


 このコートは確かにレインのプレゼントだ。というかレインだ。俺がワイバーンを装備にしようと思っていたのが伝わっていたらしく、街に帰って暫くしてからこれを渡された。素材は安心のレイン100%だ。


 これがレインコートか、なんてボケると無視されたのは記憶に新しい。


 肌触りはよく、角ウサギの突進を受けてもビクともしないどころか反撃までしてくれる超高性能コートだが、まさかそんなことになっていたとは。


「その結果。ついこの前まで、ケントさんのことはヒモ野郎と呼ばれていました。ここ二週間で一気に知名度が上がっていて、ほとんどの人にヒモと言えば通じます」


 ついこの前まで、という所に嫌な感じがする。特に変なことをしでかした記憶はないけど、まさか明後日の方向にメガ進化したのか。


 ノノが言うか迷っている様子だったが、覚悟を決めたのか俺の目を強い意志と共に見つめ出す。


「ケントさん、最近よく角ウサギを狩ってますよね。ヒモ野郎にウサギが追加されてヒモウサギになりました」

「あの、辛辣すぎません?」

「A級からは二つ名が与えられることが多いですが、このままではヒモウサギのケントです。苦情も入ってます」


 どうして俺はこんな事になってるんだろうか。あれ、誤解でしかないのに扱いが酷い。


 というか、あれ、なんで。なんか視界がぼやけてきたぞ。


「その、ですね。街中でよくカードをご覧になられているようですが、『表情が犯罪的で子供の教育に悪い』だとか、『平原で飛び上がったり地面を叩いている、何か怪しい薬をやってるんじゃないか』だとかですね」


 頬を暖かい何かが流れていく。二週間でここまで立場を悪くした男が俺以外にいるだろうか。というか冤罪な気がする。


 俺はカードパックを引いていただけなんだ。断じて怪しい薬なんてキメてはいない。ドーパミンは合法だ。


「そんなケントさんに実は指名依頼が届いてまして。このイメージを払拭するためにも是非受けて欲しいのですが」

「ヒモウサギの自分にですか?」

「そうだ、ケント。久しぶりだな」


 肩に手が置かれる。突然現れた気配に、驚いて振り返ると、そこにはシュノーの顔があった。


「まぁ、苦情の件はエリノア様の悪戯だ。入れたのは私とイミシアだから気にするな」

「ヒモウサギは?」

「それは事実らしい。だが私もイミシアもお前が素晴らしい人間だということは知っている。気にするな。それに、ヒモウサギだなんて可愛いじゃないか」


 クックとシュノーは笑う。まるで悪戯が成功した子供のようだ。あとヒモウサギも悪戯であってほしかった。


「そんなに気にするなら協会員をやめるか? 私と付き合えば金に困ることもないと思うが」

「非常に魅力的な誘いだけど、それを受けると刺されそうなんだよ」

「なんだ、私のヒモウサギになるというなら歓迎なんだがな。まぁいい、依頼を受ける気はあるか?」


 本当にヒモになれるならなりたいが、なったら旅に出たり、冒険してレアカードを見つけるなんてことはきっと出来なくなる。

 ありがたい誘いだが、ここは断るしかない。


「受ける気はある、けど」

「指名依頼についてだが、極秘の案件となる。凄腕の魔法使いだという情報を入手したのでな。ケントに白羽の矢が立ったというわけだ。受けてくれるか?」

「内容による、としか。あと誰だよそれ言ったの。魔力にはそこそこ自信はあるけど、種類は少ないぞ? あと使い辛い」

「エルルート殿だな。魔王ケントと呼んでいた」


 あいつかよ。今度お話しする必要があるらしい。エルルートに新しく魔法が使えるようになったことを言わなければよかった。


 実は十日ほど前、金貨を溶かし、結構な額を注ぎ込んでカードパックを購入した結果、新たに三つの魔法を使えるようになっていた。


「ちなみにその種類は?」

「防壁と炎葬、凍結、それと雷霆の光槍ライトニングだな」

「戦争でもする気か?」

「過剰なのはわかる」


 この中で最も便利なのが凍結だ。炎葬も雷霆の光槍も範囲と火力が高すぎる。炎葬は範囲の物が全て灰と化し、雷霆の光槍は天から一条の光が落下し、目標物焼き尽くした上で、周囲を雷の余波が襲う。何よりその範囲が甚大だ。そして使用する魔力も一発100万と莫大で、現在800万ある魔力でも無駄撃ちは出来ない量だ。

 おそらくだが当たれば災害指定種もタダではすまない威力をしている。


 レア度8の超越魔法が当たったと喜んだのは、本当に一瞬だった。まさかランダムパックで引き当てられると思っておらずに、草原で歓喜したのはよく覚えている。目撃されたのも多分これの時だ。


 これにくわえて使い捨ての魔法も幾つか当たっている。隙を作る程度には使えるかもしれない。


「戦力としては十分だな。実はこのアッカードの近くに中規模の迷宮が出来ていたようでな。それの調査に信頼のおける協会員を連れて行くつもりなんだ。どうだ?」


 迷宮、迷宮か。凄くお宝がありそうな響きがする。レアカードの一枚や二枚出てきてもおかしくはないんじゃないだろうか。


「絶対に参加する!」

「そう言ってくれると思っていた。よろしく頼むぞ」


 俺とシュノーは笑顔で握手を交わす。

 その隣でノノがこいつら本当に大丈夫か、とでも言いたげな疑わしそうな視線を投げかけていた。


 何はともあれ、俺の迷宮行きはこうして決定したのだった。

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