第35話:売買
「すみません、今いいですか?」
その声を聞いて、男が顔を上げる。ギロリと擬音語が付きそうな目が俺の全身を舐めるように見る。
「何の買取だ?」
「とりあえず双頭狼を丸ごと。大体幾らくらいになります?」
「双頭狼だと?!」
男が声を荒げる。何かおかしなことでも言っただろうかと隣のアオを見ると、首を傾げていた。
「上物は状態でかなり価値が変わる。今持ってきてるのか?」
「ここに出していいですか?」
「
男に付いて行き、俺は指定された机の上で双頭狼を一体カード化から解除する。突如現れた死体に男は特に驚くことはなく、隅々までチェックしていく。
「まるでさっき殺したみてぇな鮮度だな。いい次元袋だ。損傷も少ない。これなら肉も売れるから……そうだな、120万ディルってとこか」
驚かされたのは俺たちの方だ。
この死体はレースと交換でもらった一体だ。千年原始人が倒したものより傷が少ないから変換する際のCPも高値ではあったが。
アオが俺の耳元で囁く。
「丸ごとCPに変えるよりかなりお得じゃないですか、これ。直接変換したら幾らでした?」
「確か6万くらいだった気が」
金貨にして12枚。1枚の変換レートが現在50600。
およそ十倍だ。これ、もしかして一気にレートが下がったりするんじゃないだろうか。
「で、その値段でかまわねぇか? 良いならサインをくれ」
「あの、後何体買い取れます?」
「双頭狼なら三体くらいだな。後は買い取れないこともないが少し値下がりするな」
「じゃあ、双頭狼を三体。あとこの三首狼ならどのくらいですか?」
俺はまだ空きのある机に双頭狼を三体出して、その横に三首狼を出す。どれもかなりの大きさのために、テーブルが死体で覆い尽くされる。
男は目を丸くし、直後、素材の状態のチェックに移った。
「どれも素晴らしい状態だ。だが、この三首狼はウチで買い取らない方が良いな」
「どうしてです?」
男は三首狼を見て唸る。恐ろしく状態がいいのはわかる。
確かに三首狼は傷もなく、まるで眠るように死んでいる。あのレースの使う魔法はあの凶悪な光の玉と飛行魔法しか知らないので、これをどうやって成したのかはわからない。
眠っているだけと言われれば信じそうだ。
「これだけの品ならオークションに出せば1000万ディルは楽に超える。災害指定種がこれほど損傷なく倒されているのは奇跡に近い。お前たち、名前は?」
「ケント」
「アオノです」
男は腕を組んで頷いた。領収書に480万ディルと記入し、金貨48枚を手渡してくる。
「ここにサインをしてくれ。三首狼はオークションに出品するだろう?」
俺とアオはその問いに頷いた。今すぐ金が必要という訳ではない。ならば少しくらい待っても構わないだろう。
「じゃあそれでお願いします」
「なら面倒だろうがこれを記入してくれ」
俺たちはオークションに出品するための書類を記入すると男に手渡した。不備がないか何度か一緒にチェックした後、その紙を男は大切に鍵のかかった金庫に仕舞い込む。
「ありがとうございました、ええと……」
「ガンツだ」
ガンツと名乗った男に俺たちは頭を下げる。ガンツは礼はいらんと、しっしと手を払う。だが、俯いた先で少し口元が笑っているのが見えた。
良い取引だったと俺たちはホクホク顔で金貨を分けると、次にエルルート・ムルムルが経営している店へと向かう。
アッカードの街は非常に大きい。区画整理されている訳でもなく、増築に増築を繰り返したような作りのため、かなりの迷路だ。
通行人に幾度も尋ねることで、俺たちは目的地である、薬屋エルルートに辿り着いた。
まだ日没までは時間がある。レインも今しばらくは食事に夢中だろうが、あまり長いこと放置すると後が大変そうだ。
手早く済ますべく俺たちは薬屋エルルートに入る。
「いらっしゃいま、せ」
店に入ると少女と言っても過言ではない女の子が店番をしていた。それだけなら問題はない。
協会で何人か目撃した|森人族(エルフ)と呼ばれる、精霊寄りの存在であることも特にはだ。
何もやらかした覚えはないのだが、彼女は俺見て固まった。いや、それは正しくない。ガタガタと震えている。異世界から転移した存在であることを除けばごく一般的な人間だという自負もある。
「あの、大丈夫?」
「ま……」
「ま?」
何かを言おうとしている少女がパクパクと口を開く。聞き返してみると少女は喉奥から声を絞りだす。
「魔王……?!」
「ふはッ!」
そのあんまりな物言いに俺が眉を顰め、アオが噴き出した。口元とお腹を抑えて奇妙な動きを繰り返しているアオと、少女に何とも言えない気持ちになった。
これでは話が進まない。
「人を魔王呼ばわりとは随分な挨拶だけど、俺は納品物を届けに来ただけなんだよな」
「魔王が……協会員?」
少し落ち着いたらしい少女は信じられないという表情で隣のアオを見る。
アオが未だ笑いの余韻に浸るかのように変な顔をしながら何度も頷く。
いや、魔王ではないだろ。頷くなよ。
「ほら、この通りだ。あと何で魔王?」
「そんな桁違いの魔力量してる人間がいるはずないわ。種族的に魔法が得意な私たちですら、そのほとんどが貴方の1%に遠く及ばない。これを魔王と言わずに何というの」
そう言い切るエルルートに、俺は首を捻る。魔力量が多いから魔王って安直過ぎないだろうか。そんなことを言ったらレースも大概バケモンみたいな魔力量だと思うんだけど。
「いやそんなこと言われてもなぁ」
というか、レースといい目の前のこいつといい魔力量が見てわかるってのは結構普通なのだろうか。
アレか、魔法使いはわかるってことか。
「それにイかれたスライムを使役してるみたいだし、私の店は本当に終わりかと思ったわ」
「それは悪かった、のか? まぁとりあえず資料返しとくな、助かったよ。で、あんたがエルルートで良いのか?」
俺の確認に、少女は両手を腰のところに当て得意げに断崖絶壁と言ってもいい胸を張った。
「そうよ、私こそエルルート・ムルムル! 貴方たちの依頼主ね」
「あ、アオノです……ふふっ」
「ケントだ。よろしくな」
ムルムルと言ったところでアオがぷるぷる震えだす。いや、こいつ本当に失礼だな。別にムルムルいいと思うんだけど。面白い響きではあるけど。
何はともあれエルルートは俺とのショックから立ち直ったらしい。こちらとしても最初のままだと大変だったろうから本当に良かった。
「……貴方たち、二人とも失礼なこと考えてない? ねぇ?」
「誤解です、ムルムルサン」
「俺の相方が失礼した。で、依頼の品はこれで良いよな。上限無しって書いてたけど幾つ納品すれば良い?」
慌ててアオの口を手で塞ぐ。何がそんなにツボなのか。怪訝な顔をするエルルートに、俺は素早くマンドラゴラが詰められた袋を渡す。
不承不承といった様子でエルルートはそれを受け取り、中を見て閉口する。
「何か不備があったらこっちで使うから良いんだけど……」
マンドラゴラはそれなりのCPにならない事もない。現金が欲しいのは事実だが、急に250万円払えと言っても普通は払えないだろう。エルルートとしてもこんなにたくさん持ってくるのは予想外であったはずだ。
「流石は魔王ね」
「ケントと呼んでくれ」
「流石はケントね」
そこは言い直してくれるらしい。エルルートは少し逡巡した後、頷いた。
「買取は依頼通りよ。全て買いとるわ、協会から受領書は貰ってないかしら?」
「これだな」
俺が紙を差し出すと、マンドラゴラ×25と手早く記入し、サインをする。そして裏に一度行くと、金貨を持って帰ってくる。
「はい、これでオッケーね。納品お疲れ様、また頼むわ」
「こちらこそ。金欠だったから助かった」
「この依頼をこなせる|協会員(ギルドナイト)が金欠? 装備か高価な魔法薬でも買ったの?」
「買ってないな。単純に食費だ」
納得したようにエルルートが肩を竦める。この様子を見るに高ランクの協会員とはかなり健啖家であることが知られているらしい。
「貴方も魔力の維持大変そうだもんね。ポーション買ってく? 安くしとくわよ」
「ちょっと興味あるな。どんなのがある?」
エルルートが色とりどりの液体が入った試験管を取り出した。全てコルクで栓がされている、マッドなサイエンティストが研究で使用してそうなものが机の上に並ぶ。
「飲むと傷が治る、回復魔法と同じ効果のある緑ポーションと魔力が回復する赤ポーション。回復促進の橙ポーションと魔力の回復促進の青ポーション。最後に暫く体力って言えば良いかしら、疲れにくくなる黄ポーションね」
どれもドギツイ原色をしている上に、日本での禁止ドラッグも真っ青な効果なんだけど本当に人体に悪影響とかないんだろうか。
「等級とかはあるのか?」
「ないわ。私のところのは正真正銘、ハイポーションだけよ」
「エルルートのおすすめは?」
エルルートは俺とアオを交互に見て、そして最後に俺の服の下のレインを見透かすように目を細める。
「ケントは魔力の回復がかなり遅そうね。でも回復量が決まってる赤ポーションは焼け石に水だから、絶対に青ポーション。貴方には青よ!」
なぜかクネクネし出したアオを置いて、エルルートは唸りだす。
「あとは、無難に緑は持っておくべきね。魔物と逃走するときは黄が役に立つと思うけど。橙もスライムには良いんじゃないかしら」
「値段は?」
「緑は10万、青は30万。他は全て20万ディルね。貴方たちには今度何か頼むかもだから一割引で良いわ!」
一割引きでもぶっちゃけかなり高い。儲かってるんだろうなと思いながら俺たちは手持ちと相談する。
「あっちの棚のは?」
「あー、別の魔法薬よ。まぁ、うん。色々ね」
「で、何が置いてるんです?」
言い淀むエルルート。ロクでもないものだということは何となくわかった。というかアオも多分わかって聞いている。
「男性の夜のお供と、避妊薬、あとエッチな気分になったり興奮する薬よ。売れ筋はその辺りだけど、風邪薬や、解毒薬なんかもあるのよ! ちょっとその目は何? 貴方が聞いたんでしょう?」
顔を真っ赤にしながらまくし立てるように説明するエルルート。聞いたアオも少し頬を染め、疑わしそうな目を向けている。
「ちなみにマンドラゴラは何に使うんだ?」
「精力剤です……」
俺たちは緑ポーションを三本と青ポーション五本、黄ポーションを一本買って店を後にするのだった。
マンドラゴラを使用する精力剤はお値段なんと50万ディルだそうだ。誰が買うんだよ、ほんとに。
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