第33話:誓約と取引

 レース・アウトラインと名乗った男はどうやら俺たちと同じ協会の人間であったらしい。


 この男が普通の協会員というわけもなくランクは当然というべきか事実上、最上となるAA。灰燼などという物騒な二つ名を頂戴しているらしい。


 そして普段は王国にいるわけではなく、森の奥のイミテシア公国という国で活動しているらしかった。


 出会いこそ殺伐としたものであったが、話してみると気の良い人間であるという印象が俺の感じたものだった。


「なるほどな。つまりお前らはマンドラゴラを探してたわけだ」

「だな。まぁなかなか見つからないのと森が殺気立ってるので俺らも大変だったんだ」


 それは悪いことをした、とレースが愉快そうに笑いながら告げる。


 俺の指に虚無の円環が装備されているからか、アオもレインも先ほどよりは警戒のレベルを落としていた。

 こうして、談笑しながらおやつを楽しむくらいには打ち解けることもできている。


「それは悪かったな。てか、マンドラゴラなら探せばすぐ見つかるだろうに。あいつら魔力の濃いところに群生するからちょっと周囲を探査サーチすればあっと言う間だ」

「実は防壁しか使えないんだよ、俺」


 そう言うと、レースは驚きを隠せない顔で俺を見た後、アオとレインの方を見る。

 二人がコクリと頷き、レースは唸りを上げる。


「勿体ない、実に勿体ないな。これが宝の持ち腐れか。適性は?」

「ないんじゃないのか。防壁も他の魔法使いとは違う習得の仕方をしたしな」

「そうか。そのカードの能力って事だな。なら手の内を明かさないのは正解だ。ところでこの菓子売ってくれないか」


 レースは今俺たちが食べているシュークリームを指してそういった。

 アオが少し敵意を滲ませた目でレースを見る。それを受けて苦笑いを見せるレース。だが引く気は無いらしい。


「これ異世界の菓子だろう? 待て待て、どうこうしようってつもりはない。それにやるつもりならあの時やってるって」


 レインもじとっとレースを見つめる。慌てるレースがその気はないと言わんばかりに両手を挙げた。


「まぁ値段次第だな。ただ条件がある」

「何だ? 予想は付くけど」

「俺たちの正体と能力の詳細は秘密で頼むって事だな」

「言われなくても言う気はない。じゃあ俺からも一個条件だ。俺たちは決して敵対しない、対等な関係ってやつだ。どうだ?」


 してやったりとレースが口角を吊り上げる。こちらからすると利がありすぎる条件に思えるが、何か理由でもあるのだろうか。


「不思議そうだな。ま、簡単だ。お前はすぐにでもAAまで登りつめるだろう。本音を言うと成長したお前とは戦いたくないってことと、今後なにかを交換するときにぼったくられないようにってことだな」


 レースとは俺も戦いたくはない。ワイバーンとのトレードは確かにぼったくったようなものだが、あれはこちらから提示した条件ではない。

 ふと思ったが、レースは今後も俺とトレードする気なのだろうか。


「どうだ、そっちとしても悪くはないと思うが?」

「まぁ、な。だけど口約束に意味はないと思うんだけど」

「心配するな、こういう時のためにこれがあるんだろ?」


 そう言ってレースは一枚の紙を取り出した。そして、そこに先ほどの言葉をサラサラと書いていく。

 そして一番下の署名と書かれたところに自身の名前を書いた。


「破った場合の罰則は、そうだな。無条件で相手の指示に一つ従う、くらいで良いか。もちろんそうせざるを得ないように追い込むのはナシでな。そうなった場合は当然無効だ」


 こちらに確認も取らずに詳細事項をレースは書き加えていく。条件は本当に対等であるらしい。アオとレインに見せてもおかしなことは見当たらない。


 ただ、これに署名したところでどうなるというのか。まさか法的拘束力でもって縛るわけではないだろう。


「あぁ、もしかして最近こっちに来たばかりでこれのことを知らないのか」


 簡単に言えば、神の力を借りた誓約書であり、署名したが最後、神の名の下に誓約書は保護されるらしい。

 これを勝手に破棄することは非常に難しく、それこそSランクの魔法使いであれば出来るのではと実しやかに囁かれる程らしい。尚、Sランクの魔法使いはこの世界に二人しかいない。


 商売の神を祀ってる神殿で誰でも買うことができるから署名を求められたら気をつけた方が良いぜと、笑いながらレースが付け加えた。


レースの口ぶりでは、この世界で神の存在は一般的である。確かにそれが神の力で守らされる、罰則が与えられるというのならその存在を認めるしかないだろう。


 俺は変な細工がされていないか念入りに確認して、アオとレインのチェックの後に署名する。その直後、青い光が突如として俺とレースを包み込む。

 どうやら嘘ではないらしい。レースがベリっと誓約書を剥がし、写しを自分の袋に仕舞い込み、もう片方を俺に差し出した。


「契約成立だな。で、話を戻すか。その菓子はいくらで売ってくれるんだ?」

「そうだな……」

「え、売るんです?」

「まぁレース次第だな」


 これ自体はランダムパックのハズレだ。【レア度2:シュークリーム詰め合わせ】は運良くダブっているが、アオもレインも好みであるらしい。


「といってもやっぱレアな装備か魔物の素材かな」

「なるほどな。装備か……ちとそれは嫁に相談だな。魔物の素材ってのはこの森のやつでも良いのか?」

「勿論だ」


 アオとレインがこの世の終わりみたいな顔をしているが、CPがあれば多分また引き当てることはできるんだから我慢してほしい。


「このくらいか?」


 空間魔法が付与されているのだろう袋から、次々と魔物の死体が姿を現す。

 いつぞやの双頭狼が何体も積み重ねられ、時折三首狼も混ざっている。他にも多数の魔物が取り出されていく。


 どう低く見積もっても300万CPを超えている。

 慌てて俺はレースの暴挙を止めた。


「流石に貰いすぎだ。シュークリームにそんな出すやついないぞ?」

「つってもそれはお前の基準だろ。異世界の料理となると結構な価値があるんだ。特に甘味の類は材料の観点から再現が難しいらしいからな。まぁでも、わかった」

「……なんか悪いからこれも持っていってくれ。対等なんだろ?」


 レースがふっと笑って俺からカードを受け取る。

【レア度2:チョコアソート(プレーン・ホワイト・ストロベリー・抹茶)】と【レア度2:牧場のプリン・ファミリーセット】を追加で渡したが、まだ吊り合いが取れていないように感じていた俺に、レースがゴソゴソと袋からあるものを取り出した。


「ありがとう、嫁が喜ぶ。こっちもオマケだ。これ、いるんだろ?」


 この世の終わりとでも言うような表情を浮かべている植物。ム◯クの叫びという絵に非常に良く似たそれを俺は感謝と共に受け取る。


 かくして俺とレースの二度目のトレードは無事に終わった。


 俺が得たのは350万CP相当の魔物の素材と、マンドラゴラを一つ。


 レースが得たのは

【レア度2:シュークリーム詰め合わせ】

【レア度2:チョコアソート(プレーン・ホワイト・ストロベリー・抹茶)】

【レア度2:牧場のプリン・ファミリーセット】

 の三点だ。


 三枚の変換CPは15000程。吊り合いが取れていないにも程があるが、レースからすると魔物より価値があるのだろう。


「いや、嫁の頼みでワイバーンを取りに来た時はクソめんどくさいと思ったが、ケント達に会えたのは収穫だった。お前ら、アッカードに住んでるんだっけか?」

「そうだな」

「暇が出来たら会いに行ってもいいか? 多分嫁が会いたいって言うと思うから」


 少し恥ずかしそうにレースが目を背ける。もしかして惚気とか聞かされたりするのだろうか。


 そんなことを考えながら俺は二つ返事で了承する。


「いつでも来てくれ、と言いたいけど俺も空けてるかもしれない。いたら歓迎するよ」

「それもそうだな。じゃあ友好の印ってことでこれを渡そう」


 なんか貰ってばかりだなと思いながら、その銀のネックレスを受け取る。癖でカード化したそれに反応するかのように魔法が収納されるページが開く。


「それは交信の魔法を込めたネックレス。それがあれば交信の魔法が使える筈だ。距離があると必要な魔力が莫大になるが俺とお前なら問題ないだろう」


 もしかして、と思いそこにはめると【レア度4:交信のネックレス】はカチリと嵌った。


『どうだ、問題ないか?』

『ばっちり聞こえてるぜ』


 ニヤリとレースが笑い、答える。どうやら俺は交信の魔法も使えるようになったらしい。


 対等と言ってはいるが貰ってばかりだな、と本当に思う。


「んじゃ、俺はこの辺でお暇させてもらう。あんまり待たせるとウチの嫁はこえーんだよな」

「それは悪いことしたな。また会える時を楽しみにしてる」

「おうよ。お前も刺されるなよ、大丈夫なのは一発目だけだからな」


 カラカラと笑うレースの姿が宙に浮いていく。背中を向けて、手をひらひらと振るとあの時のワイバーンのような速度で飛んでいく。


 凄まじい魔法使いと知り合いになってしまったとそう思う。


「さて、マンドラゴラ捜索、続行するか」


 その言葉に返事をするものはいない。どこか不機嫌なアオとレインの様子を見るに、本当にあの三枚の菓子は価値があったらしい。


 ……後で指定購入しておくか。

 だが、日本の菓子は指定購入するには何故か高い。


 やはりカードパックを引くしかないか、と俺は天を仰いだ。良いカード、出れば良いなぁ。

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