第30話:道程と雑談

 真面目な門兵に前回同様挨拶をし、アッカードの外へと出る。

 目的地はここから離れたアルドロン大森林。通称、帰らずの森だ。


 ここから先は少し長くなる。

 俺は本を出して、魔力量の確認を行う。前回見た時よりも総魔力量は増えているようだ。

 不思議に思ったのが、かなり時間を置いているのに魔力が回復しきっていないという点。大体4割ほど。240万はあるのでそこまで問題はなさそうだが、どうしてだろうと考える。


「ケント」


 そうしていると、レインが俺の名前を呼ぶ。用件は予想がつく。俺は無言でチョコレート詰め合わせを実体化し、レインに手渡す。隣で物欲しそうにしているアオにもついでに渡す。


 レインをもう一度見る。


「ん?」


 どうかした? とでも言うように首を傾げるレイン。


 原因が判明した。


 強くなったレインが、【レア度3:メタモルスライム】と同程度の維持費コストな筈がない。

 食費といい魔力といい随分と高く付いている気がするが、これで安全が買えるなら安いような気もする。


「魔力のこと? 私は消費少ない筈」


 正気か。と思ったが、もしかしたら本当なのかもしれない。レインは常時出していても回復はしている。


 ゴブリンの集落を襲撃した際は体調が悪くなるまで減少していたのだ。これは速やかに千年原始人と双頭狼の消費魔力を知る必要がある。


「千年原始人なら私の十倍。双頭狼は多分四倍くらい」


 俺は本と睨めっこを開始する。

 現在の総魔力量が600万を少し上回る程度。何も召喚していなければ一時間におよそ12万回復する。最低でも二日は全快に必要だ。


 今の回復量が500/mであり、つまりレインは大体1500/mの消費だ。一時間に9万の魔力を消費している計算となる。


 レインの情報から計算する。


 レイン……1時間あたり、90,000。

 双頭狼……1時間あたり、360,000。

 千年原始人……1時間あたり、900,000。


 これはフルメンバーなら1時間に135万もの魔力が必要となる計算だ。


 そう考えると確かにレインは低燃費だ。


「防壁」


 気になったので、防壁の魔法を展開する。一瞬魔力が50減って、回復の波に呑まれた。


「これ、俺の魔力量って少しおかしいんじゃ……」

「最早魔力が人の形を取ってるようなもの。人外」


 異世界に来て一週間足らずで人外スライムから人外認定されたんだけど、どうしたら良いんだろう。


「大丈夫です。ケントが人間をやめても私は側にいますから」


 優しい表情のアオが俺の頭を撫でる。

 おかしいな、なんで俺は慰められているんだろうか。


 石でできた仮面を被った覚えもないし、凄まじい超絶技巧を有しているわけでもない。解せぬ。


「卒業おめでとう」


 フッと嘲るようにレインが口元を歪める。こいつは確かに献身的ではあるし、頭も良い。が、絶対に性格が悪い。

 俺は卒業の前の文字を推測してそう思った。


「アオも撫でないでくれ。俺は普通の人間だ」

「え、冗談ですよね。人はこんな頭のおかしい強さの魔物を召喚しないと思いますよ」

「じゃあ何なんだよ」


 アオが言い淀む。困ったような表情だが口元は笑っている。すっと視線を逸らすとボソリと呟いた。


「……魔王、とかですかね」

「よし、君たちの今日のご飯は自分で用意することだ。わかったね」


「「ごめんなさい」」


 わかってくれたならそれで良い。

 俺は本を閉じる前にもう一度魔力量を確認して、その下の称号欄に、【人外】の文字が増えているのを見てなんとも言えない気持ちになった。


 魔王認定されていないことを喜ぶべきか、人外である事を認めるべきか。

 何にせよ、これはこいつらには見せられないとすぐに本を消す。


 そうこうしている内に森が見えてくる。丁度昼頃であるので、俺たちは森の前まで歩き、生い茂る草の上に腰を下ろした。


 しっかりしたものを食べたいところだが、料理をするほどの火を使うには手間がかかる。

 昼食に時間をかけすぎて、探索の時間が減るのも本末転倒だということで昼は簡単なもので済ますことにした。夜は探索するには危険なためにじっくり食事を楽しむのも良いと思うが、昼の時間は少しばかり貴重だ。


 俺は街で購入し、カード化しておいたパンとスープを実体化する。アオとレイン、特にレインからするとおやつのようなものだろうが、俺にとっては十分な昼飯となる。


 パンをスープに浸し、口元に運ぶ。やはり街で売られている料理は香辛料の類はほとんど使われていない。

 昨日の変な料理が出てくる店は味付けもインパクトも強烈で俺は好みなのだが、今朝別の店で買ったこのスープは正直好きになれない。

 良く言えば素材の味で勝負したスープ。悪く言えば、野菜と申し訳程度の肉を突っ込んで煮込んだだけのもの。

 これなら自分で作った方が遥かに良いのだが、俺たちのパーティには火の魔法を使える人材がいない。というか魔法は俺が防壁を使えるだけだ。


 これは可及的速やかな対応が求められる部分だ。何か対策を考えておかねば。


「大丈夫そうか? 何なら新しい奴使っても良いけど」

「ナイフはあるだけください。手数は多いほど良いです」


 食べ終えた俺たちは、武器に不備がないか確認する。

 アオによると、同じレアリティの鉄のナイフや鋼のナイフでも僅かにデザインや質が違うらしい。腰と太ももに付けたホルダーにアオは重さや重心を確かめた上で装備していく。


「後、何でも良いので剣をもう一本」

「二刀流でもするのか?」

「秘密です」


 えへへっと笑うアオに、鉄の剣を一本渡し、俺は自身の装備の確認に移る。

 とはいっても、俺の装備は着の身着のままに鉄の剣を左の腰に提げているだけ。あくまでこれも護身用だ。俺は死ななければレイン達が敵を処理してくれる。


 重要なのは魔力量の管理だ。だからこそ、まだ千年原始人も双頭狼も召喚しない。

 今の魔力量ではフルメンバーを召喚すると二時間程度で魔力が枯渇する。

 枯渇した際にどうなるのかは知らないが、あの体調の悪さを考えると、ロクなことにならないのは容易に想像がつく。


「レインは武器はいらないんだよな?」

「ん、いらない」


 返事と共にレインの腕が刃物のように変化する。鞭のように振るわれた腕は、近くにあった木に深い傷を付ける。

 これは確かに必要ないな、とそう思った。

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