第29話:そうだ、依頼を受けよう

 パチ、パチリと静かな空間に音が響く。真剣な表情で盤上を見つめるアオ。

 俺は桂馬の駒を王の退路を塞ぐように置いた。


 ぬぐぐぐ、という言葉が聞こえそうな豊かな表情をアオが見せる。必死で考えているようだが、もう遅い。アオの詰みは既に決定している。


「終わった?」


 俺のベッドを占拠し、【レア度1:おつまみ便利帳】を眺めながらレインがそう言った。


 悠々と高みの見物を決め込んでいるレインに、俺とアオは既に完膚無きまでに叩きのめされている。

 先ほどまで駒の動かし方すら知らなかったというのに、本当にこのスライムは天才なのかもしれない。


 今俺たちが勝負に賭けているのは晩御飯の当番だ。こうなったからにはアオの当番は確定というもの。


 数分考えてどうしようもないことを悟ったアオが頭を下げる。


「ま、参りました」

「じゃあ晩飯は頼んだ」


 といってもアオが料理を出来るのかというのは非常に不安だ。嫌がられるかもしれないが、俺も手伝おうとは考えている。俺も大して料理ができるわけではないが。


「それにしても、暇ですね。休暇、一週間は長すぎたんじゃないですか?」

「それは正直思ってた。なんか依頼、見にいくか?」


 日本にいた頃は働くのは嫌だと思っていた。だが、こうして何もしないというのも精神的にキツい。

 それに依頼であってもこの面子であれば楽しいはずだ。


「そうですね。休暇って何なんだろうってなりますけど、私は行きたいです」

「ん、行く」


 二人からの了解を得たということで、本日は適当に依頼を受けることが決定した。


 俺たちは協会に足を運んだ。

 相変わらずがやがやと賑わいを見せる協会。今日も人だかりができている依頼ボードを見に行く。



 採集依頼、討伐依頼、捕獲依頼、護衛依頼、緊急依頼。そして最後に強制受注依頼。


 緊急依頼と強制受注依頼というものは今は貼られていない。聞くところによると、最近まで緊急依頼は張り出されていた。

 何を隠そう、夜光の花の納品依頼である。現在は剥がされているが、俺たちの貢献度を大きく稼いだのはあの依頼であったらしい。


 めぼしい依頼がないか確認していく。できればアルドロン大森林での採集依頼なんかがあればラッキーなんだけど。




 薬の材料の確保 No.3 マンドラゴラ

 推奨:Bランク

 依頼主:エルルート・ムルムル


 ある薬の材料を切らしてしまった。よってその確保の依頼を行う。場所が場所なのでこの依頼を受けるのは最低でもBランクとしたい。Cランク以下の腕自慢が挑むのも構わないが、確かな実力を有していると確信している場合のみ、あくまで自己責任であることを念頭に参加してほしい。


 目標物であるマンドラゴラは、好戦的な植物だ。受注の際に詳細資料を渡すように計らっておくので忘れずに目を通しておいてほしい。


 健闘を祈る。


 場所:アルドロン大森林

 契約金:5000ディル

 報酬:納品物一つにつき10万ディル。買取上限なし。




 好戦的な植物というパワーワードに目を引かれる。育ちすぎた夜光の花といい、あの森の植物はおかしい気がする。

 そして採集依頼であるのに健闘を祈られている件について。


 報酬は魅力的だ。夜光の花の在処を探り当てた双頭狼がいれば、マンドラゴラも一体採集すれば芋づる式に捕獲できる可能性がある。一攫千金も夢ではない。


「良さそうなの、ありますか?」

「アレ、どう思う?」


 目を細めてボードを眺めるアオの問いに、俺はマンドラゴラ採集の依頼を指差した。

 一緒に行く以上、依頼については二人で決める必要ががあると思う。それに目的地がアルドロン大森林ともなれば尚更だろう。


 帰らずの森と呼ばれているくらいなのだから。


「良いんじゃないですか? それにしてもかわいい名前ですね」

「ムルムル」


 真顔で呟くレインにアオが噴き出した。

 人の名前で笑うのは良くないと思います。


「まぁ依頼主についてはいいだろ。というか名前を笑うのはやめて差しあげろ」

「そ、そうですね。依頼はあれにしましょう」


 ヒクヒクと頰が動いているアオを置いて、俺は人混みにダイブする。まるで満員電車の中を進むかのような感覚だ。破かないよう慎重にその依頼票を剥がす。


 激流から押し出されるようにして脱出した俺は良くやったと言わんばかりに親指を立てているレインに、親指を立て返す。


 チラチラとこちらに視線を向けていたノノの所に行き、依頼票を提出した。


「人数、増えたんですね。パーティとかって組んでたりしますか? 固定を組むかどうかは置いておいて、早めにパーティ名を決めていただけるとこちらが助かります」

「あーいや、そういうのはまだ」

「そちらの方は登録されてませんよね。どうなさいますか?」


 クエスチョンマークを頭上に浮かべる俺たちに、ノノは口に手を当てた。


「契約金や協会加入のメリットに関わる部分です。非加入の方が同行するのはご自由にどうぞということなのですが、その場合、その方の分の支給品はありませんし、移動も個別に行っていただく必要があります。加えて立ち入り禁止区域が依頼に含まれていた場合、認められないこともございます」


 丁寧に説明してくれるノノ。登録した方が良いのかもしれないが、レインからは血液は採取できないだろう。移動に関しても嫌がるだろうがカード化すれば問題ないだろうし、立ち入り禁止区域も同様に問題ない。支給品は、物によっては困るだろうがどうしてもダメならば待機させれば良い。



「どうするんです?」

「どうするったって、無理だろ。レインはする必要もないしな」


 アオがじっとレインを見つめる。それもそうかと納得した様子で、アオはそれ以降そのことについては何も言わない。


「パーティ名については考えておきます。で、これは受理してもらえますよね?」

「こちらは適性があると判断すれば受理します。今回の依頼は、問題ないかと。前回同様かなり危険だとは思いますが、止めても無駄かと思いますし」


 受理されなかったとしても、生活を豊かにするためにはCPが必要だ。ゴブリンを倒して思ったが、手っ取り早く稼ぐにはアルドロン大森林のような場所で強い魔物を変換するのが一番だ。


 アオの強くなるという目的にも一致しているだろう。


「もしかしたら向こうで2泊くらいするかもしれないから帰ってこなくても焦らないでくれ」

「あ、一週間とか戻ってこなかったら察してください」


 何でもない事のようにアオがそう言った。眉間に皺を寄せてノノが依頼票に判を押す。そして、しゃがみこむと、カウンターの下から3枚の紙束を取り出して俺に手渡す。

 これがマンドラゴラの資料なのだろう。俺に渡した資料を見て、ノノが心配そうな表情をした。


「くれぐれも気をつけてくださいね。そういえば休暇はどうしました?」


 レインとアオが俺の手を引く。


「これが休暇」

「ですね」


 ノノが、連行されるように協会を後にする俺に対して、理解できないといった視線を向ける。


 そんなノノに一言だけ言いたい。


 それを言ったのは俺じゃないと。

 休暇気分なのは俺よりも強いこの二人だけだとそう言いたかった。

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