第28話:何度目かの朝

 チチチチ、ちゅんちゅんという鳥の鳴き声が響く。俺の左手にはアオが寝ている。やけに身体が重いと思ったらレインがのしかかっていた。


 俺はレインをどかすと上体を起こす。グッと伸びをすると、思わず小さな溜息を吐いた。


 昨夜は大変だった。


 アオが借りた家はかなり綺麗で、部屋数もリビングとキッチン、お風呂を除いて八部屋もあった。庶民的な感覚の俺からすると掃除が大変なくらいの豪邸である。

 何が言いたいのかというと、君たち自分の部屋あるよね、ということだ。


 事の発端はレインが俺の部屋で寝ると言い出したことだ。

 俺の死=自分の死でもあるレインは、不慮の事態に備えて俺を守る必要があり、だから自分は俺と寝る義務があると宣言した。


 そしてそれに待ったをかけたのが言うまでもないがアオである。ぽっと出の新参に、大事なパートナーであるケントを任せることは出来ないと言い切った。


 アオも出会って一週間と経っていないという俺の意見は両名共に無視される事となる。


 アオに任せるとケントの貞操が危ないとはっきりと言ったレインに、アオが真っ赤な顔で、スライムが寝ぼけて捕食したら目も当てられないとそう言った。


 アオはレインを俺と寝させたくない。

 レインはアオと俺を寝させたくない。


 ならば折衷案として俺が一人で寝る。これで解決のはずだと早く寝たかった俺はそう二人を説得しようとした。


 睨み合う二人は震える手で握手してこう言った。


「「三人で寝れば良い」」


 こうして狭いベッドに、完全に俺の意向を無視した光景が完成したのであった。


 途中で、自分の方に俺を抱き寄せようとアオが引っ張り、それに気づいたレインも同じように引っ張り、危うく二つに引き裂かれそうになるという事件も発生したが、どうにか俺は生きて朝を迎えることができた。


 雀のような鳥がちゅんちゅんと冷やかすように鳴くが、物語のようなそんな羨ましい展開など欠片もなかった。朝チュンなんてのは幻想だったのだ。


 立ち上がろうとした俺は、違和感を感じて腰のところを見る。スヤスヤと眠るレインの腕がぐるぐると巻き付けられていた。


 こいつは何をしているんだろうか。


「ブック、カード化」


 このままでは動けないと、俺はレインに触れてカード化する。現れたカードは芸術的なまでの美しさであり、中央にドヤ顔のレインの姿が描かれていた。

 名前のところも、クリアスライムだと思っていたが、


 名前:ミウラ・レイン


 と表示されており、そこって種族名とかじゃないんだとそう思った。


 そして、このカードどうしようと思った次の瞬間。カードが光で包まれ、レインが実体化する。

 じとっとした粘着質な瞳が俺を捉える。


「言いたいことは?」

「悪い、レインのカードが綺麗すぎて思わず見惚れてた」


 それは俺のセリフじゃなかろうかという言葉を呑み込み、レインを褒める。事実ではあるが、どうして俺は胡麻を擦っているのだろうかと、ふと思った。


「ん、許す。次はちゃんと起こして」


 ないようなものではあるが、立場的にはカードの保有者である俺の方が上なような気がする。

 そもそもこいつに睡眠は必要なのだろうか。無数に起こる疑問を思考の底に沈め、レインの頭を撫でる。


「悪かったよ」

「ん。私、いらないのかと思って少しだけ、怖かった」


 珍しく長く言葉を続けるレイン。ぽかぽかと俺の身体が叩かれる。


「千年原始人も双頭狼もちゃんと出してあげないとダメ」

「あぁ、あいつらを出しても問題ない魔力量にならないとな」


 今の俺では全員を維持するのは不可能だ。ただ、いつかはそうしたいと思う。それと、あまり魔物のカードを手に入れるのも考えものだなと少しだけ思った。


「別に、新しい子が増えるのは構わない。蔑ろにしなければ大丈夫。私はケントを守りたいけど、千年原始人は身体を動かすのが好きで、双頭狼は知らないところが好き。好みを把握していれば大丈夫」


 やはりそういったことはあるのか、と考える。


 レインがそれに、と続ける。


「みんな、外に出たい時は反応があるから大丈夫。私は勝手に出てこれるけど」


 ふと、初めて双頭狼に襲われた時、いつのまにかポケットの中に入っていた千年原始人のカードが火傷するかのような熱を帯びていたことを思い出した。


 つまり、あれは千年原始人の意思であったらしい。心の中で礼を良い、千年原始人のカードを撫でる。なぜか脳裏にサムズアップしている千年原始人の姿が浮かんだ。


「いっぱい喋ったからお腹空いた」

「わかったよ、ちょっと待ってくれ。それとアオ」


 キュウと自己主張するレインの腹に思わず苦笑いしてしまう。

 アオも起こさないと拗ねられたら大変そうだと思い、声をかける。


「ふみゅぅ」


 非常にあざとい鳴き声が漏れたそれの肩を叩く。半分目が開き、じっとこちらを見てくる。


「おはよぉございます」

「おはよう。もう朝だから」


 それだけ告げると、俺は部屋を出て階段を降りる。

 手早く顔を洗い、キッチンでエプロンを身に付ける。


 本当であれば魚沼産こしひかりを炊きたいところだが、炊飯器がない。指定購入するにも電気炊飯器は使い物にならないだろうし、何よりCPがない。


 泣く泣く本から【レア度2:パックご飯詰め合わせ】を実体化し、20パックの内の7パックを鍋に入れて水を注ぎ、スイッチを押した。

 魔石という迷宮から算出する魔力で出来た石を用いたコンロが、熱を放出し始める。


 もう片方のコンロにフライパンを置いて、植物油のカードを実体化させて、少しだけ垂らした。


 少し前に購入した、なんの卵かわからない巨大な卵をフライパンに割り落とし、目玉焼きにしていく。

 黄身が半熟になったところで皿に移し、同じ手順を二度繰り返す。


 ササっとティッシュでフライパンを拭いて油をほんの少し入れて、アサルトボアというらしいイノシシのベーコンを並べる。

 いつのまにか背後にいたレインの口元の涎をティッシュで拭き、水で濡らした布巾を渡す。


 無表情で敬礼を取ると、レインは机を拭くべく姿を消した。


 カリカリになったベーコンを目玉焼きの皿に乗せ、茶碗とラーメン鉢にご飯を盛り付ける。もちろん茶碗が俺のでラーメン鉢二つが彼女たちの分である。


 アオが起きてくるまでにもう少し時間がありそうだと思った俺は、鍋の湯を捨て、水を注ぎ火力を最大にし、温める。


 ちょうどアオが起きてきた時に水が沸騰し、レトルトの味噌汁を作り、机の方に持っていく。


 料理と言って良いのかわからない、手抜きな朝食を待ちきれないと言った様子のレイン。

 顔を洗ってきたアオが椅子に座り、俺たちは手を合わせる。


「「「いただきます」」」


 思っていたよりもずっと上品な味のアサルトボアのベーコンや、何のものかわからない卵に舌鼓をうちつつ、俺たちは話し始める。


 さて、今日は何をしようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る