第27話:張り合う二人

「というわけで、俺の財布がピンチなんだ」


 ガツガツガツガツと食事を掻き込んでいくレインを見て、そう言った。多分、今レインと積み重ねられた皿を見る俺の目は死んでいることだろう。


「ハンバーグ・チョモランマ異世界風一つ」


 チャレンジメニューと書いてあるところの一つをレインが指差した。

 拒食の指輪とは一体何だったのか。少なくとも食欲減衰の部分は確実に効果を発揮していない。それにしてもこいつ、ちゃんと味わかってるんだろうな。


「確かにこれは、凄いですね。私も負けてられないです。チャレンジメニューのベア・ベア・ベアーをください!」

「あ、アオ?」

「実はですね、こっちに来てから妙にお腹が空くんです。でもこれまではケントがいっぱい食べる女の子は嫌いかなって思ってたので」


 食べきれるなら俺は良いと思うよ、うん。こちらにきてからお腹が空くのは俺も同じだが、それにしてもレインは限度があると思う。胃界とやらの効果だろうか。

 そしてそれに張り合おうとしているアオも、もしかしてレインと同じくらい食べるのだろうか。


「なぁレイン、味わかってるよな?」

「んぐっ?!」


 大きく口を開けてハンバーグに噛り付いていたレインがどんどんと胸を叩く。水を流し込み、事なきを得たレインがじとっとした視線を俺に向ける。


「ベースはケント、再現度は完璧」

「そもそもどうして人型にこうなったんです?」


 アオが疑問を投げかける。そういえばまだ話していなかったと、今日の能力の検証と防壁を当てたこと。そして普通の人がいればと呟いたことをアオに話した。

 そして名前をつけた結果、他のカードとは違うものとなったことを説明する。


「進化? 紐付け? いや、それよりこの強さはおかしいのでは」

「俺も最初バグったのかと思った。でもそいつは俺の魔力を500万と50万CPを持っていってるからおかしくはないのかもしれない」


 一般的な魔法使いがどの程度の魔力を保有しているのかは知らない。防壁では即座に回復する程度の魔力しか使用していないということは、俺の魔力量はもしかしたらかなりおおいのかもしれない。

 これもどうにかして知りたいことではあるが、アオに魔法を使わせても、異世界人でチート持ちのアオは通常通りいかない気がする。


「それで、このスライムは死ななくなったんですよね」

「正確には死んでも復活する、だけどな」

「ケントは私のことをぶっ壊れてるなんて思ってるみたいですが、人のこと言えないですからね」


 もきゅもきゅと運ばれた熊肉ステーキを口に運びながら抗議するかのように話す。そういえばアオは今日何をしてたんだろうか。そう思った俺はそのことを聞いてみることにする。


「他の国の簡単な歴史と、刻印術の資料と、迷宮について調べていました。それと、コレです」


 アオは少し恥ずかしそうにポケットから鍵を取り出した。少し大きな銀に光る鍵。

 そもそもこの世界で鍵が必要なのってなんだ?


 宝箱とか、家とか?


「家、借りたんです。宿に泊まるより安くつきますし、それに私たちには秘密というか、知られたくないことが多いですよね。あの部屋かなり壁薄いですよ」


 それについては俺も思っていた。昨日の夜は隣の部屋から女性の喘ぎ声が聞こえてきて、俺とアオは少し気まずくなったものだ。

 最初はアオと同室なのも役得かななんて思ったが、とんだ生殺しだ。朝のアレといい、健全な男子にはかなりキツい。


「今日から入れるのか?」

「です。今日の宿代は返金出来ましたから後で返しますね」

「あー、いや良いよ」

「ダメです。お金のことはなぁなぁにすると拗れるんですよ」


 初めてかもしれない強い否定に、思わず頷いてしまう。まるで拗れた経験があるかのような真剣なアオに、ここは従うべきだとそう思った。


「じゃあ家の代金も半分支払うよ。後で幾らかかったか教えてくれ」

「わかりました」


 卓に静けさが戻り、二人が無心で目の前の肉を貪る。平和だ、なんて思いながら俺は店員の女性を呼ぶ。俺は果実水を頼むと、小動物のように食事を続ける二人を見続ける。


 結局二人がチャレンジメニューを食べ終えたのは同時で。俺はレインの分を含めた15万ディルを。アオは自分の分の4万ディルを支払った。


 レインは言うまでもないが、アオも食い過ぎではないだろうか。

 視線が俺とレインに突き刺さる。俺たちがフードファイターと、そのお財布として名を馳せるのもそう遠いことではなさそうだ。



「いやー、食べましたね。こっちに来てから始めてお腹いっぱい食べました」

「ん、なかなかやる」


 ぽんぽんとお腹を叩くアオにレインがまるで好敵手と認めたかのような雰囲気を出していた。


「そちらこそ。たかがスライムと侮っていました」


 どちらともなく差し出された手が交わされる。ただし、これはやはり穏便なものではないようだ。挑発するかのようにレインが口角を吊り上げると、胸に俺の腕を抱いた。


「なななッ! ダメです、それは私のです」

「いや、俺は誰のものでもないから。で、家ってまだなのか?」

「あ、はいもう少しです。って誤魔化されませんからね」


 勝ち誇ったようなレインをアオを引き剥がそうと腕を引っ張る。

 相手にするのも面倒だと思ったのか、レインは腕を切り離し、アオがバランスを崩す。


「や、やりましたねこのスライムッ!」

「レインは何もしてない。アオが勝手に体勢を崩しただけ」


 フッとレインが鼻で笑い、切り離した腕がレインの元に集まり新たな腕が生える。掴みかかろうとするアオを、レインは俺に抱きついたまま器用に躱した。


 一人増えただけなのに、こうも賑やかになるんだなぁとふと思った。

 今日は大変だったが、楽しかったのは事実だ。


 フシャーとレインを威嚇するアオを見て思わず苦笑が漏れる。

 この様子だと明日も楽しそうだ。


 少なくとも退屈はしないだろう。俺はアオが借りたという家に向かうまでにそんなことを考えていた。


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