第25話:昼食、そして
俺の休暇の方はそう長く続かないかもしれない。
堆く積み上げられたそれを見て、俺は支払いの心配をした。
アッカードに帰った俺たちはちょうど昼を過ぎたくらいだったので昼食を取るために定食屋に足を運んでいた。
俺の食事はとっくに終わっている。俺は汁物の器を持ち上げて口に流し込んでいる正面の美少女を見た。
「ゴキュッゴキュッ」
食事で出ないような音が三秒ほど続いたかと思うと、レインはコトンと器を机に置く。表情は全く変わってないが、目が喜びを物語っていた。
大体成人男性……つまり俺一人くらいの食費は、外食したところで小銀貨二枚くらい。つまり大体2000ディルくらいで日本にいた時と物価はさほど変わらない。
それだけなら食費が俺の財布に与える影響はそれほど大きくないと言えたのだろうが、養わなければならない存在がたった一人増えたことで一気に食費の存在感は大きくなった。
「オムライス焼肉定食、追加で」
どよめきが巻き起こる。このやり取りも既に何度も繰り返した後になる。レインが食べた量は俺の実に50倍近い量。ちょこちょこと小鉢のようなものも頼んでおり、会計は既に10万ディルを超えている。
少し金持ちになったと考えているとこれだ。
俺はオムライス焼肉定食という謎の料理が運ばれてくるのを白い目で見つめた。
ガツガツと口元にケチャップらしきものが付くのも構わずにレインはオムライス焼肉定食をかきこんでいる。
「うまいか?」
「ん!」
「そうか、いっぱい食えよ……」
「ん!」
もうここまで来たら行くところまでいかせよう。話のネタにはなるだろう。
最早ギャラリーが出来ているテーブルで、俺は本日何度目かになる、どうしてこうなったという言葉を呟いた。
そうしてレインが満足げに小さくゲップをして、食事の手を止めたのがおよそ一時間半後。会計は金貨を軽々と超えていた。
「その、もう良いのか?」
「ん、腹八分目」
「なん……だと?」
ドヤ顔で語るレインに、周囲に戦慄が走る。畏怖の視線がレインに向けられ、直後、俺の方に同情するかのような視線が向けられた。
毎食、この量が必要となると俺は一月とかからずに干物になる。
ごめんな、アオ。もしかしたら休暇、早く終わることになるかもしれない。
「え、ええと……お会計、16万7200ディル、お願いします」
「これで」
店員の声が震える。俺も震える手で金貨を二枚手渡した。まぁ、これはもう仕方ない。良しとするしかないだろう。
「行こう、レイン」
「ん!」
ピタリとレインが俺の腕に絡みつく。スライムだった時からスキンシップ多目だったので、多分これが普通なのだろう。ひんやりしていて気持ちいいから引き剥がすのも勿体ない気がする。
少し羨ましそうな表情をする男たち。そう、見た目は美少女なのだ。あれほど体内に取り込んだというのに、体型は一切変わっていない。
しかし、こいつらの何人がレインを養うほどの甲斐性を持ち合わせているというのか。少なくとも俺は自信がない。
予想外の出費を強いられた俺は、この後何をするか考える。日本であれば暇であればカラオケやボウリング、スポーツの類も選択肢にあったが、如何せんここは異世界。何をしたものか。
考えながら通りを歩いていると、レインがくいくいと袖を引いた。
視線の先にあったのは露天商の店だ。遠目に見てみるも、やはりガラクタが並んでいるようにしか見えない。
「見たいのか、レイン」
「多分?」
「見てみるか」
揉み手をしながらこちらをニヤニヤと眺めている怪しい男。どう考えてもこいつが店長なんだが、すぐに引き返したくなった。怪しい壺とかお札とか売りつけられそう。
「へっへっへ、いらっしゃい。カッコいい兄ちゃんに見て貰えるならこいつらも本望ってもんさ」
うん、帰ろう。そう思ってレインに声をかけようとしたが、レインは食い入るようにある一点を見ている。
「おや、嬢ちゃんお目が高いね。その壺はどうやら持ち主が幸運になれるって噂の壺だ。お値段通常80万ディルのところ、今ならなんと49万8000ディル! こりゃ買うしかないっしょ!」
「それはいらない」
いや、本当にこういう商売あるんだ、と思うと同時に騙される人いるんだろうかと疑問に思う。レインが断ってくれて本当に良かった。
「その腕輪、幾らする?」
「これか。これはそうだな、1万ディルってとこかぁ?」
レインが壺の隣にちょこんと置いてある腕輪について尋ねると、男は面倒臭そうに値段を告げる。
「ちなみにその腕輪には何かの効果があるのか?」
あからさまにテンションが下がっている男に問いかけると、男はカバンから紙を取り出し、目を細める。
「んー、わかんねぇな。ただ、これは迷宮から手に入った品らしいから可能性はあるかもな」
「わかった、じゃあそれを一つ」
レインの食費に比べれば安いものだと俺は男に銀貨を手渡した。
金を受け取り、まいど、と小さく答えると男は壺を布で磨き出す。
なぜこうも壺に執着しているのかはわからないが、売れたら大きいのは理解できる。幸せになるのはこいつだろうが。
「で、それってなんなんだ?」
「わかんない。けど何かはあると思う」
「ちょっと貸してくれ」
俺はレインから腕輪を受け取ると、カード化する。簡易の解析のような使い方をしているが、これでわかるのだから凄いと思う。
「拒食の意思、か」
名前:拒食の意思
レア度:5
分類:装備
説明:保有者は食事をすればするほど力が増加し、食事が減るほど弱体化する。ただし装備時、食欲が大幅に減衰する。力を求めて装備し、衰弱死したものは数知れない。
変換CP:1550000
「なんてものを売ってるんだよ、完全に呪いの装備じゃないかこれ」
「付けて」
「い、いや。レインにこれをつけるのはちょっと……」
あんなに美味しそうに食べるレインに食欲を減らす装備をつけるなんて、それは拷問なのではないだろうか。
食費が減るということは非常に喜ばしいことだとは思うんだけど。
「構わない」
「あっ」
レインはカードのそれを俺の手から取ると、カード化を解除し自分の左手に着ける。
もしかして、暴飲暴食のスキルで打ち消せたりするのだろうか。
満足げに擦り寄ってくるレインの頭を撫でる。もし何か問題があれば外せばいいか。
そういえばランダムパックの当たりの中に将棋があったと思い出した俺は、今日のところは宿に帰ろうかと思い立ち、振り返る。
そこには笑顔のアオが立っていた。ただし、目は笑っていない。
「ケント、その女は誰ですか?」
脳が、生存本能が、警笛を鳴らす。一歩返答を間違えればこの身体をナイフが貫く未来が見える。
いつから見られていたのかはわからない。
誤解だ。アオはきっと何か誤解している。剣呑な雰囲気を感じ取ったレインが俺の服をぎゅっと握って背後に回る。
アオの死角でレインが服の下に手を入れる。ぬるっとした何かが俺の服の下を覆った。
「これで刺されても大丈夫」
ドヤ顔でそう言っているのが想像つくが、違う、そうじゃないんだ。
アオの瞳からハイライトが消えた。
「お話、しましょうか」
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