第20話:結果と課題
阿鼻叫喚の地獄が現れる。
赤々と輝く火炎旋風のカードを収納しようとすると、本が一人でにパラパラと捲れる。
ここに収納しろということなのだろう。そのページに収納できる枚数は十枚。魔法を同時に発動できるのは十である可能性が高い。
そんな事を考えている間も、炎の渦はゴブリンを焼き、家屋を倒し、死体を積み重ねていく。
逃げ出そうとしているゴブリンが増えてきたことを確認した俺は、巨大な火の渦を分裂させ、集落を取り囲ませる。
「容赦ないですね」
生き物が焦げる匂い。この光景を作り出したのは紛れもない俺だ。千年原始人に指示を出したのとは違う、自分の手を汚した感覚。
如何にゴブリンといえど、こうして殺すことを日本で過ごした19年間が、否定する。
喉元にせり上がる胃液を唾液で飲み込む。この世界で生きるのであればこうすることには慣れなければならない。
こう考えると初めての殺しが人間で、すぐに立ち直ったアオが本当に凄いと思える。
「ギャギィッ!」
アオが飛びかかってきたゴブリンを斬り伏せる。地面を鮮血が赤く染める。
返す刀で近くにいた小さなゴブリンの首を刎ねた。
「ケント、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない。だからアオは別のところに攻め込んでくれ」
千年原始人と双頭狼はゴブリンを蹂躙すべく、奥に向かっている。ほとんどはあの二匹が殺しているが、そうでないものも多い。
「……わかりました。危ないと思ったらすぐに呼んでくださいね」
「悪いな」
アオは不満そうではあるが、駆け出した。しかし、俺が目に見えるところにおり、かなり気を使われているらしい。
「全く、情けないな」
剣を握ると、俺は近くのゴブリンを探す。粗末な服、錆びた小さな剣。ゴブリンの生態は少し勉強した。結論から言うと殺した方がいい害虫のようなもの。
旅人を襲い、家畜を攫い、女を犯して孕ませる。よくあるファンタジーものの存在と非常に良く似た性質を持つ。
ここまでの規模の集落が出来上がっていたとなると、ユッケ村が襲撃されるのも時間の問題だった筈だ。
「これは、人間にとっては正しい行いのはずだ」
突如、肩に張り付いていたスライムが背後に伸びる。衝撃を感じて振り返ると、スライムが鋭利な針のようなものに身体を変形させてゴブリンを貫いていた。
危なかった。
「ありがとな」
スライムが触手のようなものを作り、頬を撫でる。何だか慰められているみたいだ。
俺はまだ生き残っているゴブリンを探して、斬りかかる。先ほどよりは気が楽になった気がした。
そして生き残りを探して視線を動かす。
突入からおよそ五分。
火の海と化したゴブリンの集落は呆気なく壊滅していた。村の奥から千年原始人の雄叫びが聞こえる。
首領を討ち取ったのだろう。俺は気を抜かずにゴブリンの死体をカード化しながら奥へと進んでいく。
俺が奥に向かっていることに気づいたアオが近寄ってくる。
「ケント、大丈夫でしたか」
「スライムが守ってくれた。危なかったよ」
「だから言ったのに。まぁ無事なら良かったです」
これは本格的に自分の身を守る方法を考えないといけないなと強く思う。
ズルズルと事切れた大きなゴブリンを引きずってくる千年原始人を見て、戦闘が終わった事を確認する。
後は事後処理だ。
帰ってきた千年原始人と双頭狼にゴブリンの死体を集めるように指示する。
協会は魔物の死体を買い取っているが、ゴブリンは別だ。討伐証明だけ集めれば良いが、俺の場合は他の部分はCPに変えることが出来る。
一体一体は大したCPにはならないがこれだけのゴブリンを倒したのだ。そこそこの量にはなるだろう。
────────────────
日が傾きかけた頃、俺達はほぼ全てのゴブリンをCPに変えた。幸いにも囚われていた人はいなかったので、何か面倒ごとがあったというわけでもない。
燻る火種を消し、残った家屋を千年原始人に破壊させる。時間にして一時間ほど。依頼を完了した俺たちは帰路に着いた。
「それで、CPはどのくらいになったんです?」
「合計で48万だな」
驚いた様子のアオ。もっとも、それは俺もだった。
「千年原始人が倒した個体、アレはゴブリンキングだったみたいなんだ。他にも上位種がちらほらといたからかなりのCPになったんだ」
「ほえー」
間の抜けた声を漏らすアオ。そう話している間も俺たちは森を歩いていく。
千年原始人と双頭狼は、ゴブリンの集落を壊滅させてしばらくしてから急に身体が重くなったためにカードに戻して本に仕舞った。
何もいないのは不用心な気がするので今はスライムだけ召喚している状態だ。
今回の件で必要だと感じたのは、カードコレクターの能力を正確に知ることと、自身の強化。
アオがどういうかはわからないが、少し検証する時間は必要だろう。
「何難しい顔してるんです?」
「いや、どうやれば強くなれるんだろうと思って」
「特訓とか?」
「アオが言っちゃいけない言葉だと思うぞ、それ」
他人の努力を嘲笑うかのようなエクストラスキルを持つ少女は、舌をペロリと出して苦笑した。
「とりあえず、ケントはCP集めないとですね。後強い装備!」
「それは間違いないなっと、着いたみたいだ」
森が切れる。遠目に見えるユッケ村がどんどんと近づいてくる。命の危険は既に何度か経験してるが、今日はギリギリだった。無意識に気が張っていたのか、先ほどよりも更に身体が重くなる。
ユッケ村に到着。門番や自警団すらいない長閑な村だ。ふと、随分美味しそうな名前をしてるなと思った。ユッケ食べたい。
そんなバカみたいな事を考えていると、村長の姿が目に入る。向こうもこちらに気づいたようで、駆け寄って来た。
「
「無事、依頼は完了しました。明日にでも確認に向かわれるとよろしいでしょう」
ギルドナイト。つまり
「おぉ、ありがとうございます。こうも早く片付けてくださるとは!」
「お腹、空きましたね……」
村長が何度も頭を下げている最中、ボソッとアオがそう零した。いや、うん、お腹空いたのはわかるけど、タイミングをもうちょっと考えて欲しい。
「これはこれは。お疲れのところ、気づかずに申し訳ない。我が村は名前の通りユッケが名産でしてな。我が村をお救い頂いたお二方には自慢のユッケを振舞わせて頂きます!」
しかし、村長はというと、気を悪くした素振りを見せる事なく好々爺然とした笑みを見せてくれる。
こんな良い人なのに、アオが催促したようで非常に申し訳ない。そして本当にユッケが食べられるらしい。
俺たちは疲れた身体に鞭を打って、身体を動かす。村長の家で振舞われたユッケは本当に絶品で、初めてこの世界に来て良かったかもしれないと思った瞬間であった。
そして、村長の家の客間に通された俺とアオは、翌朝まで泥のように眠るのだった。
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