第14話:工作員
ふぅ、と目の前のエリノアが息を吐いた。
「それではそろそろこの領の、いえ国の膿を出しに参りましょうか」
「犯人、わかってるんですか?」
アオが嫣然と笑ってみせるエリノアに問いかける。その問いへの返答はなく。けれど、この状況で知らないなんて事はないだろう、と思う。
「ケント、アオ。実は謝らなければならないことがある」
「私の病気の事ですが、実は嘘でして」
「はい?」
「完全な嘘、というわけでもないのです。罹患していたのは事実ですが、体質的に病気や毒はあまり効かないんですよね」
頭が真っ白になる。それが本当なら俺の100万CPは無駄だったのだろうか。というか俺が手を貸す必要なんて全く無かったとも言える。
これではとんだ道化を演じたことになる。
「いえ、大手柄ですよ。お陰様で私に敵対行為を取る者の絞り込みが付きました。お父様も全て排除してくれていれば良かったのですが」
「エリノア様の父は先々月に死去なされている。貴族社会では若輩と言えるエリノア様を付け狙う連中がいるのは当然のことなのだ。アルドロン辺境伯領は国内でもかなり富んだ土地であるからな」
ということはシュノーは全てを知った上での行動だったというのか。あれだけの演技が咄嗟に出来るならかなりの曲者と言いたくなる。
「あー、誤解があるようだが、私はそこまで器用な性格ではない。エリノア様にはしっかりと騙されていた。まぁ毎度の事なのだが」
「それで、どこまで把握してるんです?」
「まず、あの小太りの男はそこそこ大きい商会の副会長です。ある王国貴族から彼個人へ多額の援助があることは私の影が調べています。それとモグラですが、一人は拘束済みです。会ってみますか?」
何でもない事のように言うエリノアに背筋に寒気が走る。というかどうしてほとんど部外者の筈の俺たちをこうも巻き込もうとするのだろうか。
「不思議ですか? 他意はないですよ。ただ貴方方の知っている方なので、どうせなら、と思いまして」
言うが早いか、粗末な貫頭衣を着せられ、鎖で手足が縛られた男が連れて来られる。
確かにその男には見覚えがあった。
「サンドラ……さん?」
アオの言葉に呻き声が上がった後、ギョロリと目が動く。髪はくすみ、肌には痣やミミズ腫れが出来ており、どういう事が行われたかは容易に想像がついた。
「手こずりましたよ。私も一対一はそれほど強くないので」
「ぐッ……殺せ」
それではなぜ三首狼と戦った時はサンドラを残さず、シュノーが残ろうとしたのだろうか。
いや言っていた通りシュノーは知らなかったのだろう。もし俺が現れずにサンドラのみで帰還していたらどうなったのだろうか。
というか、エリノアが捕縛したのか。
例えそうなったとしても、あまり結果が変わらない気がしてきた。
エリノアのことを語っていたサンドラのことを偽りだとは思いたくはないが、こうなっている以上は敵対行動を取ったということなのだろう。
「これでも私は感謝しているんです。お父様を毒殺したのは貴方ですよね、サンドラ副団長?」
「……」
「沈黙。そう、そうするしかないですよね。ここには嘘看破を使えるシュノーがいますし、何より貴方の真意を偽る魔道具は回収してある」
ふと思ったが、エリノアの性格が凄くキツいような……
見た目に反してどうにも苛烈に見えてしまう。見た目だけなら、淡い青の髪に翠の目をした薄幸の令嬢といった感じなのだが。
アオも時折不穏な時があるが、女の子ってこんなだっただろうか。どうにも俺の知っている女の子の印象とはかけ離れているように思える。
「アレクサンドル・フォルタート。良い名前ですね、帝国の名前って嫌いじゃないですよ」
「そこまで……」
聞き覚えのない名前。おそらくサンドラの本当の名前がそれであるのだろう。
「切り崩し工作、ご苦労様でした。貴方はノルギフ大監獄送りになると思います。言い残したことは?」
「ケント殿、アオノ殿。この国はクソだ、今の内に別の国へ行くことを勧める」
どのような問題がこの国にあるのかはわからない。現状でその判断は俺にもアオにもつかないだろう。
この国どころかこの世界に来たばかりの俺たちには当たり前のことだろうが。
「そこで帝国と言わないところが貴方らしい」
「帝国は、死に至る病に罹っている。勧めることなどできん」
「でしょうね。連れて行きなさい。牢の方はダメですよ。独房に繋いでおいて。もうすぐ一人増える予定ですから」
終始笑顔を崩さなかったエリノアがそう告げる。俯いたまま連れて行かれるサンドラを見るエリノアの目に一瞬寂寥が浮かぶ。
「さて。それでは捕虜の所へ行こうか。もう一人はそこにいる」
「あのー、それって俺とアオいります?」
「もしかしたら面倒なことになるかもしれないので来て頂けると心強いですね」
笑顔の裏側で何を考えているのかわからないが、非常に断りづらかった。隣を覗くと、アオも引き攣った笑みを浮かべている。
「今のやり取りは気にしないでくださいね。私もこういったことは本意ではないんですけど、やられたらやり返さなければ貴族社会では舐められるんですよ。子供みたいで馬鹿らしいんですけどね」
くすくすと笑うエリノアだが、どうみても嬉々としてやっているようにしか見えず、彼女と結婚する男性は苦労しそうだなぁと、そう思った。
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