第10話:目的と襲撃

 ほのぼのとしていた空気が一気に霧散し、何とも居心地の悪い空間に早変わり。

 シュノーは難しそうな表情を浮かべ、アオに至っては泣きそうですらある。


「……なんかおかしなこと言ったっけ?」

「いや、ケントが決めたことならば私が何か言うのは違うだろう。ただ、今回の件のケントの功績は非常に大きい。一度エリノア様にも紹介しておきたい。すぐに、という訳ではないだろう?」

「あぁ、もちろん」


 で、こっちはどうしたものか。なぜ、と考えて思い浮かんだのは一つ。

 だが、それを言う前にアオが震えながら言葉を絞り出す。


「…………ですか」

「ごめん、何て?」

「私が、役立たずだからですか?」


 今のはないな、と思わなくもないが、聞こえなかったのだからしょうがない。しかし、こんな言葉が出てくるとは。


「いやいや、ちょっと待て。なんでそうなった」

「だって、だって。こっちに来てから何も出来てないですし、ずっとケントに頼りっぱなしで」

「とりあえず落ち着け」


 べし、と頭にチョップしてそのまま撫でる。落ち着くどころか泣き出したアオに、どうすれば良いのかオロオロしているとシュノーが冷ややかな目でこちらを見ていた。


「あー。いいか、アオ」

「うん」

「俺が好きなものが何かは知ってるよな?」

「カードと私」

「……えーと。そうだな、で、俺はここを出て色んなところを見て回ろうと思ってるんだ」


 目を赤くし、涙目でこちらをアオにどう言えば良いか少しだけ迷う。


「この世界は俺たちがいた世界よりも多分危険だ。アオは女の子だし、えーと……かわいい、し」


 自分で言ってて恥ずかしくなる。顔が熱い。アオも俯いてプルプルと震えている。


「俺に付き合わすのも申し訳ないなって。アオはアオでやりたいことあるんだろ?」


 俺が旅に出るのは言うまでもなくカードを集めるため。レアなものをカード化するには一つどころに留まるというのはどうかと思う。


「強く、なりたいです」


 肩にぽんと手を置かれる。まるで母親のような笑顔を向けてきたシュノー。これは、どう言った意味だろうか。


「ケント。アオは真剣なんだ。ここで逃げるのは良くないと思うぞ」

「アオは、付いてきたいのか?」


 頷くアオに、理解する。多分もう何を言っても無駄だ。


「死ぬかもしれない」

「わかってます」

「不便な思いをさせるかもしれない」

「我慢します」

「どうなっても知らないぞ」

「そこは守ってくださいよ」


 上目遣いでこちらを見てくるアオにどきりとする。潤んだ瞳がやけに扇情的で、思わず目を逸らしてしまう。


「……わかった。一緒に行こう」

「はい!」


 うんうんと頷いているシュノー。告白の場面を友達に見られていたかのような気まずさがこちらにはあるが、シュノーにはないらしい。


「それで、式はいつ挙げるのだ?」

「いや、何言ってるんだ?」

「随分と婉曲だったが、今のは愛の告白だろう。羨ましい限りだ。くっ、爆発してしまえ」


 そう言ってはいるが、シュノー自身美人であるし、あれだけ団員に慕われているとなると、性格も良いのだろう。それに加えて騎士団長となれば良縁などいくらでもありそうなものなんだけど。


「あったらここまで苦労していない!」


 更に心を読む能力まである。


「読んでないッ!」

「いや読んでるだろ」

「ケントがわかりやすいだけだ。はぁ、全く」


 小さくため息を吐くと、シュノーは机に片腕を置いた。

 そして何か言おうとしたその時。


「団長! 大変です!」

「何があった?」

「夜光の花とイミシアが消えました……!」

「何だとッ!」


 落ち着きかけた空気は一瞬で霧散する。

 ビリビリと針で刺されるかのような怒気。

 立ち上がったシュノーは報告に来た騎士に鋭い視線を向ける。


「落ち着いた方が良いんじゃないか。シュノーが焦ったら余計状況が悪くなるような」

「それはケントが部外者だから……すまない、失言だ。この非礼は後で」

「気にするな。落ち着いたなら、それで良い」


 息をすぅっと吸い込むと、シュノーは兵の方へ向き直り思案顔で尋ねる。


「発覚した時刻と現場の状況は?」

「は! 報告は十分ほど前。犯行は早くとも一時間前です」


 一時間前となるとほとんど俺たちがこちらに来てから時間が経っていない。俺たちが帰った時には侵入を許していたというのが自然だろう。


「状況ですが錬金術師の部屋は第二部隊が見張っていましたが、全員が眠り薬で眠らされており、錬金術師は背後から殴打、命に別状はありません。隊員に話を聞くと、イミシアがトイレに行き、五分ほど後から記憶がないとのことです」

「当然、その話は個別に聞いたのだろうな?」

「勿論です!」


 シュノーが唸る。

 ただでさえ時間がないというのに花が持ち去られた。詰みと言っていい。犯人はわからないが、この状況ではイミシアが怪しいと考えられる。

 もっともそんなに単純な話なはずはないだろうし、イミシアに罪を押し付けようとしていると考えるのも妥当だろう。


 それにしても。


「気に食わないな」

「ケント?」


 きっと花自体は既に処分されているはずだ。その場から持ち出したのは発覚を遅らせたり、処分を確実とするためであったりするのだろう。


 なぜ領主を狙うのかはわからない。

 ただ、折角少なくないポイントを使用して夜光の花を購入したのだ。まだレア度6がどの程度希少なものかはわかっていないが、練度が高いと思われる騎士団を投入して手に入りづらいとなると、そこそこ希少と思われる。それを善意で渡したというのに、その結果がこれだと言うならば。


「シュノー、話がある」

「それは内密の話か?」

「もちろんだ」


 いや、理由を後付けするのはやめよう。これはそんな複雑なものじゃない。


「ケント、怒ってるんです?」

「あぁ」


 そうだ。これはただそれだけのこと。自分でも子供っぽいと思うが、俺はこれを許したくはない。


 ならばやることは簡単だ。


「ちょっとその錬金術師に届けものがある」

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