第9話:報酬
「怪我人は医務室に運べ。悪いが今日明日は泊まりになると思っていてくれ。考えたくはないが、今回の件が不都合な者もいるだろう」
「然るべき場所にて皆、待機せよ」
「ハッ!」
持ち帰った物資や怪我人の扱いなど、今後の指示をサンドラさんがテキパキと出して行く。
「では副団長。私は薬師のところにアレを持っていく。その後はエリノア様の護衛に付く。ケント殿とアオノ殿は私と一緒にいてほしい」
「それは流石に……いえ、信じましょう」
サンドラさんは主君が危険だとでも思ったのか、口を噤むも、ゆっくりと首を縦に振る。
「そも。彼がもう一度あの巨人を召喚したならば少なくとも私に打つ手はない。組合にいるA級パーティでも呼んで来なければならなくなる」
「あはは、心配しなくてもケントはそんなことしませんよー。多分ですけど」
どうして多分と付けたのかはわからないが、その言葉で何人かの騎士の顔が引きつったのが見えた。
余計なことを、とアオの背中を軽く叩くと、あいたっとなぜか嬉しそうに言うのだった。
「その。貴殿達は本当に恋人同士ではないのか?」
「出会ってまだ二日目ですよ、そんなはずは」
「いやー、私はケント、良いと思うんですけどね」
ニヘラっと笑うアオがどこまで本気かわからない。まぁ多分からかわれているだけなので放置しよう。
顔を赤くしているサンドラさんも放置だ。
「それでは行きましょう」
「それじゃあ探検ですねー。はりきっていきましょー!」
指を絡めてくるアオに小さくため息を吐くと、されるがままに手を繋いだ。
「む。アオノ殿がいなければ個人的にケント殿を食事にでも誘おうと思っていたが。これは付け入る隙はなさそうだ」
「ケントは誰のものでもないから気にしなくて良いと思いますよ。少なくとも今は、ね」
アオの顔は俺からは見えなかったが、何やら考え込むような表情をシュノーさんはしていた。
「というか、シュノーさんって独り身なんです?」
「独り身……何だかそう言われると辛いな。しかし否定はできない。私もそろそろ伴侶が欲しいとは思っているのだが」
どこか遠い目をしているシュノーさんに、俺はふと気付いたことがある。
「口調、今気づいたんですけど、そっちの方が合ってますね」
「ん? あ、あ!」
「おぉ、確かにです。そっちの方が、可愛い気が」
「……失礼致しました。お忘れください」
何が恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にするシュノーに揶揄うような視線を向けるアオ。
「素で良いと思うのです。敬語堅苦しいですし、シュノーさんにはそっちの方が良いと思いますよー」
「あー、自分もですね。さっきの方が話しやすいです」
「アオノ殿はともかく。ケント殿は私と同じではありませんか。そちらが改めるならば、いや……」
こっちの世界の身分制度がどうなってるかはわからないが、シュノーさんはお偉い人みたいだし、アオのような風にするには少し勇気がいる。
「ケント、折角良いって言ってるんですし、その慣れない敬語崩せばどうです?」
「不敬だ、とかいって牢屋にぶち込んだりしないですよね?」
「ケント殿は私を何だと思っているのです? 少しは信用してほしいものですね」
「あーうん。りょーかい。で、こっちは普段通りにするからシュノーさんもいつも通りで頼むわ」
そのような言葉を向けられたことがないのか、シュノーさんは一瞬ぽかんと口を開けた後、少し眉をひそめる。
「わかった。それとシュノーで良い。アオノ殿はもっと気安く呼んでいるだろう」
「あ、じゃあ私もアオで良いですよ。シュノーさんだけ特別です」
「ふむ。だが、そうなるとアオもシュノーと呼ぶべきだろう」
「おー、何だか友達みたいですねー。もしかして友達一人目ですかね」
そう言いながらチラチラとこちらを見てくるアオから目を逸らし、シュノーの方を見た。
「じゃあシュノーで。ところでこのえっと詰所? 練兵場? って広すぎないか。もう10分くらい歩いた気が」
「当然だ。この街は辺境にある。領主擁する兵が弱いとあってはならない。王を守護する騎士も精強と名高いが、我々もそれに劣らぬ強さが必要だ。そのための施設が簡素となるはずもあるまい」
「それにしても広いような気がしますがねー。で、目的地までは後どのくらいです?」
「そんなに焦るな。もう着いた。が、一応機密なのでな。二人は入れることができん。少しだけ待っててくれ」
それも当然か、と納得する。中に入ったシュノーがすぐに出てくる。
目的は達成できたらしい。
「連れ回して悪いがこっちだ」
そうしてシュノーが案内してくれた先は、騎士団の食堂のようなところだった。
待つように告げられた俺たちは、そこから見える訓練をぼーっと眺めていた。時折横から、はー、やら、ほーん、などと言った言葉が聞こえる。
「アレ、私できそうですね」
「剣か?」
「んー、全部? 多分あの騎士と同じ動きはできますね」
「面白い事を言っているな。確かにあいつは普通の騎士だが、我が領の騎士だ。弱くはないぞ」
「出来ると思うんですけどね」
不満そうに呟いたアオの前に重そうな袋がガチャリと置かれる。
「これは?」
「夜光の花の代金だ。適正価格がイマイチわからなかったが、過去の取引と需要を考慮して色を付けさせて貰っている」
「街まで送ってもらったと思うけど」
「あのなぁ。無欲なのはわかったが、ケントは一文無しだろう。金はあって損はない。私は夜光の花があれば売ってくれと言ったのだ。正当な対価に過ぎない」
確かに。それもそうかと思った俺は有難く受け取る事にした。
とりあえず半分に分けて、半分をアオに渡す。
「カード化」
中に入っていた金貨を三枚抜くと、残りをカード化する。
名前:レヴィノア王国金貨が詰まった袋
レア:3
分類:アイテム
説明:レヴィノア王国金貨が詰まった袋。枚数にして47。
CP:51000(現在レート)
「私こんなに貰えないですよ。何もしてないですし」
「といってもさっきシュノーも言ってたけど金はいると思う。ここからは別行動だし、俺は半分もあれば困らないから」
そう言った俺に、まずシュノーが。そしてアオがピシリと硬直するのだった。
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