第8話:帰るまでが遠征です
負傷した騎士達がある程度回復してから俺たちは街に戻るべく移動を始めた。
「そう言えば、アオさんとケントさんはご兄妹だったりするんですか?」
「違いますね」
「なるほど。こちらでは黒髪は珍しいのでついそうなのかと。仲も非常によろしいようですし」
少し悪戯っぽく笑うシュノーさんを団長が叩く。
「団長、あまり詮索はよろしくないですよ」
「私たちってそんな風に見えてるんですか?」
コテンと首を傾げてみせるアオに副団長が少し言い淀む。
「そう、ですね。団長は兄妹と言いましたが、私は夫婦か恋人かと……」
「おおー。なるほどです」
ゴホンと咳払いをして顔を赤くするサンドラ副団長。良い人そうであるし、見た目もとんでもないイケメン。であるのに浮いた話がなさそうなのは中々に意外であった。
「そ、それより体調は大丈夫ですか? 森はもうすぐ抜けますし、一度休憩を取っても構わないと考えているのですが」
「あぁ、お気遣いなく。騎士団の方々が休憩なさるなら一緒に休ませていただきますが」
「見た目とはこうも当てにならないものか。皆はまだ大丈夫か?」
サンドラさんの声に、返ってくる反応は休憩よりも早く帰りたいとの声ばかり。
「ははっ。すいませんケント殿、アオノ殿。皆、家が待ち遠しいようで……」
「わかりました。では先を急ぎましょう」
コクコクと横で頷くシュノーさんに、副団長も苦労しているんだろうな、と考える。それが伝わったのか、苦笑いをすると、表情を引き締める。
「いいか、警戒を怠るな。気を抜いたならその代償は命で支払うことになると知れ!」
一同が気を引き締めると、音を立てないように森の外を目指して歩いていく。
その後は何にも襲われることなく、あっさりと森を抜けるのだった。
「おぉー!」
森を抜けた先は平原。背の低い草がそよそよと風に揺られ、視界の遥か向こうにぽつりと建造物らしいものが見える。
アオが目を丸くして、興味深そうにキョロキョロとする。
後ろを見ると騎士達がホッとした表情を浮かべている。やはり森の中が余程堪えたらしい。
「やった……やったぞ!」
「森から、帰れた……?」
「うおぉおおおおお!!」
男達で抱き合う光景に、俺とアオはどうしてこんなに喜んでいるのかと疑問に思う。
「この森は帰らずの森とも呼ばれています。ここに入って無事に帰還出来たものはあまりに少ない。私たちは死ぬつもりでこの森に入ったのですよ」
「そうまでして、夜光の花を?」
「えぇ。エリノア様のためならばこの命、惜しくはない」
狂信的とすら思えるその忠誠。だが、当のサンドラさんはどこか誇らしげであり、これほど慕われるというのは素晴らしい人なのだろうと納得する。
「それで、あれがアッカードですか?」
「ええ。ここからだと豆粒のように小さくしか見えませんが、その大きさは王国でも有数。王都に次ぐとも言われています」
サンドラさんが解説してくれている傍で、シュノー団長はというと、後方で感極まって泣いている男の騎士の背を叩いていた。もう一度盛り上がろうとしているところをサンドラさんはというと仕方ないとでも言うかのような視線を向けていた。
「全く。貴方が騒いではダメでしょうに」
そう言いつつもどこか嬉しそうなのは気のせいではないだろう。領主様もそうだが、シュノー団長も騎士団の中慕われているのが見て取れる。
「皆さん。嬉しいのはわかりますが、まだですよ。帰るまでが遠征です」
まるで遠足に子供を連れて行く教師のようなことを言うと、サンドラさんはというとカシャカシャと音を立てながら進んでいく。
切り替えの早さはさすがというべきか、その後ろを騎士達が付いて行く。
門が見えてきた頃、アオが不安そうに手を伸ばす。ギュッとそれを握り返し、そのまま歩を進める。やがて俺たちは門の前までたどり着いた。
「お勤めお疲れ様です! それで目的のものは入手できたのでしょうか!」
「無事に。しかし我が団だけでは成し得なかった。この二人、ケント殿とアオノ殿の尽力あってこそだ」
「おぉ! ありがとうございます!」
「通って良いんですか?」
ズラリと並んだ人やら馬車やらを追い抜いてきたためか、本当に良いのか不安になる。
「もちろんです。彼等は訳あって身分の証明が出来ない。しかし、私が彼等の保証をしよう」
「は! かしこまりました! シュノー様が保証してくださるならば何も問題ございません、どうぞお通りください」
シュノーさんと門番に礼を言うと、俺たちは巨大な門をくぐる。
辺境の街アッカード。その街は城塞といったほうがしっくりくる出で立ちで。魔物や戦争に備えて作られていることが伝わってくる。
「うわぁ、街ですよ! 初めての街です!」
「ふふっ。喜んでもらえて私も嬉しいです」
「あぁ、本当に助かったよ」
「それはこちらの台詞です。何はともあれ、ケント殿、アオ殿」
ピタリとシュノーさんは立ち止まると俺たちの方に向き直る。ニッコリと笑みを浮かべると礼をしてみせる。
「アルドロン辺境伯領最大の街、アッカードへようこそ。私たちは貴方達二人を歓迎いたします」
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