第7話:現地人と夜光の花

 さて、どうしたものか。


 どう見ても危機的状況だったから千年原始人を召喚したが、あちらの様子を見る限り随分怯えられてしまっているらしい。

 しかし、対話をしないというわけにはいかないだろう。それを目的にここまで来たのだから。


「あー、ええと。言葉は通じてますか?」

「ん、あぁ。とても流暢だと思う。それより……」


 何か不味いことをしたのだろうか。脳裏に浮かぶそれは、すぐさま否定される。


「ご助力感謝する! 誠に情けないことだが、貴殿の助けがなければ我が団は大きな損失を受けたことだろう」

「あ、あぁいや」


 そしてつい癖で謙遜しそうになるが、あまりこういう場で謙遜するのもあまり良くないような気がする。大したことはないなんて言おうものなら、相手を侮ることに繋がるだろう。


「……そうですね。助けられて本当に良かったです」

「私はアルドロン辺境伯第二騎士団長のシュノー・ウル・レンブラントという者です」

「どうもご丁寧に。私は三浦賢人、いや……ケント・ミウラか。ケントとお呼びください。で、こっちが」

「アオノ・オノです。アオノが名前です」


 自己紹介が終わると、こちらの顔色を伺うようにシュノーが口を開く。


「それでケント殿。謝礼の件なのですが」

「あぁ、それは良いです」


 すごく低姿勢なシュノーは、俺の言葉に不思議そうな表情をする。


「……失敬。言葉の意味がわからないのですが」

「謝礼というと、物とかお金とかですよね。それがほしくてしたことじゃないですから」


 ますます変な生き物を見るような目で見てくる彼女達。どうしたものかと考えていると、アオがトントンとこちらの背中を叩く。


「ケント、道案内をお願いすれば良いのでは?」

「あぁ、確かに」

「道案内、ですか?」

「自分たち、実は遭難してまして……ええと、街の方まで誰かが付いてきてくれると助かるなぁって」


 顎に手を当て悩むようなシュノーに、やっぱりダメかと思ったその時。


「ふむ、了承しました。身元の確認だけよろしいでしょうか」

「ええと、身分証はその……無くしてしまいまして」

「詳しく聞かせて頂きたい。なぜ、嘘をつく必要があるのか、ということを特に」


 シュノーの眉がピクリと動く。なぜ、バレたのか。


「不思議そうですね。私は嘘看破というスキルを有しております。疚しいことがなければ答えられると思いますが」


 俺とアオは顔を見合わせて小さく溜息を吐いた。


「シュノーさんは異世界人って信じます?」

「まぁ、そうですね。ごく稀にそういった人も現れますね。で、君たちがそうだと?」

「はい」

「団長? まさか本当に?」

「嘘ではない、か。今日は驚くことが多い」


 ザワザワと騒ぎだす彼らを副団長が静粛に、と一喝する。


「隠そうとしたのはどういった理由で?」

「目立つのは嫌いな性分でして。身の安全が確保されるまでは知られないようにしようアオと話していたんです」

「いやー、こうなるとお手上げですねー」


 クスクスと笑うアオ。いや、全く、どうすれば良いのか。


「わかりました。街までご案内致します」

「ええと、こっちから言っておいてなんですが、良いんですか?」

「……正直なところ良くはありません。身元不明の者を街に入れるのはリスクがあります」


 随分と正直な物言いに、思わず笑ってしまう。ここまで開けっぴろげだと逆に裏がないか考えてしまいそうだ。


「あはは、そこまではっきり言われるとは」

「ですが貴方方は恩人だ。ここで捨て置いたとなると私たちの主君が侮られることにもなりかねないのです。主君には貴方方の素性を伝える気はありませんが」

「んー、どうして?」

「貴方方がそれを望んでいないと言ったではありませんか。もちろん問題が起こればその限りではありませんが、その心配はないでしょう。まだ出会って僅かですが、二人の人間性は十分に信用できると私は思います」


 どういうわけか非常に高く買ってくれているらしいがその根拠は不明。疑心暗鬼も良くないが、美味しい話はそうそう無いもの。向こうはあぁ言ってくれているが警戒を緩めるのは話が別だ。


「そう言って頂けると嬉しいですね」


「団長、街への帰還はもしや総員で、ですか?」

「そうだ。これ以上となると悪戯に兵を失うだけ。撤退に変わりはない。こうなった以上仕切り直すしかない」


 ふと、なぜこの人たちがこの森に来たのか気になった。俺からすると三首狼と双頭狼の違いはそれほどわからない。もちろん三首狼の方が強いのだろうが、群れを作る双頭狼も厄介だ。俺が遭遇したのはその二種類と二足歩行の花だけ。花がどれほど強いのかは知らないが、まぁ多分弱くはない。

 そう考えると、この騎士団はここに来るには少しばかり練度が足りてないような気がしてならない。


「そういえばケントさん、こういったものをお持ちではありませんか? もしお持ちなら買い取らせて頂きたいのですが」


 シュノーは一枚の紙を懐から取り出すと、俺に見せる。


「夜光の花?」

「私たちはこれを探してこの森に入ったのですが。その様子だと……」

「これって、あの花?」



 首を傾げるアオ。特徴はあの歩き回っていた花である。あんな危険そうなものをなぜ求めているのかと疑問に思ったが、事情があるのだろう。多分。


「どこで咲いていたのです?!」

「いや、咲いていたというか……」

「歩き回ってました、ね」

「それは育ちすぎた夜光の花、ですね。歩いていない花は見ていないですか?」


 首を横に振る俺たちに、落胆を隠せないシュノー。俺は本で購入出来るか確認する。


 名前:夜光の花

 レア度:6

 分類:アイテム

 説明:魔素濃度が非常に高い場所で夜のみ花を開く。育ちすぎると徘徊し、常に花が開いた状態となる。その状態の花は魔物ですら容易に食い殺し、更にその身体を肥大させる。

 抽出液には強力な覚醒作用があり、微睡病の薬の材料となる。育ちすぎた花には薬効はないが、代わりに武器や防具の素材になる。


 必要CP:500000



 想像を超える植物だったことに、何も言いたくなくなったが、一先ずあの花を追いかけなくて済むということに安心した。



「……三首狼はこちらで頂いても?」

「あ、あぁ。それは貴殿が倒したのですから当然です」


 許可を得たところで三首狼のところに近寄る。


「カード化」


 名前:三首狼の死体

 レア度:7

 分類:アイテム

 説明:三首狼の死体。鮮度良。

 CP:800000



「ところでシュノーさん。その夜光の花は何に使うんですか?」

「それは……」

「ケント?」

「我が主君が病で臥せっておりまして。あと数日保つかどうか、といったところなのです……」

「団長ッ!」


 聞いてはいけないことだったのかもしれない。副団長と呼ばれていた男が声を荒げる。

 だが、そういった理由なら、渡しても良いと思った。


「変換。指定購入、夜光の花」


 本が光に包まれて、俺の右手に夜光の花が現れる。かなりのポイントを失ったが、人命と比べれば安いものだと思わなくもない。


「これは?」

「差し上げます、その代わり街まで案内お願いしますね」


 夜光の花のカードをシュノーが受け取ると、ボンッという音とともに、夜光の花へと変わる。


「まさか……これは……」

「夜光の、花」


 誰かが呟き、上がりそうになった歓声を副団長が押し留める。


「馬鹿ですか貴方達は。ここは依然として魔物の巣窟。気を引き締めなさい」


 ポロポロと涙を零すシュノーは俺たちの方に向き直ると、敬礼する。


「我が命に代えましてもケント殿とアオノ殿を街までお連れ致します!」


 大袈裟だなぁと苦笑する俺の横でアオが俺の方を見ながら微笑んでいた。

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