第6話:圧倒する巨人
アルドロン大森林。
アルドロン辺境伯領にある最大の森にして、有数の危険地帯。数十キロに渡って形成されるこの森には多数の危険な魔物が生息しており、領民は当然、一攫千金を目論む冒険者すらも入ろうとしない。
帰らずの森と呼ばれるこの森があるおかげで、森の奥の公国から攻め込まれないという側面もある。
「クッ! 負傷者は後方へ。戦えるものは陣を形成しろ!」
森に入って僅か数時間。求めるものは手に入らず。損耗率はとっくに三割を超えている。
それを為したのは目の前の怪物、
討伐難易度A級の災害指定されている魔物。我が隊が如何に精鋭であろうと相手が悪い。悪すぎる。
「ぐああッ!」
「ディーンんッ!!」
辛うじて死者は出ていないが、放っておけば死ぬ者も出ている。
「団長、もう無理です! これ以上持ちません!」
このままだと間違いなく全滅する。しかし、何人かが残れば恐らく撤退したものは生き長らえるだろう。
脳裏に浮かぶ姿。
「エリノア様……」
病床に臥せった主君の姿が消えていく。ここで団を潰すわけにはいかない。
「撤退、撤退だ! サンドラ副団長、後の指揮は任せる。イミシア、殿を頼んでも……良いか?」
「……わかりました。精々この犬っころに人様の維持を見せてやりましょう!」
まだ18になったばかりのイミシアに頼むのは申し訳ない。私は彼女に死を命じた。だが三首狼相手に持ち堪えられるのは私と副団長、そしてイミシアくらいだ。
「全員、シュノー団長とイミシアに敬礼。さぁ、行くぞ。振り返るな撤退……?」
「あれは……一般人?」
目に映ったのは手を繋いだ黒髪の二人組。防具の類は身につけておらず、この場に現れるには酷く場違い。
「ケント、やばそうだよ?!」
「だな」
言葉とは裏腹に緊張のカケラも無さそうな二人に私は叫ぶ。
「そこの二人、逃げろ!」
男の方が一瞬困ったような表情をしたかと思えば、いつのまにか左手に持っている本から何かを抜いた。
「
あの男は召喚士だというのか。だが、召喚士にこの現状が解決出来るはずがない。
そう思った次の瞬間、私の目の前には巨人が姿を現していた。
「
アレはそんな生易しいものではない。
ニタリと笑う巨人に男もニヤリと笑いかけると親指を立てる。巨人もそれに応じるかのように左の親指を立てると、右手を背中に回し、巨大な斧を手に取った。
「オオオオオオオオオッッッ!!」
咆哮。先ほどまで死の気配を撒き散らしていた三首狼にその余裕はなく、唸り声を上げてその一撃をギリギリで回避する。
「グペェッ」
飛びかかる三首狼に、その巨木と見紛うかのような足を横薙ぎに振るう。それだけの動作。それだけで三首狼の首をまとめて薙ぎ払い、木にその身体を叩きつける。
「凄い……」
イミシアがポツリと呟いた。
ガクガクと震える三首狼目掛けて、ニタリと巨人は笑うと斧を振りかぶる。
その巨体からは信じられないほどの速度で巨人は接近し、振り下ろす。為す術もなく三首狼はその斧を受け入れ、血と首が宙を舞った。
死んだ。私たちをあれ程苦しめた三首狼がいとも容易く屠られた。その現実に、撤退するはずだった団員はポカンと口を開けその場に残っている。
時が止まったかのような私たちだが、巨人が動き出したことで、事態が動きだす。
巨人はこちらを一瞥し、男の方へ向く。男は首を横に振ると、巨人は男の元へと歩いて戻る。
「ありがとう」
その言葉の直後に巨人はその姿が嘘のようにカードに変わり、男は大切そうにそれを本に仕舞うのだった。
「だ、団長……?」
「信じられん……」
イミシアが地面に崩れ落ちる。避けられない筈の死が回避された。生き残った。
場に残されたのは、私たち騎士団と思案顔の男。そしてそれに寄り添う少女のみ。
対応に悩む私に男がおずおずと近づいてくる。
さて、どうしたものか。
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