平成の30年間

山田貴文

第1話

「結局、この三十年はオカルトに毒された三十年だったんじゃないかと思うんだ」

「オカルト?」

「そう。およそ科学的とは思えない無茶苦茶な考え方で国民みずからの手足を縛ってしまった。頭の中でこねくり回した理念や理屈が国民を不幸に導いたんだ」

「たとえば?」

「企業で言えば『能力主義』とか『成果主義』というやつ。仕事ができるやつには高い報酬で報いましょう。できないやつは去れというあれだ。平成の頭ごろから本格的に導入された」

「非科学的なのかな?」

「仕事の成果を客観的に判断できる基準ってないよな?たとえば一番わかりやすい営業という職種を取ってみても、どんな商品を扱っていて、どのお客を担当しているかで七、八割は決まってしまう。個人の能力が発揮できる割合はわずかだ。おまえは経験者だからわかるだろ?」

「確かに」

「また、どのぐらい達成できたら、どんな報酬で報いるかという公明正大なルールも存在しない。目標とかノルマ、そして報酬ルールは会社が好き勝手に設定できるんだぜ。能力主義を評価する連中、なぜ自分だけはいい思いができると思うんだろうな?会社の胸先三寸なのに」

「自信家なんだね」

「日本型経営と呼ばれる『終身雇用』、『年功序列型賃金』にはいろいろ問題はある。だけど少なくても、企業側の勝手な理由では解雇できない、原則入社年次と共に昇給させるという絶対的なルールがあった。これが全盛期だった平成の頭より国民の給与所得が増えていない以上、『能力主義』の方が優れた制度とは言えないだろう」

「まあ大筋では」

「国家レベルでも狂っているぜ。平成元年に導入された消費税。あれがいかに国民の足を引っ張ってきたか」

「財務省は安定した財源を確保したいからとか言っているわな」

「阿呆か。税収がたくさん上がるように景気を良くする施策を打つのが日本国政府の仕事じゃないか。飢饉の時でも同じ額の税金取り立てるって、悪代官以下だぞ。それ水戸黄門に成敗されるやつ。竈の煙が上がらないのを見て徴税止めた仁徳天皇を見習えってんだ」

「まあ財政健全化のためには」

「それがオカルトだって言っているんだ。国の借金何百兆円って、何だあれ。日本は世界最大の債権国だぞ。あえて言えば日本国政府の借金だけど、借りている先が同じ国内、身内の日本銀行じゃないか。右ポケットから左ポケットに変えているようなもんだ。この議論では日本国の資産を全く無視しているし、何より家計とか企業会計と絶対一緒にしてはいけない理由がある」

「と言うと?」

「この『借金』は全部日本円なんだよ。日本国は外国からほとんど借金をしていない。ということは自分で紙幣を刷ればそれで終わりじゃないか。普通の国民や企業がやったら偽札作りで犯罪だけど、国はできるんだよ。いくらでも刷れる」

「そんなことしたらハイパーインフレに」

「いくらでもは語弊があるな。ただ少なくとも国債の金利が上がるまでは刷って全然構わない。今は世界最低金利だから相当な金額分を刷れることは間違いない。だから、増税を重ねて国民を苦しめる意味がわからないんだ」

「なるほどね」

「さらに言えば、国家は国債を刷り、借金することで社会的インフラや教育、福祉、国防などに投資していく存在なんだ。だから『借金』は永久になくならない。単年度の税収ですべてをまかなうことはできない。これはどの国でも同じ。そうじゃないと数十年間に渡る長期的な事業計画なんかできないだろ?ただ、その借金を外国からしているか、同じ国内でしているかで状況は大きく違う。日本は後者なので全く問題ない」

「そういうものか」

「エネルギー問題だって理不尽の極みだぞ。たとえば原発事故。あれは原子力発電というシステムの障害ではなくて、千年に一度の津波による被害じゃないか。だったらあれより強力な津波に耐えられる防災措置を取りましょうというのが筋だ。対策を取った原子力発電所から順次稼働を再開すべき」

「そうだね」

「それを難癖つけて、なかなか原子力発電所の稼働を認めない。まさに原発怖いのオカルトだ。おかげで毎年数兆円の燃料費が海外に流出。電力代は高騰して企業や家計を苦しめている。一方で非力かつ電力の安定供給に著しく問題がある太陽光発電をあっちこっちに作って自然破壊しまくっているじゃないか。しかも、あれは地震や台風に対して極めて脆弱。ニュースでぶっ壊れているところ何回も見たよな?この国はいったい何がやりたいんだ?」

「何だか、暗澹とした気分になってきたな。平成は絶望の三十年だったのか?」

「そうとばかりは言えない。さんざん文句言ったけどな。いいことだって、たくさんあった」

「今さらって感じもするけど、聞こうか」

「企業で言えば『パワハラ』、『セクハラ』、『ブラック企業』という言葉ができた。こういうのがおかしい、間違っているということが社会的コンセンサスになったんだ。平成の頭ごろは上司が部下をいくら怒鳴りつけようが、有給休暇の申請を却下しようか、はたまた残業代を踏み倒そうが、ほとんど問題になることがなかった。会社で堂々と雑誌のヌードグラビア見ているオヤジも珍しくなかった。いくら収入が伸びなかったと言っても、おれは三十年前のあの社会に戻りたいと思わないな。あんな殺伐とした空間に」

「あっ、思い出してきた」

「あと、三十年前には嫌煙とか分煙って言葉はほとんど見なかった。だからオフィスでは皆がそこら中で煙草を吸っていて、煙がもうもうと立ちこめていた。特に吸わない女性は大変だったと思うよ。服に臭いついちゃって」

「おまえは吸わないからな」

「吸っていても嫌じゃないかな?喫煙者がガス室みたいだとか言って新幹線の喫煙車を嫌がるのと同じで。自分が吐く煙以外は嫌らしいからね。俺は確かに煙草吸わないし、煙草の煙も好きじゃない。だけど、ルールを守るのなら税金たくさん納めてくれるんだし、吸わせてあげなさいと思う」

「ありがとう」

「何で俺にお礼言うんだよ?ちゃんと決められたところで吸ってくれという話だ。あと、この三十年に関しては、やはりインターネットの発達がでかいな」

「それはまさにこの時代だね」

「三十年前にネットがなかった時代。国民世論は新聞、テレビなどの論調に大きく左右されてきた。彼らが思うままに誘導されてきたんだ。それが今はどうだ?あれだけ毎日マスコミに叩かれている首相が何回も選挙で勝ち続けているじゃないか。ほとんど影響力を消失している」

「人と違ったことを言って炎上するとか、いろいろ問題もあるけどね」

「もちろん。ネットのおかげで皆が賢くなったというわけじゃない。ただ、それまでよりも平等に情報へアクセスできるようになった。つまり考える材料をちゃんともらえるようになったわけだ。どう使うかは人それぞれ、自分次第だね」

「結局、この平成という時代はどう総括すればよいのだ?」

「バブル経済は消えた。ひょっとしたら、平成が始まる前より国民は貧しくなってしまったかもしれない。でもその一方で、それまでの悪いところもいろいろ是正できた。道半ばとは言え、二度の大震災をはじめとする数々の天災から立派に復興しつつあることは誇っていいと思う。悪いこと、いいことひっくるめてプラマイゼロ、つまり平らに成ったと考えてはどうだろう?」

「まさに平成だね」

「少なくともマイナスではない。いろいろ試行錯誤はあったけど、俺たちは頑張ってきたんだ。今もこの国でしっかり生きているじゃないか。これがマイナスであるわけがない。俺たちはやれる。勇気を持って次の元号、次の時代に立ち向かおうじゃないか」

「よし。がんばろう」

「でも、そのためには成果主義と消費税とエネルギー問題を何とかしないとだな」

「また始める気か?」

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平成の30年間 山田貴文 @Moonlightsy358

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