第3話海賊団にさらわれた
「確か帆船があるのはあっちの方向で間違いありませんか?」
潮風の香り高い港町フォーニーの大通りを歩きながら、イブシェードはラインバルトに尋ねた。
「あ、あぁ……間違いないぞ」
状況が未だ飲み込めないラインバルトは頭を掻きながら返した。
「どうしてフォーニーの港に入港させなかったのですか?」
「見た目が幽霊船みたいにボロボロでな……勘違いされて攻撃されちゃ敵わない」
イブシェードの疑問に何とか答えるラインバルト。
「……確かにボロボロの船だと幽霊船に見えますから仕方ないですよね。どれだけの具合かはまだ分からないですが……査定して見積りしたら船大工仲間に渡して診て貰いますね。場合によっては新しく造り替えも検討して――」
「なぁ兄ちゃん。あんた何で助けてくれたんだ?」
ラインバルトは立ち止まり、イブシェードに尋ねた。
「何で、とは……?」
不思議そうに振り返るイブシェード。好青年然とした見た目だがどことなく凄みのある双眸で、まるで満月に吠える孤高の一匹狼みたいな空気を醸し出している。
「だ、だってよ……こんな金にならない事普通はやりたがらないだろ?」
その様子に気後れしたラインバルトが問いかける。
「何を仰っているのですか? 人助けは良いものじゃないですか」
……しかし本人は至って自然な人好きのする好青年の笑顔で答えてくれた。
「あ、あぁ……それならありがたい……」
むず痒そうに頭を掻いて、目線を逸らしながら返すラインバルトに、
「……それに。貴方はあのユウキさんが折れたぐらいの相手ですからね。何かしらの光るものを自分も感じたのですよ」
イブシェードは煙草を口から離して、空に向かって煙を吐きながら答えた。
「ユウキさん……ってなあのオニヘビのあんちゃんの名前か?」
ラインバルトの質問に、
「えぇ。そうですよ」
イブシェードは微笑みながら再度、煙草を咥える。
「何か、疑問でもありましたか?」
「あぁいやいや……オニヘビの奴らの名前なんて初めて聞いたもんでよ……」
頭を掻きながらしどろもどろに返すラインバルト。
「確かに。彼らはあまり自分の名前を名乗らないですからね。
ユウキさんはオニヘビ種族の中では行商を生業にしていないので、名乗る機会が多いのですよ」
そんなラインバルトに、イブシェードは微笑みながら返した。
「そ、そうだったのかい……」
「まぁ彼の名前はさておき、素人見積りでも査定して船大工達に報告しないといけませんからね。早く向かいましょう」
「あぁすまんな兄ちゃん」
ラインバルトとイブシェード、二人は再度歩き始めた。
やがて波止場付近に差し掛かった時、
「……ん?」
不意にイブシェードの足が止まる。
「どうした兄ちゃん?」
ラインバルトもならい、歩みを止めた。
「いえ……何故か波止場が騒がしくありませんか?」
イブシェードは双眸を鋭く細めた。
「? ……そう言やぁ何か……?」
ラインバルトも眼を細め、手のひらで影を作って水平線を見るす仕草をとる。その先には確かに色んな人々がたむろして騒いでいた。
最初は井戸端会議とか思ったが……すぐに訂正したラインバルト。何故なら空気が張り詰めて、とても苦しいからだ。
「すみません! 何か起きたのですか?!」
イブシェードは一足先に、たむろしている連中に向かって駆け出している。
「お、おい兄ちゃん!」
ラインバルトも慌てて駆け寄った。
「あぁ……イブシェードさんか……。聞いてくれよ」
イブシェードに対して話しかける青年は、戦士とは違う屈強さを持っていた。察するに船乗り――それも外洋航海の――なんだろう。長旅で中々港町に帰らないのに顔を覚えられているとか……この兄ちゃんは相当顔が広いなと、ラインバルトは改めて感心した。
……って今は感心している場合じゃない。ラインバルトはイブシェードと一緒に船乗り達の話に耳を傾けた。
「実はよォ……海賊の連中が人をさらって行ったんだ……!」
「何だって?!」
イブシェードの狼みたいに強い眼差しに、炎が灯る。
「海賊……。奴らの名前は? そしてさらわれた人の特徴は覚えていますか?」
少し早口になったイブシェードが、船乗りの一人に問いかけた。
「あぁ……さらわれた女の子は覚えているよ……。珍しい事に船乗りの仲間を探していたみたいでな……俺らを勧誘したり船に乗せてくれってせがんでいたからな……」
「女の子とは酷いですね……! しかし船乗りになりたいとは珍しい……」
特徴を聞いて考え込むイブシェード。
(……お、おい。それってまさか……!)
そしてそれを聞いて。ラインバルトの全身の血の気が引いた。
「な、なぁ船乗りさんよ!」
「うわぁ! 何だあんた?!」
いきなり肩を掴むラインバルトに大慌ての船乗りさん。
「その女の子ってむちゃくちゃ綺麗な長い黒髪でちょっとおとなしめの美少女ちゃんじゃ無かったか?!」
思い切り揺さぶるラインバルト。
「あんた良く知ってんな……! あ、あぁそうだよ!! えらい事別嬪さんな女の子でな! 品が良くてどうみても船乗りには見えない女の子だったよっっ!!」
彼の気迫に圧されてか、船乗りは彼女の特徴をずらずらと語る。
「……ハルカちゃんだ」
そのまま崩れ落ちるラインバルト。
「ラインバルトさん……まさか……!」
「そのまさかだよちくしょう!! ハルカちゃんはおれが助けたかった船乗りだよっっ!!」
地面を叩き、指先で地べたを掻きむしるラインバルト。まさか目を離した隙にさらわれるとは……悔しい気持ちが心を完全に支配したのだった。
◇◇◇
……話が遡ること数時間前。
「はぁ……」
時折ため息を混じえた生気の無い顔で、ハルカは港町フォーニーの大通りをのろのろと歩いていた。彼女が生気の無い顔なのは船乗り仲間が見つからないから……だけではない。何故なら見つからない理由は今日、身を持って知ったのだから。
――お願いします! 私を船に乗せてくれませんか?――
――なら嬢ちゃんは何が出来るんだ?――
――白魔導士ですから真水がいっぱい作れますよ! それから積み込んだ食料も長持ちさせられますし交易品が傷まないように管理も出来ます!!――
――確かに有能だが……一つ問題があるぜ?――
――? 何ですか?――
――嬢ちゃんは女の子だろ? 長い船旅で色々良からぬ事を考えそうな奴が出て来て嬢ちゃんが可哀想だからダメだ。――
――そう、ですか……――
……そんなやり取りの末、彼女はほぼ全部の船から断られていたのだった。
「……それもそうですよね。私は女性ですもんね」
とぼとぼと道を歩くハルカ。判ってはいた事だが……正直ちょっと落ち込んだ。
「……最初の船乗りさん達が珍しい方達だったのですね……。皆さん、惜しい人達でした」
くすんと涙を拭いながら、次の船を探すハルカ。しかしもう……結果は見えている気がする。
「ラインバルトさま……どうして来てくれなかったのでしょうか……?」
そう思うと……ハルカは先程のラインバルトとのやり取りを思い出してしまう。彼女はラインバルトを最初の船乗り仲間にしたかったのだが……何故か答えをはぐらかされて逃げられてしまったのだ。それがもう一つの、落ち込んでいる理由であった。
「ラインバルトさまと一緒に広い海を、旅してみたかったですね……」
とぼとぼと。肩を落としながら当ての無い道を行くハルカ。もちろん彼女だって、相手には相手の世界があって自分には自分の世界があるんだと知っている。でも少しだけ、夢を見てしまった。彼と一緒に旅するというささやかな夢を、見てしまったのだ。
「……うふふ」
今までの彼との話と時間を思い出し、ハルカははにかみながら『白蛇の一枚革ローブ』にゆっくり丁寧に指を這わせる。
「嬉しかったなぁ、『これ』褒めてもらえて」
愛しげに。彼女はローブを愛でる。その様子はまるで、彼女が彼女自身を大事にしているように見えた。
「……でももし本当の事を知られたらどうしましょうか? ……少し、怖いです……」
「にゃあ」
彼女がため息をついていたそんな時、ふと鳴き声が聞こえてきた。改めて声のした路地裏を見やると、そこには黒い子猫が一匹いた。
「猫さんですか。おいでおいで♪」
ハルカちゃん、しゃがみ込んで手を振りながら猫ちゃんを誘う。子猫はそれを見つつ、警戒心皆無な様子で鳴きながら近寄ってきた。
「うふふ、可愛い猫さんですね♪」
ハルカちゃん、子猫の頭を優しく撫でてあげる。今はこんな事している余裕は無いのだが……焦っても仕方ないし子猫と遊んでいたら気も紛れるかも。
「こんにちは、猫さん。あなたも私と一緒に船乗りしませんか? ネズミ取りの倉庫番なら大歓迎ですよ? 今ならネズミを食べ放題です♪」
ごろごろと喉を撫でてあげながら、ハルカは子猫を船乗り仲間にご勧誘。
「みゃあー♪」
……しかし当のにゃんこはそれを理解は出来ていないご様子だ。甘えた声を出しながら眸を細めているだけだからだ。
「うーん、猫さんは仕方ないですねぇ……」
足首にすり寄ってくる子猫に対し小首を傾げて、困惑するハルカ。まぁ仕方ない。だって猫は人間の言葉が判らないのだから。確かに猫を倉庫番として雇いたいのだが……いくらなんでもいきなり連れていくような乱暴はしたくない。
「まだあなたには親御さんがいそうですもんね~。それに船旅なんてよだきぃ事は嫌いですよね~」
ハルカが子猫を優しく愛でていたちょうどその時。
いきなり自分の影が大きくなったのだ。
「――!?」
慌てて振り返るハルカ。
しかしその身体に、容赦無くこん棒が振り下ろされた!
「きゃ……!」
鋭い一撃の前に、意識も刈り取られてゆく。みるみる内に瞼が落ちて闇の大波に気持ちが飲み込まれた。
「よし。気絶したな」
逆光の中で、こん棒を手にして頭にバンダナを巻いた荒くれが呟いた。
「へへへ……街中で見つけた時から狙ってた甲斐があるぜ……! 中々の上玉だもんな」
もう一人の髭面の荒くれが、気絶した彼女を布に包みながら呟いた。彼らはドーマ海賊団の構成員だ。
「よし! さっさと船長の元に連れていくぞ!!」
そのまま抱えてさらっていく二人。町民達は見て見ぬ振りをしていたのであった。
◇◇◇
「まさかハルカちゃんがさらわれるなんて……! いや、確かに美人の娘さんだからやられかねないとは思っていたが……!! ちくしょう!! 俺がついていてやれば良かったんだっっ!!」
地面を叩きながら、ラインバルトは悔恨の叫びを放つ。
「すまねぇあんた……俺達も相手があのドーマ海賊団じゃなきゃあ救いには行ったんだが……」
慰めるように喋りかける船乗り達。
「いや……仕方ねぇさ……。あの人でなし共に挑めなんか俺には言えねぇよ……」
ラインバルトはゆっくりとかぶりを振って相手の罪悪感を解す。
「しかし放ってもおけませんね……。
ラインバルトさん! 今すぐユウキさんのお店に戻りましょう!!」
イブシェードはラインバルトの肩を叩いて促す。
「どうしてだ?!」
「理由は後で話します!!」
駆け出すイブシェードに、ラインバルトも走って着いて行った。
◇◇◇
「臨時休業……? 一足遅かったみたいですね」
何でも屋の前に立ち扉に掛けられた看板を見て。イブシェードは荒い息を直しつつ嘆息した。
「なぁ兄ちゃん……どうしてオニヘビの店に……来たんだ……?」
ぜーぜーと肩で息をしながら尋ねるラインバルト。
「……このユウキさんの何でも屋は、奴隷の人身売買もやっているのですよ」
「は?! あいつら人を売っているのか!?」
ラインバルトは絶叫した。
「えぇ。彼らには彼らの理由があるのですが……今は置いておきましょう。とにかく、ユウキさんのお店はこの地域で一番の権力を持っている奴隷商売の業者ですから……ここに最初の情報が流れていると踏んだんですよ」
……ですが一足、遅かったらしいですと。イブシェードは苦々しく歯噛みした。
「せめて彼の足取りか、ドーマ海賊団のアジトでも判れば良いのですが……。
? あれは――」
イブシェードが双眸を細めた先、店の窓辺にそいつはいた。
「ぐけけ、ぐけけけけっっ!」
奇妙な鳴き声の、気色悪い烏が。
「チャムチャックボンバービングリンド? お前チャムチャックじゃないか!」
イブシェードが――多分、その烏の名前なんだろう、何か嫌な名前だが――を叫んだ。
「兄ちゃん、こいつは?」
とにかく名前は無視して、ラインバルトはイブシェードにこの烏が何なのか尋ねる。
「ユウキさんの連絡員の烏ですよ。ちょうどいい。チャムチャックならユウキさんの居場所を知っているはずだ! チャムチャック!! ユウキさんの所に案内してくれ!!」
「ぐけけけけっっ!」
イブシェードの頼みを承けて、チャムチャックは飛び立った。
「ラインバルトさん! 行きますよ!!」
再度駆け出すイブシェードに、
「ま、待ってくれ兄ちゃん!」
ラインバルトも何とか追いすがってゆくのだった。
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