第13話 どんな白が好き?

 半分地下に続く階段を、細いブーツに包まれた足がこつこつと降りていく。淡い橙色のランプが《Bar Liar》のアンティーク調の看板を照らしていた。

 毎週水曜の午前0時に、必ず渡琉わたるは訪れるようにしていた。扉を開けると、百年前から変わらず時を刻みつける柱時計に視線を向ける。かちり、と時計の針が重なった。

「いらっしゃいませ」

 顔なじみの学生バーテンダーが渡琉に会釈をした。

「やぁ、いい夜だね」

 と渡琉が挨拶すれば、

「ここはいつでも夜ですから」

 と彼も返してくる。

 こういうところが案外気に入っている。

 学生バーテンダーは渡琉のファーストオーダーを聞いてから「いらしてますよ」とカウンターの奥に目配せをした。

「やぁ渡琉、いい夜だね」

 八雲やくもがマルガリータのグラスをテーブルに置く。黒色のパーカーを羽織りフードをかぶっている八雲は、渡琉の高校時代の友人だ。

「僕の口癖をまねするな」

 額を小突くと八雲は「はーい」とから返事をしてみせる。

 オーダーしたクーニャンで乾杯する。

 八雲と飲むのは楽しい。自分でも口数が少ないのを自覚している渡琉だが、それを埋めるように八雲が喋りまくる。意外と心地いい空間だ。


§


「アー・ユー・レディ」

 二時間くらい飲み明かして、渡琉が注文する。最後の合図だ。同時に勘定を促す渡琉に、八雲はむっと形のいい眉を寄せた。

「渡琉、今日は上がるの早すぎない?」

「そう?」

「そーだよ、八雲さんまだ飲み足りなーい」

 八雲がふてくされる中、一つのカクテルが渡琉の前に差し出される。カクテルグラスに白い液体がなみなみと注いであった。とろりとした白濁の液体からは、微かにシトラスの香りがした。それと同時に金木犀のような香りもした。人の意識の奥に直接触れる、甘美な香り。

「ありがとう」

 カクテルを作った学生バーテンダーに礼を言うと、彼は笑みを浮かべて会釈した。

「このカクテルはなに?」

「アー・ユー・レディ」

「聞いたことない」

「パーフェクト・レディっていうカクテルの、ドライジンとレモン果汁を多めにしてある。さっきの学生さんの、オリジナルだよ」

 甘いのが少し苦手な渡琉のために、パーフェクト・レディのレシピを改良してくれたのだ。

 唇にグラスを当て、白い液体の半分を飲み下す。

「一気にいくね」

「ん……ちょっとだけ、ね……酔いたい気分」

 きょとん、と八雲が首を傾げる。

「なにに?」

 子どもみたいに素直な表情を横目に、渡琉は残りのアー・ユー・レディを口に含んだ。八雲の質問に答えないまま、その細い顎に手をやって、唇に自分の唇を重ねた。薄く開いた唇に、白い液体を流し込む。

 喉を鳴らしてカクテルを飲み込んだ八雲は、濡れた唇を舌でぺろっと舐めて、にっと笑ってみせた。どうやら渡琉ら示した意図は汲み取ってくれたようだ。

「思ったほどすっきりじゃないね」

「そう?」

「渡琉の唾液で、ちょっと甘い」

 勘定をして外に出る。ライダースジャケット越しに、冷えた空気が肌を刺した。扉の前で、今度は八雲の方から触れるだけのキスをする。お互いの唇にあったアルコールの匂いが一瞬だけ強くなった。

「それで渡琉、これからどうする?」

 渡琉はにっと笑って八雲の胸をとん、と突いた。

「君の中の、パーフェクト・レディが欲しい」




 琴吹ことぶき 渡琉わたる

 永遠の夜のパーフェクト・レディ

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