第11話 どんな緑が好き?
三月。
「
抱えたキャリーバッグの中に話しかける。答えているのか、中でごそごそと梅吉が動き回っていた。
いつもの公園とは別の場所。河原にはちょうどスミレが咲き始める頃だった。まだ微かに残る冬の気配の中に、新しく芽吹いた新緑の香りが含まれていた。思わず結衣は大きく深呼吸をした。胸いっぱいに若草の香りが広がった。
「梅吉さーん、お待たせしましたぁ~」
そっと芝生の上にキャリーバッグを置いて扉を開けると、ひょこっと茶色の毛玉が飛び出してきた。ネザーランドドワーフの梅吉は、ひょこひょこと興味深げに緑の上を飛び回り、やがてクローバーの中に突っ込んでいった。
「あ、あ、だめよ梅吉さん。勝手に行っちゃ~」
キャリーバッグを抱えて結衣も後を追う。これじゃまるで、不思議の国のアリスみたいだ、とか思いながら結衣はまたふふっ、と微笑んだ。
「結衣ーっ」
一番上の兄、
「ほら、抱えたままだと危ない」
そう言って結衣の腕からキャリーバッグを取り上げてしまった。
「お、シロツメクサも咲いているのか」
足元に飛び込んでくる梅吉の背中を撫でながら、大樹もその場に腰を下ろした。ふわっと緑の香りが立ち上る。
「あ、四つ葉みっけ」
「え? どこどこっ?」
大樹の座ったそのすぐ脇だった。ほら、と大樹がすくい上げるように四つ葉を結衣に見せる。摘んでしまうのではなく、まわりのクローバーをかき分けて見せるところが、大樹らしい。
「あー、ほんとだぁ! 大樹お兄ちゃんすぐ見つけるよね」
「そうか?」
兄は四つ葉探しの天才と言っていいと由比は思う。大樹が座ったりしたその隣に、必ずと言っていいほど四つ葉はある。
「四つ葉を呼び寄せるんだね、お兄ちゃんは」
「そんなことないって」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。大樹の大きな手のひらは、すっぽりと収まってしまう。大樹の膝から梅吉が降り、その見つけた四つ葉の葉を噛み出してしまった。
「あぁ~ッ! 梅吉さんダメだってばぁ!」
「また見つければいいだろう、結衣。それに四つ葉だけじゃないだろ。スミレも、シロツメクサも咲いてる」
シロツメクサを一つ摘み、その茎にまたシロツメクサを巻いていく。それを重ねていくことで、花冠を作り上げる。こう見えて大樹は器用で、たまにこうして作ってくれるときがある。
「ほい、いっちょあがり」
大樹の手の中でできた冠はシロツメクサの花だけじゃなくて、クローバーの葉っぱや、スミレを少し編み込んである。大きな花飾りも素敵だけれど、こうした冠も綺麗で、結衣も好きだった。
「わぁッ! お兄ちゃんありがとう!」
結衣の手つきもだいぶ慣れたとはいえ、まだまだ大樹には及ばない。兄みたいにクローバーやスミレを混ぜ込む余裕なんてなかったのだ。シロツメクサの、真っ白で
「お兄ちゃんみたいに上手くできない……」
輪っかにする際の繋ぎ目も、ボロボロになってしまって上手く結べなかった。上手く始末できてない茎の端が、不格好にぴょこぴょこと飛び出ている。
「ほら、貸してごらん」
大樹が手に取ると、なにやら結び目に細工し始めた。梅吉を膝の上に乗せて、その指先を覗き込む。
「ほい」と手渡された冠を見て、思わず結衣は「あ!」と声を上げた。結び目の部分が綺麗に直されていて、そこに大きな四つ葉のクローバーが編み込まれていたのだ。それは、プリンセスが付けるティアラの、一番輝いている宝石みたいに見えた。
「結衣が被ると、春の妖精みたいだな」
「えへへ、そーぉ?」
立ち上がってくるりと回ってみる。スカートの裾がひらりと翻る。やわらかく若い緑色がこれから時間を掛けて深く染まっていくのだ。それが嬉しくて、結衣は顔を上げて、花のように空を見上げた。
春告げのリナ・リコ
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