第10話 どんな橙色が好き?
「数学って、何のためにあるのだろう」
「あー、それ俺も思ったわ」
「じゃあ聞くが……英語って何のためにあるんだよ」
「それ僕も思った~」
「というよりさ……」
「ん?」
「なんで夏休みに宿題があるんだ?」
「「「「同感」」」」
蝉の声が五月蝿い。けれどそれもまた夏の情緒だ。夏を感じさせてくれる音であり、夏を満喫させるBGMだ。けれど、こうして屋内に閉じ込められていたら、蝉の声も耳障りにしか聞こえてこない。
夏休みの宿題を終わらせるために、嵐志の家にやってきたところまではいい。壊滅的に宿題が進まないのだ。
「ほらー、嵐志も冬喜も、そんなことしてると終わらないよ~」
「そうだ、夏休みを終わらせなくさせればいいんだ!」
「いきなりなにを言い出すかと思えば」
ゴスッ と嵐志の額に教科書の角がめり込んだ。それをやった
「しゅーじー、代わりに数学やってー」
「休み明けの試験で痛い目見るのはおまえだぞ」
「なんで休み明けに試験あるんだろうね~ うちの学校」
「知るか」
無駄口ばかりが交わされる。本来、勉強会というのはわからないところをわかる人に教えてもらう、少し知的なイメージだった。仕方ない。できないヤツばかりが集まっているのだから。
「お、やってるね。チビども」
リビングに顔を出したのは、嵐志の兄、
「おー、なんだい
「せっかく差し入れを作ってやったというのに、そんなことを言うのなら全員おあずけだな」
「ありがとうございますお兄様ッ!」
差し入れと聞いて、誰からともなく机の上を片付ける。勉強中の差し入れほど、この場から抜け出す口実はない。
テーブルに置かれたのは、ガラスポットに入ったアイスティーと、満月みたいなバニラアイスが乗ったクリームぜんざい。
「さっすが兄者!」
「ありがとうございます大樹さん!」
「いつもすみません」
「うわぁ……ありがとうございますッ」
各々お礼を言ってから手を付ける。ぜんざいは甘くなくて、かえってバニラアイスの甘さが引き立っている。切ったバナナもちょうどいい甘さだった。
アイスティーは、少しだけオレンジがかっていた。グラスに注いでから、その原因の香りがふっと鼻先をくすぐる。思った通り、柑橘系が入ったシトラスティーだ。
クリームぜんざいの後に飲むにはぴったりだ。爽やかな酸味が、口の中に残っていた小豆の甘さをかき消してくれる。
オレンジ色の夕陽みたいな色が、氷を通してテーブルの上に陰を作る。くらりとグラスを回すと、万華鏡みたいにきらりと光った。こんなものを見せられたら、文芸部としてなにか書き残したくなってくる。
「やっぱ兄者のシトラスティーは最高……」
「え、これもお兄さんの手作り!?」
「は? "も”? "も”ってなに? 他にも作れるのあの人!?」
買ってきたものだと思っていたシトラスティーは、実は大樹の手作りだった。修司も思わず「はぇ~」と呆けた声が出てきてしまった。嵐志曰く、友だちを連れてきた日には、兄がなにかしら用意してくれるとのことだ。
「そんなことよりッ! 準備はいいか?」
嵐志がばっと立ち上がる。
「遊びに行くぞーッ!」
「は?」
「そんな大声で言ったら……」
言いかけて修司は口を噤んだ。もう遅い。
嵐志の頭をむんずっ、と大樹の手のひらが掴んでいたのだ。
「あーらーしー?」
にこやかに笑って入るが、声が笑っていない。あ、これ怒らせたらダメなヤツだ。そういえば、嵐志こんなこと言ってなっかったっけ。
「先生が怖くて中学生が務まるかッ! そもそも兄者のデコピン以外、俺に怖いものはねーんだよっ!」
修司は他の三人と顔を見合わせた。うん、と一つ頷き、各々宿題に戻っていった。シトラスティーの酸味が、夏なのに妙に寒気を誘った。
閑話休題のアイス・シトラスティー
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