第19話 マリとひなた


 窓もない薄暗く、壁は打ち放しのコンクリート 6畳半の部屋にはパイプ式ベット2つ置かれていた。その1つのベットに腰を掛けているマリは虚ろな表情で、向かいのベットを見つめていた。


 ★


 あの日、お使いで通りの角を曲がった瞬間からの記憶がなく、気付いたら、この部屋のベットに寝かされていた。


 ここはどこ?


 薄暗い部屋に灯りはなく、ただドアの隙間から漏れる僅かな明かりだけが、完全な暗闇を防いでいた。


 「お姉ちゃんッ!」


 マリは足元を確認しながら、明かりの漏れるドアに向かおうとした時だった、人の姿をした闇が、マリの左手首を掴んだ。


 「―――キャッ!」


 ビックリしたマリは、掴まれた手首を振り解いた反動で床に仰向けで倒れると、上から押さえ込まれ口を塞がれた。


 (静かにしてなの)


 その影は口元に人差し指を立てる。


 ジタバタするマリの身体と口をしっかりと押さえ込む身体は、体格的にマリと同じくらいだ。


 すると、ドアの外から一人分の足音が聞こえ出すと、徐々に足音が大きく近付いて来る。

 そして、歩いてくる音が止まると、ドアの下の隙間から漏れる明かりの一部も消えた。


 何故だか、さっきまで必死に抵抗していたマリの身体も、それを力付くで押さえ込んでいた者も動きを止めて、ドアの外に意識を集中する。この時にやっと、向かい合うお互いの顔を確認することが出来た。


 マリを押さえ付けていたのは、暗闇と同化するくらいのセミロングの黒髪と大きな黒い瞳、男の子と間違われそうだがマリの胸より少し大きな目な胸が当たって女の子だと分かった。


 部屋とドアの外では沈黙が続いた。


 言い知れぬ恐怖は時間の感覚を忘れさせ、更なる恐怖を助長、想像させてしまう。幼いマリは8歳という若さで初めて『死』というものを意識した瞬間だった。


 (……お姉ちゃんごめんなさい)


 ドアの隙間から漏れる明かりが戻り、足音が遠ざかって行く。そして、足音が聞こえなくなるとまた辺りに沈黙だけになったところで、ようやくマリは押さえ込みから解放された。咄嗟にマリが喋ろうとすると、手のひらでそれを遮られた。


 (大きな声は出さないでなの)


 マリは小さく頷く。


 それを確認すると、彼女は手を退けてマリが寝ていたベットに腰を掛け、マリにも座るように合図した。


 (驚かせちゃってごめんねなの、でもあの看守は乱暴者だから騒がれたくなかったなの)


 彼女は、すぐそこにあったもう1つのベットを見ながら喋った。


 もう幼いマリにだって今のこの状況がどんなものか分かっていたが、認めたくない希望も、彼女が言った『看守』という言葉で打ち砕かれた。と同時に、何故監禁されなければいけないのか、家に返してもらえるのか、これからどんなことをされるのか、不安と新たな恐怖が生まれた。


 (ここはどこですか?いつ家に帰れるですか?痛いことされるですか?)


 泣きながら質問するマリに、彼女は頭を左右に振った。


 (泣かないでなの……)


 そう言った彼女も啜り泣いていた。


 ☆


 彼女は『ひなた』私と同い年の8歳だった。


 およそ1ヶ月前に、ひなたは一人で遠い北の国から、ある人を探しにここまで来る途中で誘拐されたと話してくれた。


 ひなたの話だと、私達の他にも何人か同じ様な子供が監禁されていて、毎日何かの実験材料として利用されていることだった。


 「ひなたちゃん……わたし、どんなことさせられるですか?」


 「大きなガラスの筒のなかに入っているだけなの」


 「痛くないですか?」


 「痛くはないの、ただ終った後は凄く疲れるの……」


 もう1ヶ月間も毎日その実験をさせられていたひなたの顔は、確かに疲れきっていた。だが、マリが気になっていたのはそれだけではなかった。

 マリは、ひなたの腕や顔にいつくもある痣をそっと触れた。


 「こ、これは、何でもないの」


 なにか怖いことを思い出させてしまったのか、小さな身体を丸めて黙ってしまった。


 「ごめんなさいです、痛かったですか!?」


 「だ、大丈夫なの」そういうとひなたは、絞り出すような笑顔を作った。


 それから、ひなたは明るく喋り続けた。マリは、ひなたの話を聞いている時は、元気でいられた。


 ☆ 1ヶ月後


 「34番出ろッ!」


 何時ものように白衣を着た大人がドアの前に立っていた。


 「ひなたちゃん、行ってくるです」


 マリは、ひなたの枕元で服の切れはしを使い、汗を拭っていた。


 1週間前からの発熱と連日の実験から衰弱しきってベットから起き上がれなくなっていた。


 「ま…………り……ちゃ…ん」意識が朦朧とするひなた


 「ひなたちゃん、すぐに戻るから」 震える手をやっと上げたるひなた。マリは両手でしっかりと握り返してから、部屋を出ていった。


 ★ 看守部屋


 「おい、暇だからまた連れてくるわ」


 「またかよッ! オレもう無理だわ お前の変態趣味には付き合いきれねぇよ」


 「バカだなぁ、後で仲間に入れろって言ってもダメだぞ」


 「しねぇよッ! さっさと済ませて来い」


 「分かったよ、ククククク」

 

 

 ★ その日の夜


 「おい9番、今日も迎えに来たぜ ククククク」


 ひなたちゃんは毎日の実験だけでなく、夜もよく看守に連れていかれていた。


 「ひなたちゃん、熱があるんです、休ませて上げて下さいです」


 ベットの上で、もう殆ど意識のないひなたの腕を掴むとベットから引き摺り落とした。


 「面倒臭せぇな、立てよッ!」強引に腕を引っ張り立たせようとするが、身体に力が入らないひなたは立つことが出来ない。


 「まぁいいや」看守は立てないひなたの腕を持って、そのまま強引に引きずって行こうとした。


 「お願い連れていかないで、ひなたちゃんが死んじゃうですッ! 」マリは看守に掴み掛かった。


 「邪魔だッ! どけッ!」

 「イヤッ! お願いッ! お願いッ!」

 マリを引き離そうとする看守に、悲鳴に近い声を出しながら必死に食らい付くマリ。


 幼い子供と思えないような力としつこさが、看守を困惑させた。

 「ならお前が来いッ! 」


 看守はひなたを離すと、マリの腕を掴んで連れていこうとした。が、今度は床で倒れていたひなたに足首を掴まれて動けなかった。


 「てめえッ! 離しやがれ」看守はひなたの頭を何度も足蹴りするが、全く離そうとしなかった。


 「まり……ちゃんを離し……て……なの、わた……しが行く……から」


 「ひなたちゃんッ! ダメッ! 」


 「なんだ元気じゃねぇか、ククククク」

 看守はマリを壁に投げ飛ばすと、またひなたの腕を掴み引きずるように部屋を出て行ってしまった。マリは軽く脳震盪を起こし意識を失ってしまった。


 ☆ 10分後


 ベットに腰を掛けたマリは虚ろな表情で、向かいのベットを見つめていた。

 

 お願い神様………ひなたちゃんを助けて下さいです。



 ☆ 2分後


 ドアがゆっくり開く


 「ひなたちゃんですかッ!?」


 マリはドアに駆け寄るが、開いたドアの前には誰もいなかった。


 え?誰もいない、ひなたちゃん?なんでドアが……


 「――――キャッ!」


 天井から何かが落ちてきた。


 「驚かせちゃってごめんねマリちゃん、助けに来たよ」


 長い水色の髪と青い瞳の少年がそこにいた。

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