第18話 夏希とセナ
「私は、ロゼ・エンドレス・セナです、統治主管の夏希に会わせて下さい」
貿易都市ロレンスの行政を管理する建物のゲートの前で、警備兵に統治主管である夏希への面会を頼む。
もちろん、一般人として面会を申し込んでも、門前払いを受けるだけだが、国王の娘として面会を望んでいるなら、どんな相手だって会わない訳にいかない筈だ。
しかも、夏希はこのロレンスに赴任が決まる3年前まで、7年間私の教育係、いやそれ以上の存在だった。
私が来たと聞けば、絶対に会ってくれる。
☆
夏希との出会いは私が7歳の時だった。人嫌いでいつも部屋に閉じ籠っていた私に手を焼いた両親が、世話係り兼教育係りとして雇ったのが夏希だ。
初対面の印象は、気の強そうな美人、栗色のショートヘヤ、眼鏡越しに見える冷たそうなブルーの瞳、18歳と聞いていたがもっと大人に見えた。
苦手なタイプだと思った。
彼女が来る前の何人もの世話役は、私を手懐けて両親に取り入ろうという下心から、何でも私の言いなりに動いてくれた。
そして、我が儘を言う私に、遂には限界を迎え辞めていくというパターンを何回も味わった。そのことも人嫌いになった要因だと思う。
だけど、彼女は違った。
彼女は最初から何もしなかった。ただ、私の部屋で椅子に座り本を読み続けた。まるで、私の部屋なのに私が邪魔者みたいに感じてしまうほどに。
そんな日が1ヶ月過ぎいうとしたある日、私は我慢の限界を迎え、椅子に座って本を読む夏希の前に仁王立ちした。
「あなた、世話役なんだから本ばっかり読んでないで、私のご機嫌を取りなさいよ、お父様に言い付けるわよ」
暫くの沈黙が流れた。
初めて彼女の視線が本から私に向いた。
「Mirri,mene pois」
この国の言葉でない彼女の声は、透き通るような声だった。そしてまた、彼女は本に視線を戻した。
彼女が言った言葉の意味は分からなかったが、悔しくて仕方なかった。城内の者に彼女が言った言葉の意味を尋ね回ったが、誰も知らなかった。
あの言葉が頭から離れなかった。寝ていても「Mirri,mene pois」が頭を駆け巡る。
イライラして眠れないところに、部屋のドアが開き、いつものようにお母様がお休みのキスをしに入ってきた。
「どうしたの?今日は顔が怖いわよ」
顔をシーツで隠した。
「Mirri,mene pois」
「セナ、その言葉どこで覚えたの?」
「お母様、分かるの?」
「ええ、その言葉はここからずーっと北にある国の言葉」
「どんな意味なの?」
「ふふふ、『あっち行けッ!小娘』って意味よ」
そうなんだッ! 私はそんな言葉を掛けられた悔しさより、ずっと分からなかった言葉の意味を知ることが出来た喜びのが
「お母様、その国ってどんなところ?」
「とても寒いわ、炎ですら凍ってしまうくらい 国のほとんどは雪に覆われ作物なんて育たないから人々の暮らしはとても貧しいわ、でもねそんな寒さと貧しさに負けないくらい彼らの心は温かいの」
お母様はキスをして部屋を出ていった。
翌日、朝早く城の図書館に行き、その国の事をいっぱい調べた。
そこに古くから住む種族を、青い瞳をしていることから『ブルーアイ』と呼ばれていること。一年中雪が降り、太陽が出るのは2時間程度、作物が育たないので、寒さに強い家畜と幻想的な自然を売りにした観光が経済を支えている。人々の暮らしは決して裕福ではないことなどが書かれていた。
こんなに何かを夢中で調べたことなんて今までなかった。
最後に、私はある言葉を何て言うのか調べた。
部屋に戻るといつものように、彼女は椅子に座って本を読んでいた。
私は興奮する気持ちを落ち着かせ、あの日と同じ様に、でも、あの日とは違う感情を持って彼女の前で仁王立ちをした。
「Mirri,mene pois」
来たッ! 彼女はあの時と同じ、青い瞳と言葉を投げ掛けてきた。
「小娘じゃないし、どこにも行かないわ、ここは私の部屋だもの」
本の字を追う視線が止まり、ブルーの瞳がこっちを向き睨んできた。
試されてる、そんな気がした。
(それで終わり?)そんな瞳だった。
まだあるんだからッ!
「Kerro minulle maasi」
発音が合っているかどうか不安だった。お母様に教えてもらえば良かったと後悔した。
彼女はまた本に視線を戻したが、青色の瞳は本の文字を追っていないのが分かった。
視線は本に向いたまま、口元だけがゆっくり動いた。
「何もないところよ、でも世界で一番綺麗なところ」
そして、凍っていた冷たい青い瞳が融けて、爽やかな青い瞳の笑顔を私に向けてくれた。
☆
「ひ、姫様ッ!?」
門を守る警備隊員達は、行方不明になっていたお姫様が目の前にいることが信じられないほど驚き慌てていた。
「夏希に、セナが会いに来たと伝えなさい」
この街の統治主管である夏希なら、あの施設の事、拐われた子供の事を何か知っている筈だと思った。もしここで捕まって王都に戻されても良い、彼女に会って話をしたかった。
何処かに連絡を取っていた警備隊長らしき兵士が、こちらに駆け寄ってくると、緊張な面持ちで大袈裟に敬礼をしてきた。
「ひ、姫様、主管殿がお待ちです、こちらにどうぞ」
やっと面会の許可がでた頃には、都市を守る軍隊まで到着して、辺り一体を封鎖し始めていた。
「ふふふ、面白くなってきたじゃないか ぷぷッ」
いつに間にか、足元にぷぷがいた。
「余程キミが大切なのか、それとも……ぷぷッ」
足元にいたぷぷを抱き上げると、強く抱き締め足早に先に行く案内役の警備隊長を追い掛けて建物の中に入った。
☆後書き
本文に出てきた「Mirri,mene pois」、「Kerro minulle maasi」どこの言葉か分かるかな?え?造語じゃないよ、実在する国の言葉だよ 正解した方 先着2名様に サブストーリー送り付けます ぷぷッ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます