第3話

風が冷たいと騒ぐ彼に合わせてはしゃぎながら、私の鼓動はどんどんはやまっていった。どく、どく。どくどく、どくどく。


「っ別れるときに!」

砂浜を駆けて、遠くに行ってしまった彼に、叫ぶように言う。追いかける。

「辛いことあったら、いつでもハグしてやるって約束したの、覚えてる?」

追いついた。振り返って、彼は辛そうに笑った。

「覚えてるよ」

「まだ、」

有効?と聞くのを防ぐように、腕を掴まれた。

「物騒だよ」

やっぱり辛そうに、彼は私の腕を掴んでいるのと反対の手で、私の袖からカッターナイフを取り出す。


「あはは、」

力が抜ける。

「気がついてたの」

ぺたんと座り込んだ。

「ばっ、かみたいだね私」


私の計画。メインは彼女じゃなくて、彼だった。ハグをして、腕を回したときに一突き。それが、この計画の柱だ。信じてもらえるかはわからないけど、殺すつもりじゃなかった。ただ、私の手で彼を痛めつけて、苦しめてやりたかっただけだった。私の穢れたこの憎悪を、行くあてのない負の感情を、ぶつけたかった。ぶつける先は彼しかない。憎い憎い憎い憎い、私を痛めつけて苦しめた、彼。私を、変えてしまった、彼。やられたぶんやり返すくらい、いいじゃないか。


「嫌い」

気がつくと、私は彼をねめつけていた。

「あんたみたいな、最低な男なんて」

昂る感情を抑えられない。抑える気もなかった。

「好きだったことなんか一度もない、私は」

血が、めぐっているのを感じた。どくどくと、からだをめぐっている血。

「あんたのせいで、あんたのせいで不幸になった」

彼は、私の、握りしめた手を見ていた。

「許せない」

私の醜い想いは、波の音に混ざって、消えた。



彼は私に向かってか海に向かってか、深く、頭を下げてから踵を返して帰って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る