第2話

作戦はシンプルで完璧だ。彼の今の彼女──私と付き合っていたときの浮気相手でもある──がティッシュ配りのバイトをしているところを、手を繋いだ私と彼が通る。たったこれだけ。だけど、これが確実に彼と彼女の関係にヒビを入れることを私は知っている。場所の下見もしたし、彼女のシフトはちゃんと調べてある。彼もほとんど時間通りに来たし、懸念事項はほとんどなかった。流れを確認して気持ちを落ちつける。私がぼろを出さなければ、私と彼は普通のカップルのようにいられるはずだった。


彼はお喋りだ。昔も今も、私と彼のデートは八割方彼が話している。きっと彼は私が寡黙なタイプだと思っているのだろう。自嘲するように微笑む。でも、とかおりは考える。今はともかくとして、付き合っていた頃にも自分の話をしようと思わなかったのはなぜだろう。


「あ、あの店?」

物思いから引き戻された私はあわてて頷く。彼は目がいいからはやいうちに目的のお店を見つけたらしい。気がつかないうちに私達は、彼女がティッシュを配っているはずの通りに到達していた。


「あ、」

見つけた。ティッシュと共に笑顔を配る、着ぐるみを着た彼女を。計画通り、私達が通る道ど真ん中に。

「すげーな、おしゃれ」

何にも気がついていない彼に、得意気な表情をつくってみせる。嫌悪感を抑えて、少し距離を詰めた。彼女はもう気がついただろうか。ちらっと視線を投げると、彼女は強ばった表情でこちらを見て、立ち尽くしていた。計画通りだ。私達は軽い足取りで彼女の目の前を通り過ぎて、目的地に到着した。そこはコスパ抜群のパンケーキ屋さんで、休日は要予約の大人気店だ。清潔感のあるおしゃれな店内は、カップルで溢れている。


自尊心の強い彼女は、自分がそんなバイトをしていることを彼に知られたくない。ましてや着ぐるみを着ているところなんか、絶対に見られたくないはずだった。声はかけられないし、彼を問い詰めることもできない。彼は、彼女には気がつかない。興味がないから。絶対に、気がつけない。そういう、計算尽くで合理的な、復讐。


私は彼が憎い。私を、あっさり捨てられた彼が。私の全部を持ったまま、私の隣から消えた彼。


テンションを無理矢理はね上げて、私ははしゃいだ。写真を撮り、たくさん食べ、よく笑った。楽しいデートを演出する。全ては私の計画通り。


「ねえ」

店を出たところで私は彼を振り向いた。

「海の方、行かない?」

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