出会い

定期購入、履修登録、教科書販売と、まあ色々と面倒なイベントを通り過ぎて、ようやく最初の講義、基礎ゼミナールが終わった。基礎ゼミナールは選べないが、運良く近代文学、主に明治・大正・昭和初期の文学を担当する教授だったので、そこは良かったと思う。基礎ゼミナールでは近代文学に関する内容は余り扱わないそうだが、この教授の講義を受講する機会は多い為、こう言う言い方が適切かどうか悩ましいが、教授と仲良くなっておくと良いだろう。

さて、俺は早速、同じ基礎ゼミナールの人と親交を結ぶに至った。こう堅苦しい言い方すると分かりづらいかも知れないが、要は友達になった、という事だ。彼は日下龍人という。基礎ゼミナールが終わった時間が、丁度昼休みだから、二人で学食へ行き、食べる事にした。

「日下、お前はどこの高校の出身なのか?」

俺は聞いた。龍人は「付属」と答えた。「内部進学って事か?」と俺。「まあ、そう言う事だな」と龍人は言った。

「じゃあ、何でこの大学に行こうと思ったのか?別に内部進学しなくとも、他の大学にも行けるだろ?」

俺は問う。龍人は率直に答える。「受験するのが面倒だったから」と。「安易だな」と俺が言うと、龍人は「だけど、内申点が悪ければ行けないから、高校の成績を上げる努力はしてきたぞ」と言った。「ああ、そうか」と俺。「何だよ、中山、興味無さそうだな」と龍人が言う。「別にそう言う訳じゃ無いのだが…。誤解を与えてしまったか」と俺は謝った。

「俺はこれからバイト行くのだが、お前はどうするんだ?」

龍人が聞いてきた。「俺は、次の時間ロシア語の講義があるんだ」と答えた。「第二外国語ロシア語にしたのか…。韓国語とかの方が簡単だと思うけど?」と龍人は言う。「じゃあ、お前は何語にしたのだ?」と俺は聞く。「韓国語だな」と龍人は言う。「韓国語はどうなの?」と俺は聞く。「先輩から聞いたが、比較的簡単らしい。ま、文法同じだしな」と龍人。そして「まだ抹消期間だから、ロシア語から韓国語に変えたらどうだ?」と言う。「もう教科書買っちまったから、今更変える訳にはいかねえな」と俺は言った。「そうか、頑張れ」と龍人は言う。

食べ終えた所で、俺も龍人も学食から離れて、俺は教室へ、龍人はバイト先へと向かった。ロシア語の講義は、例に漏れず概要説明のようなもので、特段講義らしい事はやらなかった。教科書は、抹消期間が過ぎてから買うべきだったな、と、俺は後悔したものである。三十分程度、概要説明だけで終わったから、時間はたっぷり余っている。教室から出た後、何をしようかな、と迷いながら廊下を歩いたり、エレベーターに乗ったりしていたが、そう言えば、とある事を思い出した。三日月堂書店だ。さゆりが、よく行くと言っていた、ここ神保町にある大型の新刊書店。大学の校舎を出ると、方角が書かれた広告看板が見えた。矢印で、非常にアバウトな形で場所が示されている。俺はその矢印だけを頼りに靖国通りを秋葉原方面へ下る。ラーメン屋や、洋食屋等が所狭しと並んでいる。店頭のサンプルや、写真を見るだけで涎が垂れてくる。全てを食べ尽くすのは、流石に無理だろうが、大体の店に四年間で入る事ができるのではないか、そう思った。

俺は三日月堂書店まで来た。店頭では、新刊書店なのに古本が売っていて、多くの人が古本を手に取って眺めている。地下には洋食のレストランがあって、ステーキ、ドリア、ハンバーグ等、本格的な洋食を扱っているようだ。写真しか見ていないが、とても美味しそうに見えた。ただ、値段がかなり高いから、寄り付き難い。でも、大学にいる内に、一度は行ってみたいものだ。

俺は一階から、六階まで順に物色しようと思った。まずは一階から…。雑誌と、最近話題の本がズラリ。先の読めない世界情勢、広がる政治不信、移民問題…。世界も日本も、ギクシャクしている。並ぶ本からは、その様な情勢を反映していた。見ているだけで、鬱っぽくなってきてしまう。一階を一通り物色したら、お次は二階へ。文庫や、新書を扱っている。それだけで無く、カフェまで付いている。この三日月堂書店、各階には書店以外の店も出店していて、本を買うついでに寄っても良いし、それらに寄るついでに本を買っても良い。そんな構成になっているようだ。このフロアには、フィクションも、ノンフィクションも両方あって、見ていて飽きない。

「おや?」

俺はずっと探していた本を見付けた。ナボコフの『アーダ』という本。どうやら新訳版が出ていたらしい。ずっと読めないと思って、記憶の片隅に置いて忘れかけていた本だ。出版年を調べると、そこそこ前だった。そうだ、その時には既に、忘れかけていたのだった。良かった、見付かって!

俺は『アーダ』を手に取り、物色している途中だったが一階まで降りた。この本を買えるだけの持ち金はある。俺はレジに並んだ。混んでいるかどうか、初めてこの書店に来た俺には判断がつかないが、四台のレジがあるのに並ばなければ買えないから、そこそこ混んでいると言えるのだろう。前の人達が買い終わり、俺が買う番が回ってきた時、俺の前、レジにいたのは、意外過ぎる人物だった。

「日下?」

レジで会計をしていたのは、龍人だった。「中山、お前、本を買いに来てたのか」と龍人は言う。「いや、従妹から勧められたから、物色しに来たのだが偶然欲しかった本が見付かって…。お前、ここでバイトしていたのか」俺は言った。「高校二年からやっていたぞ」と龍人は言う。「へぇ」と俺。「本来はバイト禁止だったんだけどな、付属高校で、学校のすぐ側だからバレバレだったのに、お咎め無しだったぜ」と、過去のしょうもない悪行の自慢話を龍人はしていた。

「こら、日下君、余計な話をしないで、ちゃんとレジ打ってよね」

隣の、一際綺麗な「野本」と名札を掲げた女性の店員が龍人に注意をした。「分かりました…」と女性の店員に龍人は謝り、俺に対しては「お前が話し掛けてきたせいだからな!」と舌打ちをした。「悪い…」と俺は謝った。

会計を済ませると、「じゃあまた来いよ!」と龍人が言った。「ああ、また来る。話が聞きたいから、夜、SMSで送るな」と俺は返す。「そうか。じゃあな」と言って龍人は見送り、俺はレジから離れた。離れた時、俺はもう一度振り向いて、龍人に手を振った…のだが、俺の目当ては龍人では無い。隣の、「野本」という女性の店員。彼女の姿を、もう一度見たいと思ったからだ。

俺は神保町の街中を歩きながら、あの「野本」の事を考えていた。何だろう、何と言えば良いのか、筆舌に尽くせぬ。ただ一つ言えるのは、とても美しい女性だった、という事だ。彼女は何歳だろう、趣味は何だろう。結婚はしているのかな。していたら、何となく嫌だな。兎に角、彼女にもう一度会いたい…。

いかん、駄目だ、俺は何て最低な男だ。話した事も無いし、会った事も無い。ただ、レジで見掛けたというだけの女性に対し、一方的に欲情し、変な想像を膨らませる。単純に言って気持ち悪い。何を言っているんだ、という事になる。忘れよう、「野本」の事は!

俺は神保町駅の入口の、階段を下がった。都営三田線の改札を通って、ホームへ。西高島平行きの電車が来ると言うから、ホームドアの前で待つ。電車が来たら、ホームドアと同時に電車のドアが開き、乗り込んだ。この時間帯は最初から座れない位の混雑具合。大体、次駅で座る事ができる。実際問題、俺は神保町の次の駅である水道橋で座る事ができた。

恥ずかしい話だが、電車に乗っている最中に、またもや「野本」の事が頭に浮かんできた。記憶から消そう、消そうと思っていたら、余計に記憶から消せなくなる。もしかして、俺は一目惚れしたのか?見るからに彼女は年上なのだが、それ”で”では無く、それ”が”良いのである。あの大人の女性としての色香は、同年代には無い雰囲気を漂わせていた。だけれども、若い女性としての可愛げも持ち合わせていた。大人と言える年齢でありながら、若さも残す、絶妙な年頃なのだろう。カウンター越しに見ただけで、実際の所、靴の高さとかがあって分からないので、正確には言えないけど、大体龍人と同じか、若干小さいか位の身長だった。龍人は男性としてやや小柄くらいの背丈らしく、それに男女の身長差を加味して考えるとするならば、結構な高さだろう。彼女の容姿は、俺のドストライクだった。でも、どういう人なのか、肝心の中身までは分からない。外見だけが綺麗で、本当に性格がキツい人だったら、どうしよう…。それは話してみないと分からないな。どうすれば、彼女と話す機会が得られるのだろうか…。俺の頭の中は「野本」の事で一杯になっていた。あの美しい女性の事を忘れられるものか、と思う。

俺は新板橋駅へ戻った。家の入っているマンションは、新板橋駅から徒歩一分もかからない。それどころか、十五秒位では無いのだろうか。それくらい近い。既に叔父から、俺の為に複製したのであろう鍵を受け取っている。その鍵を使って、オートロックを開け、エレベーターで三十階まで上がり、家に入った。洋子さんは出掛けると既に言われているから、家にいるのはさゆりだけだろう。家に入ると、さゆりの大きな声がした。普通の声では無く、何かの台詞を読み上げているかのような感じがした。何だろう。無心で読み上げているようで、俺が帰ってきた事に気付いていない様子だった。

「なーにやっているのかな?」

俺はさゆりの部屋のドアを開けた。さゆりは読み上げるのをやめて「うわぁぁ」とビビった様子でこっちを見てきた。その隣には、見慣れない女の子の姿が…。

「純太兄ちゃん、何勝手に覗いて!」

さゆりは俺に対し、露骨な反発の姿勢を露わにしていた。「あれ、兄ちゃん、って、お兄さんは大学で京都に行っているんじゃなかったの?」と隣の女の子が言う。「従兄で、大学の為に来たのだけど…」とさゆりが話す。「それよりも、純太兄ちゃん、もし私が裸だったら、どうしてくれるの?」とさゆりは怒って言う。「おっ、それってエロ漫画にありがちなシチュエーション。良いね!」と隣の女の子が興奮気味に言う。「ちょっと黙って」とさゆりは言う。

「わ、悪い。何で朗読…なのかな?やっているのか分からなかったものだから…。そこの女の子は、誰?」

俺は言う。隣の女の子は率先して「えっ?私?」と自分自身に指差す。そして「私は金子舞。漫画家を目指しているんだ」と言った。「じゃあ、さゆりは何で…」と俺は言う。

「実は、声優を目指しているんだ」

さゆりは心情を吐露した。座っても良いような空気が流れていたから、俺はさゆりと舞の間に座る。二人は何も文句を言ってこなかったから、座って話そう、という事なのだろう。舞は「私が原作したアニメが放送された暁には、さゆりにヒロインを演じてもらうつもりさ」と夢を語る。「それで、特訓していたって訳?」と俺。「そう、そう言う事」とさゆり。「知らなかったよ」と俺は言う。さゆりは「だって、親が許してくれそうに無いから、黙ってきた」と話す。「言えば良いじゃん」と俺が言うと、さゆりは「それは無理」と言う。「何故?」と俺が聞けば、さゆりは「パパが、私に過大な期待をかけているから…」と言う。多分、良い大学へ入って立身出世する事を期待しているのかな。まあ、唯一の実の子だしな。「でも、いつか正直な気持ちを言ったらどうだ?」と俺は言う。「まあ、いつかは、ね。頃合いを見て、オーディションに応募しようと思うんだ。その時に打ち明けたい」とさゆりは言った。

「そうだ、さゆりの従兄の兄ちゃん」

舞は、脇に置いた紙袋から、何かを取り出す。そして、立ち上がって、俺に渡した。それは同人誌だった。

「この前のコミケで売ろうとして印刷したけど、落選しちゃったからさあ…。あげるよ。オリジナル作品なんだけどさ」

かなり秀麗な絵で、制服を着たおさげの可愛い女の子の表紙が描かれてある。場所は田舎の駅だろうか、プラットホームで蒸気機関車を待っている。タイトルは『君のいない街で、君の事を想う』というもの。「有り難う。でも、取らぬ狸の皮算用で印刷するのはやめとけよ」と俺は言った。「それは反省してるさ。でも、さゆりの従兄の兄ちゃん、これは読んで欲しいな。初めて歴史ものに挑戦したんだ」と言う。「歴史もの?」と俺が疑問を呈すと、さゆりが「高度成長期の青森で、片想いの男の子が集団就職で東京に行ってしまって、まあそれから色々とあるお話」と非常に大雑把な解説をした。「まあ、そんな感じの作品だけど…。兎に角、読んでみて。とても良い作品だから」と舞は言う。「ああ、分かった。読んでみる」と俺は返した。

「いつか、神保町の三日月堂書店みたいな大書店に、私の描いた漫画がズラッと並ぶ光景、それが見たいんだ」

舞が言う。「三日月堂か…。今日、俺行ったんだ。大学で知り合った奴が、そこでバイトしてる」と俺は言う。「本当?」と舞。「俺の大学の、すぐ側なんだよ」と俺は言う。

「じゃあ、行きたい放題だね。羨ましい」

舞は言う。「実は、神保町ってアキバにすごく近いんだよ。歩いて行ける」とさゆりが言う。「そうそう。歩いて、二十分もかからない。いつもアキバからの帰りに寄ってる」と舞。「でも、秋葉原の店の方がアニメ関係の品揃え良くない?」と俺は言う。それに対し舞は「市場調査だよね」と言う。さゆりは同調して頷く。

「ほら、オタクの内輪だけだと、どうもどんな作品が受けるか分からなくなるから、一般受けの良い漫画って何だろう、って探るんだよ。それを、私の創作活動に役立てる、と言うか…」

舞は語る。「本気で漫画家を目指す為に、やっているのか」と俺は言う。「ま、そう言う事だね」と舞は言った。

「所で純太兄ちゃん」

さゆりが言う。「何?」と俺。「そろそろ二人だけで話したいんだ。こう言う言い方、余りしたく無いんだけど、邪魔なの」さゆりが言う。「俺の部屋に戻っていて欲しいって事?」と俺は聞く。さゆりは「そうなんだけど…。出来れば家以外の場所に行って貰って良い?」と言う。「そうそう…。かなり際どい話もするからさ…」と舞。際どい話って何だ?めちゃくちゃ気になるのだが。それはさておき、俺は家から出て、どこかに行った方が良いのだろう。さゆりは自分のバッグから、財布を取り出した。そこから出てきたのは、マクドナルドの株主優待券の、ドリンク。何故お前が持っているんだ?とツッコまずにはいられなかったが、の感情は押し殺して、取り敢えず受け取った。

「板橋駅の滝野川口の方に、マックがあるの分かる?」

さゆりは言う。あの辺は、ここ数日で何度か行ったから、場所くらいは分かっている。入った事は、一切無いけれど。「分かるよ」と俺は言う。「これで、飲み物を飲んで休んでいて。別にマックに行かなくても良いけど…。兎に角これはあげるから、外に出て欲しい」とさゆり。「分かった」と俺は言う。そして、舞が描いた同人誌を提示して「マックでこれ読もう」と言っておいた。「ありがとうね」と舞。

「じゃ、出るよ。さゆり、帰って良い時間になったら連絡して」

俺はさゆりから貰った優待券と、舞から貰った同人誌、後はスマートフォンを持って家を出た。滝野川口の前にあるマクドナルドに入って、優待券をスプライトと交換したら、二階の席へ行った。取り敢えず、飲みながら舞の同人誌を読み始めた。

~一九六二年、青森の少女・工藤伸子は女に教育は不要との、親の反対を押し切り地元の高校へ進学するが、その際、幼少期から想いを寄せていた少年、三上竜吾と離ればなれになってしまう。彼は集団就職で東京に行くからだ。竜吾が旅立つ直前、伸子は竜吾に愛を告白し、絶対に結婚しよう、という約束を交わす。伸子は高校生の間、音信不通の竜吾の事を想い続け、他の男とはちょっとした話をする事すら拒絶する程だった。四年後、伸子は東京の大学へ行く為に上京した。下宿先の近くの銭湯で、偶然竜吾を発見する。彼は妻らしき女を連れていて、しかも妊娠中だったのだ。もう既に彼は別の女の腕の中にいた訳だ。伸子は落胆し、悲しみに暮れ、数日間寝込んでしまう~

ありきたりなストーリー展開ではあるが、感動できるストーリーのように思えた。舞の描いた秀麗な絵が、ストーリーを引き立てているように感じる。絵柄は所謂萌え絵、の系統に属する物だが、どこだか写実的な一面も持ち合わせているように感じ取れた。かといって、俺の苦手な劇画タッチでは無い。これは売れる漫画家になるな、そう確信するに至った。どうか、デビューしてくれ。頼む!

巻末には、舞のコメントが書いてあった。

「昨年亡くなった私の祖父は青森から集団就職で上京してきたという話を父から聞いて、この話を思いつきました。この話は私の、全くの想像ですが、恐らく似たような話は実在していたかと思われます。『金の卵』と呼ばれた彼等でしたが、学生運動に邁進していた同世代の(当時の)若者達と比べると、地味で影が薄く、歴史に埋もれた存在であると言えるでしょう。しかし、彼等が現代の日本の礎を、陰ながら築いてきたという事を現代に生きる我々は決して忘れてはなりません。この漫画を通じて、私の祖父をはじめとする集団就職生や、彼等が生きた時代に思いを馳せていただけたら幸いです 金子舞」

かなり長ったらしいコメントだな、というのが率直な感想だった。歴史漫画だけあって、考証は割としっかりしていたと思う。例えば、近所の婆さんから見合い話を持ち掛けられるが何とかして回避しようとするシーン等は当時の事をよく分かっていると思う。良い悲恋物語に仕上げられているな、と感じ、彼女に後で感想を話してみたいと思った。今度会った時に、SMSのアドレスを交換しようかな。

俺は同人誌を仕舞って、スマートフォンを持った。スマートフォンには通知が来ていた。十分前くらいに来た通知だったようで、同人誌に夢中で気付かなかったようだ。その通知は、SMSだった。

「今、休み時間なのだが、お前に話したい事がある。お前、バイトを探しているって言ってたよな?」

龍人から届いた、かの如きメッセージ。俺はそれに対し俺は「ああ、探しているぞ」と返信を送る。それから、暫く経っても返事は来ない。俺が返事を書くまでの間に、休み時間が終わってしまったのだろう。

龍人からのメッセージが届く前に、さゆりからのメッセージが来てしまった。「終わった。もう帰って良いよ」というメッセージ。更には「ついでに、これも。舞ちゃんが、純太兄ちゃんのSMS知りたいって言っていたよ」と書いてある。そして、舞のSMSアカウントへのリンクが貼られている。「だから、登録してね」とさゆり。「分かった」と俺は送り、リンクを押した。美少女キャラのアイコンで金子舞、となっていた。絵柄的に、彼女の自画像だろう。やや美化されている感じはしたけれども、元の彼女も、俺の主観だけれども可愛い方だったから、全然違うだろ、という事にはならないなと思った。登録したら、早速通知が来る。

「純太さん、これからはこの呼び方で呼んで良い?」

舞からのメッセージだ。俺はそれにこう返す。「単に『純太』で良いよ。そう呼んでくれた方が、気が楽」と。「分かった。そう呼ばせて貰うよ、純太」と舞からの返事が来る。「うん、そうしてくれ給え」と俺は送る。「でさ、私の同人誌の感想を聞きたいんだ。簡潔にで良いから」と舞から来る。

「美しい悲恋ストーリーが、君の秀麗な絵柄と相俟って、とても悲しく、感動的に思えた。是非、次回作を見させて貰いたい」

俺は送る。「感想ありがとう。とても励みになったよ」と、舞から返信が来た。「でさ、このリンクを…」と、サイトへのリンクを誘うメッセージも送られてきた。「これは?」と俺が聞けば、舞は「私のpixivのページ。登録しておいて」とあった。pixivは、一応”見る専”で会員登録と、アプリのインストールは済んでいるから、この場合、開いて、フォローしておけば良いのかな。「フォローしておいたよ」と、予め言っておいた。「ありがとう」と返ってきた。リンクを開くと、舞のペンネームなのか、「金子麻衣」という名前のプロフィールが表示されていた。本名の、読み方はそのままに漢字を変えただけの名前で、全くペンネームになっていないような気がするのだが、本人は良いのだろうか。ページを見ると、思わず魅入ってしまうようなアニメやゲームの絵がズラリと。取り敢えず、フォローしておこう。俺に出来る事なんて、たかが知れている、と言うか、無いに等しいけれども、全力で彼女の漫画家デビューを応援し、支えていこう。そう思った。

遅くなった、それでは家へ帰ろう。家に帰って、スマートフォンを充電して、洋子さんのクソ不味い飯を食べて、風呂に入って、後は寝るだけだ。

家に帰ったら、リビングルームでテレビを観ているさゆりが早速出迎えて、「純太兄ちゃん、舞ちゃんのSMSと、pixivを登録してくれた?」と言った。「しておいたよ」と俺は返した。「良かった。もし、舞ちゃんが新しいイラストをアップしたら、『コレクション』してあげてよ」とさゆり。「勿論」と俺は返した。

俺は部屋に戻って、寝転がって、スマートフォンを見た。出来過ぎている位の丁度良いタイミングで、龍人からのSMSの返信が来た。

「悪い。お前が送った直後に休み時間が終わってしまったものだから、送れなかった。もうバイトは終わったから、大丈夫だよ」

かくの如く来たメッセージに「分かった。それで、お前がしたいのはバイトに関わる話だろ?」と送った。

「ああ。最初、今日の出来事で、休み時間に怒られたよ」

「あらあら、悪かった。隣の人に怒られていたしね」

「いや、本題はそこじゃない」

「えっ?」

「詳しく事情を説明して、俺の大学のゼミ生と言ったんだ。そうしたら」

「そうしたら?」

「是非うちでバイトして欲しいと、誘ってくれ、って」

「誰から言われたの?」

「野本さん。ほら、俺の隣にいたでしょ。あの人から、是非うちで働いて欲しい、って」

「本当か?」

「ああ」

俺は興奮しそうになった。レジにいた、謎の美人「野本」と、話す機会が出来たという事だ。彼女と一緒に働けるのか、と思うと胸が高まる。丁度バイト探しをしていた所で、タイミング的にはバッチリだ。こんな下らない理由で、バイトを選んでも良いのか、という気もしなくは無いが、切っ掛けとしては悪くないのではないか。

「三日月堂のバイト、入ろうと思う。どこで申し込める?」

「申し込みに関しては俺が話をつけておく。面接は特に無いが、履歴書は用意しておいてくれ。悪いが、俺は履歴書の用紙は買ってやらんぞ。自分で買ってくれ給え」

「それは分かっている。研修の日程とかが、あると思うが、それは」

「それは、幾つか提示するから、都合の良い日程を選んでくれ。もし、その中にも無かったら、また別の日程を示すよ」

「有り難う。俺が午後空いてるのは月・水・金で、午前空いてるのは火曜だから、よろしく」

「分かった。と言うか、お前午後矢鱈空いてるな」

「月曜が一限だけで、水・金が一限と二限」

「お前、馬鹿だろ。変な取り方してる」

「取りたい講義が午前に多かったから、仕方ないだろ」

「そうだったのか、悪い。兎に角、月・水・金の午後か、火曜の午前で調整しておこう」

「おお、ありがとう!助かるな」

「バイトは、今、一人でも多く採りたい状況だからな。てな訳で、是非来てくれよな!」

「ああ、行きますとも!」

この一言で、龍人との遣り取りを締めくくった。玄関の方からは、「ただいま」という洋子さんの声が聞こえてくる。これから、あのクソ不味い料理を食べさせられると思うと何だか気が重いのだが、タダだから我慢しよう。林間学校の食堂の飯だと思えば…いや、林間学校の食堂の飯の味は褒められた物じゃ無かったが、それでも洋子さんの料理よりはワンランク、いや、五ランク位上だな。兎に角、洋子さんの料理は不味いんだ。料理以外には何の文句も無いが、料理に関してはもう勘弁。キャンパスライフが充実して、友達と夕飯を食べる時間が増えれば、食べなくて済むようになるかな、等と考えた。その為には矢張りバイトだな、バイト…。早く三日月堂で働きたいな。「野本」と一緒に働く事ができる日を、心待ちにしております…。

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