いつかきっと…

 僕には、一つ歳の離れた兄がいます。


  しかし、兄には僕が見えません。




 4年前の兄の誕生日の日、僕達は、近所に住む兄と同じ歳の幼馴染だった少年と遊んでいた。

 しかし、その日、突然悲劇が兄さんと彼を襲った。


 その日の夕方の5時頃、僕達が遊んでいた公園に一人の中学生くらいのお兄さんが入って来た。挙動不審で、大人達がひそひそ心配そうに話していたのを覚えてる。

 しかし、僕らはそろそろ家に帰ろうとして話していた。笑顔だった。少し声が大き過ぎたのかもしれない。

 それが、お兄さんの癇に障ったのだろう。


 お兄さんは僕達に目をつけると、ズンズンと近づいて来た。そして…彼は刺された。


 いや、正確には、お兄さんが包丁を持っている事、兄さんが標的にされた事にいち早く気づいて、兄さんを庇って刺されてしまったのだ。


   何度も何度も、彼は刺された。


 兄さんは訳も分からぬまま彼に押し倒された。


 血が、兄さんの服や地面に大量に流れた。


 公園にいた人々は叫び、逃げ惑った。


 犯人のお兄さんも、包丁を捨てて逃げ出した。


 僕は、パニックで何も出来なかった。

 


 そして、彼は死んだ。そのまま気を失い、病院に運び込まれた兄さんは、光を失った。


 医者は、目には傷はないと言った。

 

 これは、兄さん自身が世界を見るのを拒絶してしまった、心の傷だと。


 いつ治るか、誰にも分からないと…。


 あれから4年が経った去年まで、兄さんは外に出る事はおろか、誕生日を祝う事すらも恐れた。いや、体が拒絶していた。

 プレゼントを貰っても吐いてしまう。誕生日ケーキの存在を認識すると頭痛に襲われて過呼吸になってしまう。そんな酷い状態だった。

 だから、去年まで誕生日を兄さんと祝った事は無かった。


 きっかけは去年の誕生日の日。その日、僕は何故か兄さんを外に連れ出したくなり、半ば強引に外に兄さんを連れ出した。

 僕は何処に行くという計画もなく、取り敢えず駅に行けば何かあるだろうと言う考えで、兄さんをフォローしながら駅に向かった。


 途中で、雨が降り出した。僕は、ビニール傘を買うためにコンビニに入った。兄さんを一人、外に待たしてしまった。そして、コンビニから出ると、兄さんは消えていた。



 僕は弟に言われた通り、外で待っていた。

しかし、どうやら向かいに大きな横断歩道があったらしい、僕は歩いて来た人達の波にもみくちゃにされ、流されてしまった。そして、唯一の頼りだった杖さえも失った。


 僕は雨の中、途方にくれながら壁を頼りに彷徨った。そして気づいたら、何処かの路地に来ていたらしい。そして、疲れて座り込んだ。


 何かが、手を舐めた。そして、次に僕の頬を舐め始めた。

 僕はその得体の知れない生物に触れた。噛まれるかもとは思ったが、僕を舐めるだけでそれ以上は何もしてこなかった。温かった。毛がふわふわだった。そして、そいつはワンと吠えて、何処かに走って行ってしまった。

 それと同時に車の急ブレーキ音出した。僕は一瞬で凍りついて、とっさに後を追って暗闇の中を走った。前なんか見えないし、正しい方角なのかも分かんないが、ただもう目の前で命を失いたくないという思いから必死に走った。


 誰かにぶつかった。そして、一瞬ビックリしたような僕より少し背の高いその人は、いきなりギュッと僕を抱き締めると泣き始めた。


「兄さん…良かった、本当に…良かった。心配した…もし、兄さんに何かあったら僕…」


「蓮…?はぁ〜良かった。僕は、大丈夫だよ。勝手にいなくなったりしてごめん」


「僕こそ、ごめんなさい。僕が兄さんを無理矢理外に連れ出したから、こんな事に…」


「うんうん、良いよ。むしろありがとう。蓮が外に連れ出してくれなかったら、僕は…そうだ!そこら辺に犬がいない?あの小ささからして仔犬だと思うんだけど…」


「仔犬…それならずっと兄さんの足元にいるけど…?」


兄さんは僕の誘導に従って、その小汚い、おそらく野良犬だろう茶色の犬に触れると、ギュッと抱き締めた。

 そして、その犬も兄さんの頬を舐め始めたので、僕は急いで引き離そうとしたが、辞めた。


  だって、兄さんが笑っていたのだ。


あの大好きな笑顔、ずっと見たくて見れなかった笑顔、これ程までに幸せな事はないと思った。そして、兄さんの目に一瞬光が灯ったように感じた。


 僕がその様子に嬉し涙を流していると、兄さんが突然犬を抱えて立ち上がり、少しずれた方向に目をやりながら僕に言った。


「ねぇ、蓮、僕は…今年はプレゼントをお願いをしていいかな?幸せを…」


僕は一瞬で何を願うか分かって、止めようとしたが、追い打ちをかけるように見てきたその犬の翠色の目に、僕はこの野良犬を連れて帰るしかなかった。



 あの日の出会った仔犬は、ユメと名付けた。

 ユメは、僕に光を灯してくれた。また、僕が幸せになっていいのだという希望をくれたのだ。今では僕の盲導犬だ。


 生憎、僕の目はこの幸せな世界をうつしてはくれない。だが、僕は外を怖がらなくなった。誕生日を祝えるようになった。また、いっぱい笑えるようになった。

 このままなら、いつかきっと………。

             

                  END





 

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