第17話 狩る者


 『ドラゴンスレイヤー』

 世間でそう呼ばれるものには、大きく分けて二つの種類がある。


 一般的にドラゴンスレイヤーというと、『竜殺し』というの意味で捉えられる。

 世界最強と謳われる竜を単身ソロもしくは複数人パーティーで討伐したという、稚児でも知っているような、有名な二つ名の最たる例である。



 そしてもう一つ。これは知らない人の方が多いと書いてあったが、『竜滅ノ子』というものもまた、時としてドラゴンスレイヤーと呼ばれることがある。

 ・・・これについては本でも曖昧な事しか書かれていなかったが、どうやら先天性の呪い、簡単に言ってしまえばのようなものらしい。

 極めて例の少ない竜滅ノ子の特徴としては、ある日を境に高い戦闘能力を持ったり身体の成長が止まったり、そして孤独なったりというものがある。

 因みに、この『孤独』というのも曖昧で、一体本人が周りを避けるのか、周りがその子を避けるのか。そもそも物理的なのか精神的なのかさえ、よく分からないそうだ。




 ーーシヲンの一言でふと、村長の家の奥底に仕舞われていた本のことを思い出した。


「・・・ユルの親、仲間、・・・みんな殺した。」


 ・・目の前では、シヲンがあの泉以来の涙を流している。

 ただ、そこにあの時のような嗚咽するような涙はない。しっかりと俺を見つめる、覚悟を持った目があった。


「ユルも・・・・殺そうとした。」


 取り繕う様子も見せず、堂々とそう語る。

 俺を殺す。・・・・そういえば、言われて思い出したが、俺がこの世界で初めて目を覚ました時、確かシヲンに鋭い物を突き付けられてたな。・・今まですっかり忘れていたが、そう言えばそうだ。


「ユルには言わなかった。・・・ドラゴンスレイヤーには、二つある。」

「『竜殺し』と『竜滅ノ子』・・・。」

「・・・・・。ユルは、知ってたんだ・・。」


 驚き・・・いや、何か落胆したように、シヲンは眼を擦ってゆっくりと身体をずらす。


「隠すこと・・・・なかった・・。」


 シヲンの後ろにあったのは、火を噴くドラゴンと、その首を斬らんとする子供が描かれた壁画。そしてその上に大きく『竜滅ノ子ドラゴンスレイヤー』の文字。

 それより下にも何か文章が書かれていたが、ぱっと見た限り、その忌み子について詳しいことが書かれているようだった。


 ・・・はっきり言って異様である。何よりも俺は、壁画に描かれた子供に恐怖を抱いていた。それもシヲンの威圧によく似た恐怖だ。


「この壁画、村の人は近づかない。多分魔石・・・私に近い魔力が宿った魔石が、埋め込まれてる。」


 金属の音がした。同時にシヲンが、俺の頭を膝から退かす。

 躊躇うことなく大鎌デスサイズを手に取り壁画を切り裂く。

 刹那に断たれた一閃は、描かれていた子供を丁度真っ二つにし、壁画をより一層おぞましいものへと変えた。

 その切れ目に二の腕まで手を突っ込んだシヲンは、しばらくかけて目当てのものを取り出してきた。


 ーー当たり前と言わんばかりの自然な行動に唖然としていたが、ハッとしてシヲンに言う。


「・・・それ、壊していいものじゃないんじゃ・・・」

「この絵、嫌い。・・・それより、これ。」


 世間的な常識のないシヲンは、言われている意味が理解できない。ユルの問いを軽く返してそのまま話を進める。


 シヲンから渡されたのは、シヲンの本気の敵意や威圧を固めて出来たかのような、無条件に恐怖を感じる魔石。




「・・・・・・シヲン・・・怖い・・・・これ・・」




 ・・毎日のようにシヲンとの模擬戦で殺意に当てられているにも関わらず、俺はこの石を握らされて異常に震えていた。

(・・・嫌だ・・・怖いッ!)


「・・・・ユルには、まだ耐性がある。純族の竜はこの石、見れない。」


 手中の恐怖に、手足がビクビクと震える。これで耐性がある方というのは何かの冗談ではないだろうか。

 酷く恐縮しきっている。それはシヲンにも痛いほど伝わっていたが、・・それでも彼女は手を離さず、あえてユルを苦しめさせる行動をとり続ける。


「・・・はなして・・・シヲン・・・。」

「ユル、よく聞いて。」


 落ち着いて話すシヲンは、平常心どころか理性すら保てていない俺にも分かるほど、複雑な声をしていた。

 自分の手から目を離せないため顔を見ることはできなかったが、ただならぬ何かが起こる。なんとなくそんな気がする。



「・・ユル。私もいつか、こうなる。

 ・・・いつかユルにも、刃を向ける。

 ・・・・こうやって、拒絶される。


  だからその前に・・・・

        私を殺して・・・・。」



「っ!??」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。


 ーーーそしてその時差を取り戻すかのように、重い情報が一気に流れ込んでくる。


「ユルなら、・・・大好きなユルになら、なにされてもいい。

 私はなにもしない。ユルに恨まれるようなことは、なにもしたくない。」


「・・・・・。」


 気付けばシヲンの手は異常に力み、身体の震えも俺と同じぐらい強くなっていた。


「私は・・・ユルの親を殺した。ユルの仲間を殺した。

 私は私がされたこと、ユルに仕返ししてしまった。

 ・・・次はユルも、本当に殺してしまうかもしれない。」


 ーーシヲンは声を震わせながら言葉を紡ぐ。

 魔石に向けられていた視線をちらとシヲンの顔に移すと、シヲンは今まで一度も出したことのない感情を瞳に写していた。複雑すぎて汲み取れない。・・ただ、それが負の感情であることは間違いなかった。


(シヲンは・・・・弱いんだ・・。)


 俺は、直感でそう感じた。

 ・・・・そう感じたのは、今が初めてではない。旅路でも村に着いてからも、この世界から隔離してしまいたくなるほどの脆さや儚さを、目の前の少女に感じていた。

 ーーだが何故か、そのどれよりも強い意思を持っているはずの今のシヲンが、とても脆く弱く映る。


(・・・あぁ、そうか。・・皮肉・・だな。強すぎて・・・・弱い・・。)


 言葉にし難いが、その強さのせいで弱い部分がさらに弱くなり、その弱さを補うために得た強さがまた、彼女に足りないものをさらに増やしていく。そんな悪循環が生まれている気がするのだ。


「・・・・シヲンは、強いのか弱いのか、・・・分からないな。」


 ユルは困り顔でそう呟いた。先ほどまでとは変わって、今度は少し柔らかい口調である。


「僕は、これまでの暮らしをずっと続けていたい。そう思ってる。」

「・・・・・。」


 強く真っ直ぐなユルの眼差しは、どこへも傾かずただ一心にシヲンの瞳を突いていた。



 ・・その強い瞳と優しい言葉に判断が揺らぐ。ユルという名の天使は、シヲンの最愛の者であると同時に、やはりどうしようもなく天敵なのだ。


(ユルは頭が良いから、きっと私なんかはすぐに言い包められる・・・。でも)


 でも、・・・今はだめ。今は、許されない。

 きっと私だけじゃなくユルも後悔することになる。


「・・・・それを認めたら・・ユルは後悔する。」

「僕は後悔なんて・・・。」


 --聞かない、聞きたくない。ユルは優しすぎるから全部許してしまうんだ。


 ・・そしたら・・・ユルは・・・・・



「聞きたくないっ!『いや!!』」


 グウゥゥゥゥンッ!


 ーー刹那。

 ユルの首を狩るように音もなく現れたのは、・・・鋭い『闇』。・・あの大鎌だった。

 首に薄っすらと、赤い線が入る。・・・二人の血の気が引いていく。


「あ・・あぁ・・・・、そんな・・つもりじゃ・・・・。」


 一歩、二歩と後退る。ユルの手を握っていた手も離れ、隙間から魔石がこぼれ落ちる。


「・・・・・。・・―ッ!!」


 シヲンの頭によぎる『暴走』の二文字。その考えから逃げの姿勢に移るまでは、コンマ数秒の時間も要さなかった。


 咄嗟に体を反転させ、脇目も振らず走り出す。

 何をするのか自分でも分からない。ただその恐怖だけが、今のシヲンを動かしていた。


(逃げなきゃ! ユルに会えないぐらい遠くに!)


 扉に手をかけ、部屋から飛び出ようとしたそのとき―・・・・。























 ・・・あの言葉はいつまでも私の頭に響いて、消えなかった。



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