第14話 ぎこちない仲良し?


 スッと目を開く。視界にはローアングルで見えたシヲンの顔と洞窟の岩肌が映っていた。

 ーー思い出さずとも状況は把握している。


「すみません。・・僕の方が待たせちゃいましたね。」


 苦笑いでそう言った。


「私はいい、ユルは大丈夫?」

「ええと、大丈夫・・・とは言えないですかね、身体に力が入りません。」


 かろうじて手足を動かすことはできたが、力は入らない。声も同様に、掠れたような細々しいものだった。


「もうちょっと、休む?」

「はい、・・・・じゃあその間に、シヲンさんを助けた経緯を説明します」

「う、うん。 ユル、緊張してる?」

「あ、あはは・・・。」


(それはまあ、美少女シヲンに膝枕されてたら緊張ぐらいしますよ。)


 俺のささやかで大きな幸せの時間は、彼女に気付かれることなく過ぎていった。



 ---遡ること十数時間前。


 シヲンと離れ離れになってしまったあと、彼女の予想通りユルは徐々に衰弱しながらも、帰る方法を探し洞窟の中を彷徨っていた。

 身体から力やマナが抜けていく感覚がひしひしと伝わる中、フラフラと歩くこと数時間。とうとう少女は、この空洞が上に繋がっていないことを悟ってしまう。


 ユルがここから自力で脱出できる方法は一つ。自分が落ちたその大穴から脱出することだ。

 しかし、跳んで届くはずもなく、壁面を登っていくにしても体力が足りない。限りある時間の中でユルが出せた案は、どれも現実的なものではなかった。



 ーーーそんな最中の出来事。


 突然、ふと頭の中に言葉のない『思念』のようなものがユルの身体に流れ込んだ。

 身体の外側から内側に、自分の意思ではない『何者かの意識』が入り込んだような、嫌な違和感を感じたユルだったが、衰弱からか抵抗はできなかった。


 否応なしにに見せられた、いや、感受させられたといった方が正しいか。それは二つ。


 一つは『変身』。

 人から小竜に、小竜から人に、そしてにも姿を変えることができるらしい。


「初めて村に来たとき、ユルが女の子に変わった。あれも?」

「・・・あの時は無意識にやっていたっぽいです。発動条件ものことも、何も知りませんでしたから」

「・・・・コクイン?」

「えぇと、・・・い、今は話の続きを。」


 会得したもう一つは、『魔力操作』。体内エネルギー『魔力マナ』を操作する技術だ。

 今後『魔法』を教える上で、シヲンが教えようとしていたものの一つだったらしく、彼女曰く魔法の初歩的な技術なんだとか・・・。


 元々、気配を感じることができていたこともあり、気配察知と土台が同じその技は何の不都合もなく使いこなすことができた。

 おかげで魔力の漏出の軽減や、シヲンに魔力を流し込むことができた。



 ・・・--と、一連の説明が終わったところで、シヲンが心配そうに声を掛けた。


「・・・・ユル、身体おかしかったり、しない?」


 不安げにそう尋ねられる。確かに傍から聞けば、心配しても仕方がないぐらいの話ではある。


「・・・大丈夫ですよ。確かに、何かが身体の中に入ってきた嫌悪感イヤなかんじはありましたけど、それだけでした。・・むしろその後は、少し気分が楽になったような気さえするんです。」


 俺はそう言って少し笑って見せた。シヲンはそれにまた眉をひそめる。


「・・・・誰がそれをしたか、分かる?」


 俺は首を横に振る。シヲンは思い当たる節でもあるのか、その反応に納得するかのような顔をしていた。

 ・・俺自身、もちろん何者の仕業なのか気にならない訳ではなかったが、危害が加えられたわけではないので詮索はしていない。

 関わる必要が無いのなら、関わらないに限る。




「体調、そろそろ良くなってきたので、出発しますか。」


 しばらく目を瞑って、シヲンの膝の上で静かに休んでいたユルは、体調が戻ったことを確認して、シヲンにそう促した。


「・・・・・。」

「あ、あの・・・シヲンさん?」

「・・・・もうちょっとこのままで・・・」


 柄にもなく目を逸らしそう言う。

 顔はいつもの無表情だが、ユルと目を合わせようとはしない。いかにもな思わせ振りな態度である。

 不思議に思ったユルは、何かあったのかと立ち上がろうとしたが、両肩に乗ったシヲンの両手に阻まれる。


「もしかして、シヲンさんも疲れてましたか?」

「・・・・もう少し・・こうしてたい。」

「・・・?」


 「もっと膝枕をしてたい」などと言えるはずもなく。・・ユルと同様、シヲンも内心赤面でこの状況を密かに楽しむのだった。

 ーーもちろん、その間ユルの脳内に?マークが散乱していたことは言うまでもない。



====================



 結局そのまま一晩を過ごし、気付けば洞窟の入り口からは大きな光が漏れていた。

 昼の大半で寝てしまっていたためか、二人とも眠ることなく一夜を過ごしていた。


 岩の影も色濃くなる頃。膝の上の少女は目を閉じたまま呟くように声を掛けた。


「シヲンさん、どうします? もう少しここにいますか?」

「・・・んー・・・。」


 シヲンは葛藤しているようだ。できることならいつまででも、こうしてユルに膝枕をしていたい。

 しかし、いくら時間があるとはいえずっとこうしている訳にもいかない。ユルを強くし、自分は罪を償うのだ。

 ゴニョゴニョと小声で何かを呟くシヲンにしびれを切らしたユルは、勢いよく身体を起き上らせた。

 同時に互いに喪失感を感じたのは言うまでもないが、ユルはそれを払拭するように言った。


「シヲンさん。まだ疲れてるんでしたら僕だけでもこの中で鍛えてますから、出発するときに言って下さい。」


 言い終わる頃には、ユルの姿は洞窟の角に消えていた。

 余韻に浸る間もなくユルが去って行ってしまったため、何も言う事ができなかったシヲン。

 追いかけたかったが、今追いかけると疲れていないことがバレてしまう。怒りこそしないと思うが、ユルに嫌われるのはイヤだ。

 ・・・と、そう考えたシヲンは、ユルが帰ってくるまで時間を潰すことにした。



 ーーさて、何をしよう。

 暫く茫然としていたシヲンだったが、おもむろに魔法鞄マジックバッグに腕を突っ込むと、あれやこれやと中身をかき回した。

 バッグの中には授業用の本や打ち合い用の武器などを除けば、数日分の食糧しかない。


(ご飯・・・・そういえば、ここに来てから何も食べてない。)


 思い出すとお腹が鳴る。

 シヲンはおもむろに干し肉を二つ取り出すと、一つをくわえ、一つを真横に差し出した。


「ユル、干し肉たべ・・・・。」



 ・・・・一瞬の沈黙。



(・・・・って、私何やってるんだ・・・。)


 あまりにも自然な行動に自分でも驚く。

 赤面こそしていないが、見られている訳でもないのに、恥ずかしさで差し出した手が固まってしまっている。

 そしてそこに、シヲンに追い打ちを掛けるかのように、


「・・・? シヲンさん、何やってるんですか?」

「っ!? ・・・・・・・・。」


 突然のことに、頭が爆発しそうになる。


「ひ、ひつから、なんへ・・・」

「? 今さっき、鍛錬用の棒を取りにですけど・・・・。この手は?」


 聞かれるのと同時に、固まっていた方の腕を強引に引き戻す。持っていた干し肉は、くわえていた物と一緒に飲み込んだ。

 噛まずに一気に飲み込んだことで吐きそうになるが、なんとか持ちこたえる。


「ゴホッゴホッ! ・・・はぁはぁ」

「シヲンさん大丈夫ですか!!? 何か様子おかしいですけど。」

「な、何でもない。・・・それより、棒?」


 シヲンは水で飲んで息を整え、強引に話を逸らした。


「あー・・いや、やっぱりやめときます。」

「真剣? 槍? それとも・・・」

「いや、そうじゃなくて・・ですね。」


 何と言えばいいか。とでも言うかのように、ユルは顎に手を当て悩む。

 言いたいことがハッキリとしていないので変に口籠ってしまう。


「・・・僕も、魔法を身に付けたいんです。」


 シヲンは首を傾げる。

 昨日少しだけその話をしたが、ユルには近いうちに魔法を教えるつもりだ。別に今教えることに不都合がある訳ではないけど、何故このタイミングでユルはこんなことを言っているのだろう。

 シヲンの疑問を知ってか知らずか、ユルは続ける。


「あの後少し走って身体を温めてたんですけど、急に昨日のことを思い出しちゃって・・・。

 ・・あの時は、ただひたすら生きようとしか考えてませんでしたが、今思い返してみると・・・・悔しいなぁ・・・って。」


 シヲンは反射的に「自分もそうだ」と言いそうになって口を紡ぐ。

 ユルは苦い顔をして笑っていた。・・・本気で悔しいんだろう。歯痒くて情けなくて、目も合わせられないんだ。


「シヲンさんに守られているだけじゃ、ダメなんです。・・・・せめて足を引っ張らないように、強くなりたい。」


 シヲンはピクリと眉の端を上げただけで、表情の変化はほとんどない。

 ユルはその反応に、また苦笑いを浮かべた。シヲンはユルの意見に反対することが無い。何も考えていないんじゃないかと思えるほどに、彼女はユルの意見を鵜呑みにする。


「分かった。・・・でも一つだけ。」

「?」

「ユルの魔力、おかしい。空気の魔素にそっくり、カタチは歪で量も大きい。

 魔法で大切なのは制御。間違えると、ユルのマナなら何が起きてもおかしくない。

 だから、特に攻撃に使えるような魔法は、私のいないところで使わないこと。」

「はい、分かりました。」


 返事をすると、シヲンは不意にユルを抱きしめた。突然のことに驚くユルだったが、それに構わずシヲンは言った。


「ユルは弱くない。・・・私も強くない。焦らなくて大丈夫。」


 彼女なりの励ましなのだろうか。シヲンが強くないなんて謙遜以外の何でもないが、何故か嘘を言っているようにも思えない。


 --とにかく、これからは今までの鍛錬に加えて魔法の授業も始まる。


(・・・気を引き締めていかないとな。)




====================



 そこから先は、いつも通りの光景だ。一緒に本を読んで、一緒にご飯を食べて、一緒に汗を流して、そして一緒に寝た。

 昨日の大雨の影響で辺り一帯、軽い沼のような状態になっていたため外に出ることはできなかったものの、体内魔素への影響が少ない洞窟の浅い場所ですら、学校の体育館ほどの広い空間があったため、あまり不便はなかった。・・唯一、魔法についてのことができなかったのは悪い点ではあったが、逆に言えばそれだけだ。



 『終わり良ければすべて良し』にもほどはあると思うが、かくしてユル達の初めての洞窟探索は、無事(?)幕をとじたのであった。


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