第3話 異世界


 ーーー俺はドラゴンになってしまっていた。


 その事実を知ってしまった夜から、数時間が経つ。

 暗闇と濃霧によって鬱蒼うっそうとしていた森が、少しずつ明るくなってきている。大自然が朝を迎えようとしていた。


 俺はその数時間、少女の膝に(無理やり)乗せられながら、物思いにふけっていた。

 ・・・考えることは山のようにあった。自分の今の身体の事、この少女の事。しかし、俺の最も混乱させたのはそれではない。



 ーーーー俺は、おそらく『前世』と言うに等しい、人間だったころの記憶が欠如していた。



 消えた記憶のほとんどは、身近なことだった。

 具体的には、自分を含む親戚や知人の名前、顔。その他、歳や容姿についてもあまり詳しい事は覚えていない。

 そのほかにもあるのかもしれないが、何せ『忘れていること』すら忘れているので、思い出しようがないのだ。


(・・・気が滅入るな・・。)


 俺は、一度考えるのを止め上を覗く。

 木に寄り掛かかって休む少女・・・いや、幼女といってもいい女の子のあどけない寝顔。いくら見てもあの時のと同一人物だとはとても思えなかった。


(・・・・竜になって閉じ込められて、幼女に殺されかけて、・・・で、今はその子の膝の上。)



 一体、何が起きてるのか・・。


 

 ・・・・・俺にはキャパオーバーだよ、まったく。

 愚痴をこぼしても聞く相手など誰もいない。ただの無意味な嘆きだ。


 ーーー俺は再び、自分の手に視線を移した。さも当然かのようにあるのは、枝のように細い腕。

 ・・と、ついでに見えたのは俺を抱く少女の真っ白な腕。さすがに俺ほどではないが、彼女の腕も細く華奢で、今まで力を入れたことがないんじゃないかと思うほど筋肉がない。


(・・・そういやこの子、大鎌持ってたよな・・・。)


 大鎌の行方も気にならなくもないが、今はそれより『どうやってあんな大きなものを持っていた』のかが気になる。

 今もそうだ。この夜のうちに、何回か俺は脱走を図った。

 ・・・・しかし、いくら引き剥がそうとしても、俺の細い両腕を優しく握る少女の両手が、それを許してくれない。

 見るからにか弱そうな彼女の手には、それだけのパワーが秘められているのだ。


 それに、気迫というのかプレッシャーというのか。彼女からはそんな、強いオーラが感じられた。

 もちろん俺も適当にそんなことを思っている訳ではない。ただ、これもこの身体のせいなのか、俺は気配のようなものを感じる、第六感に似た何かを感じられるようになっていた。


 再び、少女の手を見る。

 小さな手だ。とても白く儚い、小さな手。

 この子の身体には、一体どれほどの力が眠っているのだろうか。

 ・・・そして、俺の身体にも、どれほどの力が眠っているのだろうか。


 心の中でそう呟くのと、少女が目を覚ますのは、ほぼ同時だった。



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 時刻はお昼過ぎ、ざっと正午といったところか。少女は、俺を抱えながら道なき道を歩いていた。


 彼女はどこを目指しているのだろうか。そもそも彼女自体何者なのかさえ分かっていない俺だったが、・・・・何が起こるか分からないこの世界に、一人放り出されるのも怖い。

 一度は殺されかけた相手。もちろん気は進まないが、・・・とりあえず今は、彼女と行動を共にすることに決めた。



 ・・・朝から今まで進んできて、改めて確認させられたことがあった。


 二階建てアパートぐらいなら余裕で跳び越えられる跳躍力をもつ大型のウサギ。


 ファンタジー小説などでよくある『トレント』によく似た、動く木。


 進む途中で襲ってきたツノのある大きな熊。そしてそれを一瞬にして真っ二つにした、摩訶不思議な少女の『魔法』。



 今の俺の身体が身体なのでおおかた予想はついていたが、やはりここは『異世界』だったようだ。


 『異世界転生』、そのフレーズを聞いて心躍るのは俺だけだろうか。

 小説やアニメで見るそれは、俺にとっての一つの『夢』のようなものだった・・・はずだ。

 それが今、自分の身に起こっているのだとしたら、これほど嬉しいことはない。


(この命、大切にしよう。)



 俺はそのまま、その嬉しさを噛み締めながら少女の腕の中で揺られるのだった。


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