一、僕は異世界転生者(1)


「夢じゃなかったんだ・・・」


 目が覚めてから何度そう思っただろう。見上げる天井も、リノリウムの床も、金属の壁も簡素なテーブルも、それから全く開く気のない、まるでSF世界の宇宙船にあるようなドアノブのない扉(と思われるもの)も、少なくとも僕の自室とはまるで違う。


 頭の中で、あの言葉が何度もよぎる。

 転生者・・・Aランク・・・違う世界・・・。


 意外なことに、体の調子はすごくいい。自分を襲っていたあの強い眩暈も、体の痺れも全く感じない。むしろ、体内を力が巡っているとでもいうべきなのか、溢れんばかりの活力に満ちている気がする。思いっきり壁を殴れば、硬そうなこの金属の壁をへこませることぐらいできそうな、そんな気さえする。


 でも、そうしたところで全く事態の解決にはならないんだ。


 僕はまた、扉の横につけられたコントロールパネルらしい機械に足を向けた。ちょうどスマホのような形をしたそれに軽く触れると、画面には「管理者コードが必要です」という文字が出てくるだけで、いくらタッチやスワイプしてもその画面から少しも動くことがない。


 閉じ込められたのかな・・・。でも、どうして。


 記憶を遡ってみてもよくわからない。いや、自分がどこかで倒れていて、それを救助、というか回収されたのはわかっている。問題は、どうしてそこで倒れていたか、だ。僕の頭の中にはその前の記憶が完全に抜け落ちてしまっていて、いくら記憶を手繰って見てもそれは暗闇にやみくもに手を伸ばすような感じで、手に取った記憶が一体いつのものなのか正確にはわからない状態だった。


 うんともすんともいわないモニターに愛想をつかして、僕はベッドに寝転がる。見慣れない天井をぼんやりと眺めながら、まぁなるようにしかならないんだしとそう思う。家族や友人にもよく言われたが、僕はのんきというか楽天的というか危機感がないというか、要は普通の人とはちょっと違って「抜けている」らしい。自分ではいろいろとちゃんと考えて、その上で「自分にできること」と「できないこと」を判断した結果、どうしようもないことには抗わないようにしているだけなのに、相手にとってみれば簡単に諦めているようにしか思えないようだ。今だって、人によってはパニックになって騒いだり、壁に穴がないか調べたり、やることはいろいろあるだろう。僕がそうしないのは、そうしたところで何の解決にもならないことがわかっているからだ。


 それに、僕の予想ではもう少しで・・・。


 その瞬間、かすかな音とともに唐突に扉がスライドした。


「やぁ、結城君、だったね。調子はどうだい?」


 扉の向こうにいるのは見たことのない制服を着た男女2人だった。そのうちの男性のほうがにこやかに笑いながら僕に歩み寄る。年齢は40歳前後だろうか、その落ち着いた声と整然とした所作は実に堂々としていて、一目で彼が階級──僕は何となくここを軍隊だと思っていた──が高い人物であることがわかった。


「突然のことでさぞ驚いているとは思う。もしかすると混乱しているかもしれないね。いろいろ聞きたいことはあるだろうけど、まずは自己紹介をさせてくれるかな」


 男の問いかけに、僕はベッドから立ち上がり、それから頷いてみせた。それに満足するかのように、男は微笑む。


「僕の名前は桐山、桐山悟。ここWRMO、ワーモって僕たちは呼んでいるんだけれども、ここの責任者のようなことをしている。WRMOについてはおいおい説明するから、今は詳細を省くね。それから、後ろにいる女性はユイナちゃん」

「桐山さん、初対面の人にちゃん付けで紹介するのはやめてくださいってあれほど」

「あ、ごめんごめん、ついいつもの癖で。えっと・・・」

「栗原です。栗原唯奈。初めまして、結城凜君」


 栗原と名乗った女性は20歳ぐらいだろうか、きれいな金髪をした優しそうな女性で、右手には大きなタブレットのようなものを持っている。丁寧なお辞儀をしてくれた栗原さんに、僕も思わずお辞儀をしてから、言った。


「結城凜です。初めまして、桐山さん、栗原さん」


 二人は互いに顔を見合わせて小さく頷くと、栗原さんタブレットを桐山さんに渡す。僕の顔を画面を見比べるようにして何かを確認している様子だ。


「それで、結城君。体調はどうだい? どこか痛いところや具合の悪いところはないかな。頭のほうはどう? まぁ突然こんな部屋で目覚めて、知らない人たちに囲まれているんだ。君は割と冷静に対応してくれてはいるけれども、きっと混乱していることだろうとは思う。疑問にはおいおい答えていくし、きちんと説明もするけれども、まずは体調を確認したい。こちらのほうでメディカルチェックは終わってはいるけれども、こういったことは本人に聞くのが一番だからね。それで、どうだい?」

「ご心配ありがとうございます。体調は大丈夫です。それよりもまず聞きたいことがあるのですが・・・」

「うん、なんだい。なるべく君の疑問はすぐに解決してあげたいんだけれども、はっきり言って今の君の状況はかなり複雑でね。疑問はたくさんあるだろうけれども、順を追ってゆっくり説明はするから・・・」

「いえ、一つだけ簡単なことを聞くだけですので・・・」


 僕の問いかけに、二人はまた顔を見合わせる。


「・・・わかった。今、ここで答えられる範囲の質問なら答えよう。それで?」


 桐山さんのその言葉に、僕は意を決して尋ねた。


「・・・ここは僕が元いた世界とは違う異世界で、自分はそこについ最近転生してきた。それで間違いありませんか?」

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